第26話 黒瀬麻子の魔法とは①

「……ちょっと……ちょっと!」

「んあ! な、なに?」

「なにじゃないわよ。どうしたのよ急に黙り込んじゃって。人の話も全然聞いてないし」


 気付くとすぐ目の前に華蓮の顔があった。

 どうやら意識が飛んでしまっていたらしい。


「あ、ああ……ごめんごめん。で、なんだっけ?」

「入試のとき、何かあったのって話をしてたんでしょーが。……ま、いいわ。なんか訳ありみたいだし」


 そう言うと、華蓮はわたしのお皿にあったはずのサンドイッチをもぐもぐと頬張っていた。


「あ、こら。わたしのサンドイッチ」

「人の話も聞かずにぼーっとしているほうが悪い。そんなことより」


 華蓮は最後の一口を口に放り込むと言った。


「いるね、魔獣」

「え?」

「あんたも感じるでしょ? 近くに魔獣の気配」

「いや、感じないけど」

「はあ!? あんたほんとに魔法少女!?」

「ちょ、大声出さないでよ」


 わたしはゆったりとコーヒーを飲みながら答える。


「全く呑気な……あんた、全然魔法少女やる気ないのね」


 呆れ声で言う華蓮。

 わたしはコーヒーカップを机に置くと、口の周りを紙ナプキンで丁寧に拭きながら答えた。


「だってわたし、まだ魔法使ったことすらないし。そんなところに華蓮みたいな魔法少女来ちゃったら、やる気もなくなるってもんよ」

「……魔王を倒せば、なんでも願いが叶うのに?」

「ああ、モアはそう言ってたね。なに? 華蓮、そんなに叶えたい願いでもあるの?」


 軽く訊いたつもりだったが、華蓮の表情が曇ったのがわかった。

 何か言いたそうに、下唇をきゅっと噛んでいる。

 ……何か、事情があるんだろうか。


「わたしは……あるよ、願い」


 絞り出すように華蓮が言った。

 これまでには聞いたことのない声のトーンだ。


「……そうなんだ? 願いって?」

「……わたしは……」

「華蓮! 麻子!」


 華蓮の声を遮るように、突然宙から声が降ってきた。

 ……モアである。


「……モア……なんなのこんなところまで」


 今、華蓮が何か大事な話をしそうな雰囲気だったんだけど。

 ほんとに空気読めないな、こいつ。華蓮が苦虫を噛み潰したような複雑な顔をしている。


「なんなのじゃないぽん! すぐ近くに魔獣出現! 倒しに行くぽん!」

「あー……やっぱり行かなきゃだめ?」

「当たり前だぽん! 芽衣は学校行ってていないんだから、ふたりが行かないでどうするぽん」


 やれやれ、人遣いが荒い妖精だ。

 仕方ない……華蓮にさくっと倒してもらおう。


「それじゃ、華蓮。あとはよろしく……」

「待ちなさい」

「ん?」


 すっと立ち上がりその場を去ろうとしたわたしの腕を、華蓮がぎゅっと握りしめた。


「あんたも行くのよ」

「え、え?」

「わたしはさっさと魔王に辿り着かなくちゃいけないんだから。あんたも少しは使える魔法少女になりなさい」


 ええ~……なんかこの前と言ってること違くない?


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 わたしは喫茶店を出ると、モアと華蓮に連れられて、さらに裏道を進み、人気がまったくない不気味な場所に出た。

 まだ昼間だというのに、薄暗い。

 ときどき吹く風が、やけにうるさく感じるほどの静けさだ。


「……いるの? この近くに」


 わたしは華蓮に引っ張られるまま、足取り重く歩いていた。

 うっすら積もった雪に、ふたりの足跡がついていく。


「全然感じないの……? 感じるじゃん、魔獣の魔力を」


 そんなこと言われましても。

 強いて言えば、さっきからなんだか見られているような、視線のようなものを感じるが……これが魔獣の魔力なんだろうか。

 こんなんじゃ、本当にモアの言うとおり魔法少女の適性がわたしにあるのか怪しいところだ。

 しかし、華蓮の言うことは正しかった。

 更に奥まった道の先に、前に見たのと同じ黒い猫のような生き物がいたのだ。

 間違いない。魔獣である。

 魔獣はとことこと歩いており、わたしたちにはまだ気付いていないようだ。


「いたいた……あれ、あんただけでなんとかして見せなさいよ」


 華蓮が野生の動物を捕獲するときのように、小声で言った。


「は? 無理無理無理。わたしまだ魔法使ったことすらないんだけど」

「魔力はあるんだから平気だって。魔獣なんて、攻撃さえされなければ簡単に倒せるんだから! なんでもいいからやってみて!」

「無理だって!」


 わたしたちは魔獣に気付かれないように、小さい声でお互いを前に押し合っていた。


「なにやってるぽん、おまえたち……」


 モアはすっかり呆れ顔である。


「とりあえず魔力使ってみてよ。何か出るでしょ」

「なにそのテキトーな感じ。そんなものなの?」

「ほらほら、闇の魔法少女のちょっとイイとこ見てみたい~」

「ぶん殴るよ」


 そんな会話を小声でしながら、わたしは両手に意識を集中してみた。

 何か出ればよし。何も出なければ、華蓮に諦めてもらってそれはそれでよし。

 とにかく魔法とやら……何も教えてもらっていないが使ってみよう。

 『珠玉審判』の結果のとおり、わたしの魔力が本当に強いのなら。きっと何かが使えるはずである。


「……おりゃ!」

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