第36話 魔王

 わたしたちは、モアに案内されて大きな樹の近くまで来た。


「うわでっか……なにこれ、これで一本の樹なの?」


 三十メートルはあるんじゃないかと思われる直径に、百メートルを優に超えるだろう高さ。

 うっそうと生い茂った緑が眩しい。

 魔王が封印されている場所と言われているわりには、随分と穏やかな場所だ。

 吹き抜ける風が、心地よい。


「ここは神聖な場所として崇められているところだぽん。光属性の魔力が増強されるところだから、かつて光の魔法少女がここに魔王を封印した……そんな言い伝えがあるんだぽん」

「言い伝え、ね……」


 光属性の魔力が増強される……確かにおあつらえ向けの場所である。

 光属性の魔法少女は、やっぱり魔王に対抗できる唯一の魔法少女なのだろう。

 例外である、わたしを除いての話だが。

 闇は闇に勝てる……わたしの魔力が魔王の魔力よりも強いのなら、わたしは魔王に勝てるはずだ。

 つまり、もし魔王が復活したら……わたしが戦うしかないと思う。

 風や炎の魔法を使う魔法少女では、勝てないと思う。

 全く、どうしてこうなったのだろう。

 わたしが一番、魔法少女なんてやる気がなかったのに。魔王を倒して叶えてほしい願いなんて、わたしには無いのに。

 それでも、芽衣と華蓮を守るためには……わたしがやるしかないだろう。

 深呼吸をすると、わたしは樹木に向かって歩き始めた。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「いた、芽衣ちゃん!」


 大きな樹木の根本。そこに、芽衣は立っていた。

 わたしたちに気付いた芽衣は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの顔に戻った。


「よかった、無事だったんだ! もー心配したんだから」

「ま、麻子さん……それに炎の人まで。どうしてここに?」

「どうしてじゃないわよ。あんたねぇ、勝手にこんなところまで来て……」


 そこまで言って、華蓮は口を閉じた。

 華蓮が口を閉じた理由は、わたしもすぐにわかった。

 芽衣に駆け寄ろうとした足が、動かない。


「モア……これって……」

「……いや……そんなはずは」


 モアもわたしも、冷や汗が出ていた。

 誰も喋らない。長い沈黙のあと、華蓮がようやく口を開いた。


「風使い……なんで……なんであんたから、魔獣の魔力を感じるの?」


 ざわっと枝葉が揺れた。

 ついさっきまで心地よいと感じていた風が、妙に寒く感じる。

 ふう、と芽衣がひとつ息を吐くと、小さく口を開いた。


「知ってますか? 麻子さん」

「……え?」

「シューベルトの歌曲、『魔王』を」

「……知ってるよ」


 背筋が寒くなり、鳥肌が立つ。


「あれの、魔王の声って……」


 芽衣が、右手をこちらに向けて言った。




「風に吹かれた葉音なんですよね」




 轟音が響いた。

 芽衣の魔法。

 強力な突風が、わたしたちに向けて放たれた。

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