第22話 樋本華蓮は炎属性
インターホンが鳴った……ということは。
今度は間違いない。
第三の魔法少女が、来てしまったようだ。
しばらくすると、鍵が開いていることに気付いたのか、ゆっくりと扉が開かれた。
「……あんたたちが例の魔法少女?」
いきなり圧がある言い方である。
扉を開けて現れたのは、気の強そうな顔をした女の子だった。
身長は芽衣よりも少し大きく、百五十センチぐらいだろうか。
耳より下で髪を二つに結んだツインテール。髪形のせいだろうか、幼く見えるが全体的な雰囲気は少し大人びても見える。
……高校生、だろうか? 少しつリ目だが、なかなか可愛らしい顔をしている。
いや、それよりも、だ。
怖っ!! 何この子!? 出会って最初の言葉がそれ?
なんかヤンキーみたいな子来たんだけど。
こんな子が三人目の魔法少女?
若干警戒モードになると、モアがその子の頭に乗って喋り始めた。
「この子が三番目の魔法少女。『炎の魔法少女・樋本華蓮ひのもとかれん』だぽん」
ほ、炎の魔法少女……攻撃的なイメージしかない。
やっぱりこの子、ヤンキーなんじゃ?
「よろしく」
華蓮と言われたその子は凄みのある低い声で挨拶すると、部屋に入りゆっくり近づいてくる。
ちょ……なんだか目が怖いんですけど?
ちら、と芽衣の方を見てみる。芽衣は微動だにしていない。
怖くないんだ……芽衣ちゃんすごい。
その堂々たる態度、とても中学生とは思えない。
……いや違う! 芽衣ちゃん、首筋にめちゃくちゃ汗かいてる! 怖い人に会ってしまったときの反応だ!
やばいやばい、このままでは芽衣が倒れてしまう。
わたしがなんとかしなければ。芽衣ちゃんはわたしが守る!
「え、えっと……樋本さん? よろしくね。わたしは」
「黒瀬麻子、でしょ」
「!?」
なんでわたしの名前を!? やっぱりこの子、わたしを殺しに!?
「モアから聞いた。黒瀬麻子に、源芽衣」
あ、そうだよね。よかった。
「最初に言っておくけど……わたしは仲良しこよしで魔法少女やるつもりはないから。わたしには願いがある。『奴』を討伐して、かなえたい願いが」
片手で顔を覆いながら、くるっと回って言った。
「だから邪魔はしないで。紅蓮の魔術師、華蓮の邪魔だけはね」
ドン! と効果音がつきそうな勢いで、びしっとポーズをとって見せた。
「は、はあ……え?」
なんか今、見てはいけないものを見てしまった気がする。
「わたしは紅蓮の炎を操る魔術師……消し炭にされたくなかったら、わたしの前でうろちょろするのはやめることね」
……イタイイタイイタイ! なんかこの子イタイこと言いだしたよ!?
あれ、ちょっと頭があれな人なのかな?
ヤンキーというか……中二病、みたいな?
芽衣はやばい変質者に会ってしまったと言いたそうな顔になっている。
笑いをこらえているような、怯えているような、呆れているような……いろんな感情が混ざってよくわからない表情だ。
仕方ない、ここは芽衣のためにもわたしが対処してあげよう。
こういうタイプの子は……
「えっと……名前は華蓮、だっけ」
ずいっと華蓮に顔を近付ける。
うん、こうやって間近で見ると、まだまだ子どもっぽい顔だ。
「そ……そうだけど」
急に顔を近付けられて、華蓮がたじろう。
身長差十センチ以上だ、いきなり距離を詰められてびびるのも無理はない。
「わたしは『闇属性の魔法少女』。よろしくね」
「や……闇属性!?」
思った以上に良いリアクションをしてくれる。
「闇属性って……まさか、魔王と同じ属性を持つ魔法少女って……そんな存在が、認められるとでも言うの?」
何故かわなわなと震えながら後ずさりする。なんだか面白くなってきた。
「そう……わたしはこの世で唯一、魔王軍を裏切って魔法少女になった存在。ちょっと本気になれば、あなたなんて闇に飲まれる存在なのよ」
「そ……そんな……」
「何遊んでるぽん、麻子」
華蓮の頭の上にいるモアが、じとっとした目でこっちを見ている。
芽衣も同じような目をしていた。
