第23話 樋本華蓮は炎属性②

「ついたぽん」


 モアとわたしたちは、広い草原に来ていた。

 周りに人の気配はない。

 風が吹いて、さわさわと心地よい音が聞こえる。

 確かにここなら、少しぐらい派手な魔法を使っても問題なさそうだ。

 しかし寒い。早く帰りたい。


「さ、華蓮さん……見せてください。あなたの魔法を」


 後ろで震えているわたしのことはお構いなしという感じで、芽衣が華蓮に話しかけている。

 バトルマニアかよキミたち。

 華蓮がにっと笑って腕を伸ばす。


「急かすねえ。はいはい、危ないから離れていたほうがいいよ? 業火に巻き込まれたくなかったらね」


 はは、また言ってる。わたしは苦笑いを浮かべながら、華蓮から距離をとった。

 本当に巻き込まれたら堪ったものではない。

 ……しん、と静かな時間が流れる。

 少し離れたところに悠然と立つ華蓮は、少しかっこよく見えた。


「すー……」


 静かな空間に、華蓮の息遣いがやけに大きく聞こえる。

 集中しているのだろうか、目を閉じて赤く光った両手を揉んでいる。

 その様子を見ていたわたしの額から、水滴が垂れた。


 ……汗だ。


 熱い? なんで?

 まさか、こんなに離れているのに。華蓮の魔法で……?

 そう思った、瞬間だった。


「業火滅却っ……火祭りシリーズ! 其の壱オープニングセレモニー!」


 なんか身体がこそばゆくなるような詠唱が聞こえた。

 しかしそう思ったのもつかの間、華蓮はぐっと身体を捻って、ばっと両手を拡げた。


「『花火』!」


 ぱあん! と音が鳴ったかと思うと、華蓮の周りに火の粉が飛び散った。

 破裂音と熱風。華蓮を中心に拡がっていく。

 赤、黄、青。多色の炎が、綺麗に華蓮の両手から放たれたのだ。

 ……とか、のんびり見守っている場合ではない。

 熱っ……え、これやばっ……!

 火の粉がわたしにも降りかかる! 

 そう思って、反射的に目を閉じて顔を覆った。


 …………

 ………………?

 ……あ、あれ? なんともない……?

 おそるおそる目を開ける。

 目の前に、少女の足。わたしの目の前に、芽衣が立っていた。

 強い風に包まれて、芽衣の髪と服がパタパタと靡いている。


「……へえ……わたしの『花火』をそんな簡単に打ち消すなんて。さすがは風の魔法少女ってことかな」

「全く……危ないのですよ。火傷してしまうところです」

「麻子姐さんなら余裕で防げたでしょ。あんたはわからなかったけどね」


 どうやら、芽衣が風で火の粉を防いでくれたみたいだ。


「め……芽衣ちゃ~~ん」


 ぎゅっと芽衣を抱きしめる。


「ちょっとちょっと……やめてほしいのです」

「麻子姐さん!? なにしてるの!」

「こっちの台詞だから華蓮! 何そんなやばい大技使ってるの! わたしが死ぬところでしょうが!」

「え、えええ???」


 状況が理解できず慌てふためく華蓮。


「あー……ごめん華蓮、ぼくの言葉足らずだったかもしれないぽん。先輩魔法少女ふたりのうち、ひとりは優秀、もうひとりはどうしようもないって言ったぽんね。優秀って言っていたのが風の魔法少女、芽衣。どうしようもないのが今芽衣に抱きついて泣きわめいてる麻子なんだぽん」

「えええええ!?」


 なるほど納得。

 それで華蓮はわたしのことを優秀な魔法少女と勘違いしていたのか。

 しかし年下の新人魔法少女になんて紹介の仕方してくれてるんだ。

 モアはあとでしばく。


「なーんだ……闇の魔法少女なんて、超特別だと思ったのに。弱いのか」


 露骨にがっかりして言う華蓮。


「ま、今のわたしの魔法すら防げないようじゃ……魔王討伐に麻子姐さん、いや麻子の出番はなさそうだね」

「は、はあ? 言いたい放題言ってくれるじゃん。わたしまだ本気出してないだけだから」


 芽衣を抱きしめたまま言い返すわたしの腕の中で、芽衣は呆れ顔をしていた。


「ふーん。ちなみに麻子は魔獣どれくらい倒してるの?」

「ゼロだよばか!」

「開き直った!?」


 唖然とする華蓮。

 全くこのクソガキ、すぐそうやってマウントを取ろうとして!

 わたしはそもそも魔法少女なんてやりたくないんだってーの!


「はあ……これじゃやっぱり、わたしひとりで戦ったほうがましかな」

「なにおう?」

「言ったでしょ? わたしには、どうしても叶えたい願いがあるって。あんたたち、弱いんならわたしの邪魔はしないでよね」


 そう吐き捨てると、華蓮は歩いて行ってしまった。


「……なんか、難しそうな子でしたね」

「そうだね……怖い子だよ全く。芽衣ちゃん、なぐさめて?」

「いやなのです。というか、離れてほしいのです」


 くっつくわたしを離そうとする芽衣だが、力はさすがにわたしの方が強い。

 しっかりと芽衣のぬくもりを堪能させていただく。

 そんなことをしていると、華蓮が怖い顔して戻ってきた。


「モア! 早くわたしをここから元の場所に移動しなさいよ!」


 ……やっぱりこの子、ちょっとばかなのかもしれない。

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