第32話 黒瀬麻子は動き出す

 家に帰ったわたしは、ベッドに倒れこんで枕に顔を埋めていた。

 もう一時間以上はこうしているだろうか。

 頭の中でぐちゃぐちゃ考えてしまい、動く気力が湧いてこない。

 芽衣が通っている学校まで行ったのに……それなのに、会うどころか何の情報も得られなかった。


『―わたし、学校ではひと言も喋りませんから』


 確かに、芽衣は最初に会った日にそう言っていた。

 でも、その意味はわたしが思っていたものと少し違っていた。

 もっとそのまま、捉えるべきだった。

 芽衣は、学校ではひと言も喋らない。それはもう、猟奇的に。

 芽衣……あなた、学校ではどういう立場だったの? 一体、何を思っていたの?

 わたしは心の中が、妙にざわつくのを感じていた。

 明日はもう受験当日なのである。だから、早く寝て明日に備えないといけないのだ。

 それなのに、気持ちがふわふわして落ち着かない。

 わたしはベッドの上で、枕元に置きっぱなしのタブレットを拾い上げると、電源を入れた。

 表示された時刻はもう、午後九時を回っている。

 メイルたんのチャンネルを開いてみるが、やっぱり何も変わっていない。

 わたしが最後に芽衣にあった日から……全く更新されていない。


「……芽衣ちゃん……」


 もしかして、体調でも崩したのだろうか? 

 それで、ずっと家から出られないのだろうか?

 いや、それならまだいい。また元気になってくれるなら、それでいい。

 でも、もし芽衣に何かあったのだとしたら。

 例えば、魔獣にやられていたとしたら。

 もし、そうだとしたら……

 いや……いやいやいや。あの芽衣に限ってそんなことはないはずだ。

 あんな弱い魔獣に、芽衣がやられてしまうなんてあり得ない。

 そう思って目を閉じたが、心の中がざわつくのを押さえることができなかった。

 コーヒーでも飲んで落ち着こう……そう思い、お湯を沸かそうと立ち上がったそのとき。

 わたしは、言いようのない悪寒に襲われた。


「……なに、この気配」


 背筋が寒くなるような、嫌な気配。

 わたしが魔法を使うようになったからだろうか、それが魔獣の魔力であることははっきりとわかった。

 しかも、一匹じゃない。

 この感じ……明らかに、複数の魔力を感じる。

 いるのだ、近くに。何匹なのかはわからないが、複数の魔獣が。


「……芽衣ちゃん?」


 嫌な予感がする。

 わたしは無意識のうちに、いつもと同じ黒いコートを羽織ると、玄関の扉を開けていた。

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