「あはは、冗談冗談。なんか面白くなっちゃって」
あっはっはと笑うわたしを見て、華蓮がぽかんとしていた。
「じょ、冗談……? だ、騙したな!」
顔を赤くして声を荒げる華蓮。
うーん、この子はからかいがいがありそうだ。これはこれでかわいい。
芽衣には敵わないけど。
「ごめんごめん。でも、闇属性っていうのはほんとだからさ」
「ふん! もう騙されないから! モア! このふたりの属性は!?」
華蓮は頭の上に乗っていたモアを掴むと、目の前に持ってきて叫んだ。
「あー……華蓮、それは嘘じゃないんだぽん。麻子の属性は『闇』。そして、芽衣の属性が『風』だぽん」
「え……」
驚いた顔でゆっくりこちらを振り向く華蓮。そうだぞー、闇の眷属だぞー。
「そ、そんな……本当に闇の魔法少女だなんて……」
また、芽衣みたいな反応をされてしまうのだろう。先手を打って弁明しておこう……わたしは魔王側の人間じゃないと。
そう言おうとしたが、華蓮が口を開くほうが速かった。
「かっこいい!」
華蓮がぱあっと明るい声で叫んだ。……だめだこいつ。
「闇の魔法少女なんて……かっこいい! 羨ましい!」
どうやら闇属性が華蓮の感性に刺さってしまったらしい。
「闇の魔王軍と戦う闇の魔法少女……うん、きっと複雑な過去があったんだね」
「いやないけど」
勝手に設定を盛るんじゃない。
「そしてこっちは風の魔法少女……ふうん、モアから聞いてたとおりだね。ちんちくりんだし、弱そう」
「は?」
芽衣のブチギレた声。
ちょっとモア、何を華蓮に言ったの?
唐突なディスに、いつもクールな芽衣の目からハイライトが消えている。
いや、メイルたんのときにはいつもゲームでキレ散らかしてるけどね。
今の芽衣は、ブチ切れて切りかかってきそうだ。
「……何言ってるのですか。たぶんあなたよりも強いのですよ、わたし」
「ええ? とてもそうには見えないなあ。ねえ麻子姐さん」
麻子姐さん!?
芽衣より先に姐さん呼びされてしまった。
わたしがお願いしたい呼び方とはちょっとニュアンスが違うような気もするが。
ちょっと嬉しくなってにやにやしていると、隣からひゅんひゅん風の音がしていた。
……め、芽衣さん?
びくびくしながら見ていると、芽衣が口を開いた。
「へーぇ、そうですかそうですか……ちなみにですが、華蓮さんはどれだけ魔獣を倒してきたんですか?」
「んー? えっと、十匹ぐらいかな?」
じゅ、十匹!? 多くない?
これは芽衣ちゃん、完全敗北では……
「へーぇ、そうですか。わたしは百匹ぐらいでしょうか」
いや嘘つけー! 平然と大嘘ついていくね芽衣ちゃん!
「ひ、百……!? そんなに……!」
なんで華蓮はそんな簡単に信じちゃうかな。ポンコツか?
「で、でもすぐに追いつくよ。わたしは強いからね」
強がる華蓮。なんか華蓮の手が赤くなっているように見える
ちょっと待て、まさかこの場で炎出したりしないよね。わたしの家を燃やす気か。
慌ててふたりの会話の間に入ることにする。
「まあまあふたりとも落ち着いて。ていうか、華蓮ってまだ魔法少女になって数日なんでしょ? それなのに十匹って、ほんと? すごすぎない?」
実際、魔獣ってそんなそこら中にいっぱいいるものじゃないと思うんだけど。
「華蓮の言っていることは本当だぽん、麻子」
モアがわたしの前に飛んでくる。
「華蓮は運悪く魔獣の群れに遭遇したんだぽん。でもそれを一度に殲滅して見せた。華蓮の魔法はすごいぽんね」
「十匹を一度に……?」
それを聞いた芽衣の顔が、険しくなる。
華蓮の魔法に俄然興味を持ったようだ。
「……そんなにすごいなら、見せてほしいのです。華蓮さんの魔法を」
「いいよ、見せたげる。モア、どこか広いところ連れてって」
「お安い御用だぽん」
そう言うと、わたしたち三人とモアは一瞬で瞬間移動した。
いや、わたしは行くなんて一言も言ってないんですが……
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