第34話 VS華蓮

 暗い裏道を進み、更に街灯の数が少なくなってくる。

 それにつれ、魔獣の気配も近くなっているようだ。

 十……二十……いや、それ以上……? 

 複数の魔獣の気配を色濃く感じる。

 この先に、芽衣がいるのだろうか。

 不安と期待を胸に抱きながら曲がり角を曲がると、人影が見えた。


「……芽衣ちゃん?」


 小柄な女の子っぽい人影。

 まさかと思って近づくと、そこにいたのは……華蓮だった。


「な、なんだ華蓮か……華蓮も魔獣の気配を感じ取ってここに来たの?」

「……麻子」


 静かな声で、ゆっくりこちらを振り向く華蓮。


「……そう言うあんたも?」

「うん。もしかして、芽衣ちゃんに何かあったのかと思って……」


 そう言いながら華蓮の方に近づいた瞬間。

 華蓮がこちらに向かって右手を突き出した。


「近付かないで、麻子」

「……え?」

「あんた、魔獣を倒しに来たんでしょ? だったら、これ以上近づかないで」

「はあ? それってどういう……」

「火祭りシリーズ……其の参サブイベント


 華蓮の右手が赤く光った。

 ……まさか。


「『どんど焼き』!」


 肌寒い空気を裂くような熱波。

 華蓮の右手から放たれた赤く燃え上がる炎が、壁のようにわたしと華蓮の間に広がった。


「ちょ、ちょっと……! なにしてんのあんた!?」


 炎の壁がわたしの行方を阻み、華蓮に近づけない。


「言ったでしょ。近づかないでって。魔獣の邪魔はさせないから」

「魔獣の邪魔……?」

「わたしは魔王を一刻も早く倒さないといけないの。わかるでしょ?」


 華蓮は右手に炎を纏ったまま、わたしに向かって強い口調で言った。


「魔王復活のために魔獣が必要なら……願いを叶えるために必要だとしたら、わたしが魔獣を倒させない」

「華蓮、あんた……魔王を復活させて自分で倒すために……そのために魔獣の手助けをするってこと? 自分が何言ってるのかわかってるの?」

「わかってる。それでも、わたしにはどうしても叶えないといけない願いがあるの」

「華蓮……」


 華蓮は本気の目をしていた。

 確かに、言っていることは理解できる。

 でも、華蓮。それはきっと、うまくいかない。

 わたしが何と声をかけたらいいか迷っていると、空から聞き覚えのある懐かしい声が降ってきた。


「ちょ……何してるぽん!」

「モア!」

「なんで華蓮と麻子が対峙してるんだぽん!」


 慌てて華蓮の前に割って入り止めるモア。


「華蓮! これは一体どういうことだぽん!」

「邪魔しないでモア。わたしにはもう時間がない……だから、魔獣には早く人間のエネルギーを吸い取って、魔王復活のために働いてもらわないと困るのよ」

「時間がないって……華蓮、もしかして妹に何かあったの?」


 わたしの問いかけにも、華蓮は応じかなかった。

 すっとわたしを指さして、低く、しかし力強い声ではっきりと言った。


「だから、あんたが魔獣を倒す魔法少女である以上……あんたもわたしの敵よ」

「ちょ……待って華蓮! ひとの話を聞いて!」

「問答無用。業火滅却……火祭りシリーズ・其の弐メインイベント!」


 華蓮の右手が再び赤く光り始めた。

 本気だ、この子。

 華蓮は本気で、魔法少女を敵だと思っている。

 今の華蓮は、魔王を復活させて、自らその魔王を倒す……そのことしか頭にないんだ。


「『送り火……大文字』!」


 前に見たのと同じ魔法。右手から放出された炎が、渦を巻きながらわたしに向かって襲ってくる。

 でもわたしは、今度は目を逸らさなかった。


「っ……舐めないでよ華蓮!」


 わたしも負けじと両手を前に出す。

 今のわたしなら……できるはずだ。


「『黒幕』!」


 ぐにゃりとわたしの前の空間が歪むと、あの不気味な暗闇がわたしの前を覆った。

 一切の光を許さないような、寒気のする闇。

 暗い夜でも、圧倒的存在を放つ深い黒。

 しかし今のわたしには、これ以上心強いものはなかった。

 ごっっという轟音と共に炎と闇がぶつかったが、わたしは全く動かない。

