第29話 闇の力と光の力

「……で、これがそのときの闇というわけですか」


 華蓮の前で初めて魔法を使ってから数日。

 わたしは芽衣と一緒に、前にも来たことのある体育館にいた。

 今日も今日とてモアがわたしのところに来て、芽衣と一緒に特訓しに来たのである。


「確かになんだか気味の悪い暗闇なのです……これ、触っても平気なのですか?」

「平気平気。わたし何度も試してるから」


 黒い煙のような闇を芽衣のほうに動かす。

 数日間試したおかげで、かなりコントロールできるようになってきた。

 わたしの周りに漂う暗闇に、恐る恐る指を近付ける芽衣。


「……なんともない……ただの霧や煙みたいな感じなのです」


 最初は指でつんつんしていた芽衣だが、何ともないとわかるとその暗闇の中で手を動かし始めた。


「とにかく、麻子の魔法については要検討だぽん」


 芽衣と同じように暗闇にちょっかいかけながら、モアが言った。


「今度魔獣が現れたときには、芽衣や華蓮が倒す前に麻子が魔獣のところに行って、この闇で……」

「それなんだけど、ちょっと試してみたいことはある」


 わたしはモアの語りを制止すると、モアを両手で掴んで自分の胸の前に差し出した。


「芽衣ちゃん、わたしに向かって風の魔法使ってみて」

「は!? なんで!? 何言ってるぽん!? 離すぽん!」

「いいからいいから。暴れないで」


 逃げようと暴れるモアをぎゅっと抱きしめる。


「魔法を……? い、いいんですか?」

「うん、どーんと来い」


 暴れるモアをずずいと前に突き出す。


「い、いきますよ……?」


 芽衣が右手を胸の前で構える。

 ひゅんひゅんと風を切る音が聞こえて、芽衣の髪や服が靡き始めた。


「いいよ、来て」

「ああああああああああ止めろぽんんんんん」


 芽衣が胸の前で構えていた右手をこちらに向けた。

 前に見たときと同じように、ぼっっと風を切る音がして、突風がこちらに吹いた……はずだった。


「……あ、あれ?」


 モアが困惑したような声をあげる。


「今、芽衣魔法使ったぽんか?」

「使いました……でも、今……消えた?」

「やっぱりね」


 芽衣がこちらに向けて使った風の魔法を、わたしとモアは全く感じなかった。

 芽衣が魔法を使う直前、わたしは芽衣に向かって突き出したモアの前に、暗闇のカーテンを展開した。

 すると、芽衣の魔法は消えてしまった……というよりも、闇に打ち消された、という感じだろうか。

 わたしの闇が、芽衣の風魔法を呑み込んだ。そういうことなのである。


「……こういうことみたいだね。わたしの闇は、魔法を打ち消すことができるみたい」


 前に華蓮の火の粉がわたしに降りかからなかったのも、そういうことなのだろう。

 わたしの周りを漂っていた暗闇に、炎の魔法もすべて呑み込まれたということだ。


「麻子の闇が芽衣の魔法を飲み込んだ……そういうことだぽんか」


 モアが驚いた声をあげる。


「すごい……それって、無敵ってことですか?」


 芽衣も、自分の魔法が簡単に飲み込まれたことに困惑を隠せないようだ。


「さあねえ。無敵かどうかはわからないけど」


 正直、無敵ではないような気がする。

 少なくとも物理攻撃を防ぐことはできないみたいだし……なにより疲れる。

 魔力も体力にも限界はある。この闇も、無限に放出することはできない。

 もし、わたしと芽衣が全力で戦ったりした場合は……多分、わたしの体力が先に尽きて負けてしまうだろう。だから、決して無敵の能力だとは思わない。

 でも、わたしには気になることがあった。


「もし仮に、この闇がすべての魔法を飲み込んで無力化できるものだとしたら……まずいんじゃないの、モア?」

「え?」

「闇の魔王っていうのも、同じ闇属性なんだよね。だったら同じように、魔法を全部無力化しちゃうってことじゃない?」

「あ」


 ようやくモアは事の重大性に気付いたようだ。

 わたしたちが対峙するであろう魔王は、わたしと同じ闇の力を持っている。

 もし、闇の魔王もわたしと同じように魔法を無力化できるのだとしたら。

 どうやったって、芽衣や華蓮には勝ち目がない。


「で、でも……昔、魔王を封印した魔法少女は間違いなくいたんだぽん。だから、魔王だって決して無敵というわけでは!」

「モア、言ってたじゃん。魔王を封印したのは、光属性の魔法少女だったって。もしかして、光の魔法少女が闇の魔王に強いんじゃなくて、光の魔法少女が闇の魔王に対抗できる唯一の存在ってことなんじゃ……?」

「…………」


 モアは俯いて黙り込んでしまった。


「どんまいモア」

「どんまいじゃないぽん! いや、でも……麻子の言うことは一理あるぽん。もし本当に魔王が魔法少女の魔法を無力化できるとしたら……こんなまずいことはないぽん」

「そうだよね。そう考えるとモア、ここでわたしたちを特訓させるよりも光の魔法少女を本格的に探しに行かないといけないんじゃない?」


 ずいっとモアに顔を近付けて捲し立てる。


「いくら芽衣ちゃんや華蓮が強くても、魔法を全部無効化されちゃうんじゃ勝ち目がないよ。魔王を倒すためには、光の魔法少女がきっと必要なんだよ」

「う、うう……麻子の言うとおりかもしれないぽん」

「でしょ? 大丈夫、心配しないでいいよ。芽衣ちゃんはわたしが見ててあげるから。きっと芽衣ちゃんの力が必要になるときはあるはずだからね」

「そうぽんか……? それじゃ……任せるぽん。光属性の素質をもつ魔法少女……きっと見つけ出してみせるぽん!」


 モアはそう言うと、芽衣とわたしを置いて外に飛び出していった。

 ……勝った。計画どおり。

 これでわたしは芽衣とふたりきり。

 更に光の魔法少女とやらが見つかれば、その子が魔獣や魔王をばんばん倒してくれるはずだからわたしは戦わなくてもいい。

 つまり、モアの邪魔が入ることなくわたしは芽衣とふたりきりになれるということだ。

 完璧な作戦である……我ながら恐ろしい。


「……行っちゃったね、モア」


 わたしは思わず口角が上がるのを悟られないよう押さえつけながら、冷静に芽衣に話しかけた。

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