第25話 黒瀬麻子の災難とは
高校三年生の冬。大学入試当日のことである。
わたし、黒瀬麻子とその友達……わたしたちのグループは、朝集まって一緒に受験会場に向かう約束をしていた。
超進学校でもトップクラスの成績だったわたしたちは、みんな上位の大学を狙っている子ばかり。それでも初めての受験は緊張するもので、仲良しグループで一緒に行こうと約束していたのだ。
しかし、当日の朝。
朝起きたわたしがカーテンを開くと、外の天気は大荒れとなっていた。
「うわ……すごい雪降ってるじゃん」
道の向かい側にあるはずの建物が見えない。
横に流れるように降る雪が、外の景色を真っ白に染め上げている。
前日の天気予報からは想像もつかないような、大吹雪だった。
「よりによってこんな日に降らなくても……」
ぶつぶつ文句を言いながら制服に着替える。
わたしの住んでいるこの地域では雪が降って当然の時期とはいえ、さすがに降りすぎである。
それでもかなりの余裕をもって準備していたわたしは、歩いて集合場所に向かった。
傘はまるで意味をなさないため、コートのフードを深くかぶりゆっくり歩みを進める。
前日までは晴れていたので道はまだ歩けるものの、視界が悪い。
刺すような冷気が頬に突き刺さり、痛いほどに冷え切っていた。
耳が赤くなり、目を開けるのが辛くなってくる。
「これ、大丈夫かな……ちゃんと合流できるのかな?」
わたしは不安になって、コンビニに逃げ込んだ。
暖かい空気が全身を包み込み、身体がほっと癒されていく。
わたしはカバンからスマホを取り出すと、グループチャットにメッセージを送ろうとした。
もしかしたらみんな来れないんじゃないか、そう思ったのだ。
『すごい吹雪! わたし親に送ってもらうことにした』
『わたしも』
『りょ、会場で落ち合お』
案の定、わたしたちのグループチャットではこんな会話が流れていた。
……あ、あれ? みんな一緒に集合して会場に行こうって話はー?
悲しいことにわたしが家を出たのが早すぎたこともあって、このメッセージに気付くのが遅れてしまった。
わたしはスマホをカバンにしまい込むと、冷えた手をポケットに入れて駆けだした。
横断歩道を横切って、反対側の道に渡るために。
そのときわたしは、間違いなく信号が青であることを確認していた。
それなのに、わたしに向かってくる車のスピードは落ちなかった。
スローモーションのように、確実にわたしに向かって車が近づいている。
それはどういうことなのか理解する前に……わたしの身体には、強い衝撃が走っていた。
次に目覚めたときに目に飛び込んできたのは、見知らぬ天井だった。
すぐには状況が理解できなかったが、身体に鈍い痛みが走り、ようやく自分の置かれた状況に気付く。
病院独特のにおいが、わたしが病院のベッドにいることを教えてくれた。
わたしは交通事故に遭い、病院に運ばれ……すぐに入院することになったのだ。
つまりその日、受験することすらできず。あっさりと浪人が決定したのである。
一緒に行く約束をしていた友達も最初は心配して見舞いに来てくれたが……全員めでたく東京の大学に合格し、みんなこの町を離れてしまった。
それ以来、わたしは彼女らと一切の連絡をとっていない。
もちろん、彼女らに悪いことなど何もない。
わたしが、現状の惨めさに耐えられなかっただけである。
東京で華のキャンパスライフを送っている彼女たちと、ひとりで田舎町の病院に入院しているわたし。
常にスクールカーストのトップに立ち、周りから羨望の目で見られていたわたしには、自分の現状が凄く惨めなものに思えてしまったのだ。
それから二か月以上入院生活を送ったわたしは、退院後すぐに実家を出てひとり暮らしを始めることにした。
両親には勉強に集中したいと話したが、本心はそうじゃない。
誰とも会いたくなかったのだ。
このわたしが、周囲から同情の目を向けられる。そんなこと、わたしには我慢できなかった。
それでも半年以上、人とのかかわりを絶って生活しているとさすがに寂しくなってくるものだが……今はインターネットで知らない人とも自由に交流ができる時代だ。
わたしはまるで人間関係をリセットするかのように、ひとりで殻に閉じこもり、ネットに向かうだけの日々を送るようになっていたのだった。
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