 思ったとおり、その闇は華蓮の炎を呑み込むと……あっさりと打ち消してしまった。


「な……!? な、なにをしたのあんた!」


 驚きの声をあげる華蓮。

 無理もない。自分の魔法が、何が何だかわからない闇に呑み込まれてしまったのだから。


「華蓮……これがわたしの魔法なの。『黒幕』。わたしの闇は、すべての魔法を無力化する」


 わたしは両手に黒い闇を纏いながら、あえて大げさに自分の魔法を伝えた。

 華蓮の魔法は一切効かない。そう思わせることで、華蓮の戦意喪失を狙ったのだ。


「そんな……ことって……」

「だから華蓮は絶対にわたしに勝てない。わかったら、わたしの話を聞いて」


 ハッタリ噛ました発言だが、効果覿面だったようだ。

 青い顔をして、後ずさっていく。

 今なら……わたしの話を聞いてくれるはずだ。

 わたしは、自分の闇で地面に広がった炎を呑み込み打ち消すと、華蓮にゆっくりと近付いた。

 俯いてじっとしている華蓮に触れようとすると、華蓮がぽつりと呟いた。


「……本当に……かっこいい魔法じゃん。なにそれ、ずるい」


 苦笑しているような、涙声。肩も震えているように見える。


「でしょ。少しはわたしのことを敬って、話聞く気になった?」

「っ……」


 俯いたまま何も言わない華蓮を見て、わたしは続けた。


「もし、闇の魔王がわたしの魔法を同じように華蓮の魔法を無力化できるのだとしたら……華蓮には勝ち目がないよ」


 びくっと華蓮の肩が震えた。


「だから華蓮、あなたは……」

「うるさいっ!」


 華蓮がわたしの手を跳ね除け、声を荒げる。


「でもわたしには……こうするしかないの!」


 華蓮は駆け出すと同時に、魔獣の方に向かって炎を放った。

 しかし、炎は魔獣から大きく外れた。

 いや、外れたんじゃない。外したのだ。

 魔獣たちは、みいいいいと耳を裂くような甲高い声を上げながら、わたしたちから離れていった。

 そして、ボシュ、ボシュと煙が破裂したような音と共に、暗い闇に魔獣たちは消えていった。


「あんたに倒されちゃうぐらいなら……わたしは魔獣をここから逃がす」


 華蓮は肩で息をしながら言った。


「魔王は絶対にわたしが倒すから……だから、あんたは邪魔しないで」


 華蓮は涙目になっていた。

 自分が間違ったことをしていること、華蓮は当然自分でもわかっている。

 でも、それでも妹のために。ほかの人間がエネルギーを吸い取られてしまうことを、仕方ないことだと思っている。

 そんな華蓮の痛ましい気持ちは、わかる。

 でも、今のって……わたしは、背筋が寒くなるのを感じた。


「華蓮……今あなた、魔獣を逃がしたんだよね……?」

「そうだよ……きっと魔王復活のためのエネルギーを持ち帰ってくれるはずだから」


 華蓮は涙の溜まった目を拭きながら言った。


「モア……あんた知ってたの?」

「知ってたって……何を?」

「魔獣が……元いた異世界に逃げ帰るときは、あんな風に消えるって」

「……? いや……そんなの気にしたことないぽんが」


 ……ちょっと待て。

 わたしは今の光景に見覚えがある。

 初めて芽衣がわたしの目の前で魔獣に風の魔法を放ったとき。

 あのときの魔獣の消え方は、今と全く同じだった。

 やっとわかった。

 華蓮と会った喫茶店から帰るときに……わたしがあのとき覚えた違和感の正体が。

 華蓮が炎の魔法で魔獣を倒したとき、魔獣は光に包まれて消滅した。

 わたしがさっき魔獣を倒したときも同じだ。

 それなのに、芽衣が魔獣を倒したときは違っていた。

 芽衣が倒したときは、今と同じように魔獣は闇に消えたのだ。

 魔法の違いのせいかもしれない。魔獣によって違うのかもしれない。

 そんなふうに都合よく解釈していたけど、そうじゃない。

 芽衣は……もしかして……

 次の瞬間には、わたしは芽衣の家に向かって走り出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る