第17話 黒瀬麻子は逃げ出したい

「全く、わがまま言うからだぽん?」


 動けないわたしの前に立ち塞がって、にやりと不敵に笑うモア。


「モア……まさかあんたの……」

「そうぽん、ぼくの魔法ぽん! ぼくの属性は『地』。地に足をつけている生物の動きを止めることができるんだぽん!」

「そんなの……めちゃくちゃ強いじゃん! 卑怯者! 悪魔!」

「おおう、好き勝手言ってくれるぽんね……」


 実際、チート能力だと思う。

 相手の動きを完全に封じる……そんなの完全に反則でしょ!

 そんな能力があるなら、魔王にだって簡単に勝てるんじゃないの?

 恨めしそうに見ているわたしを見て、勘付いたようにモアが口を開く。


「あ、でもこれ空を飛んでいる相手には無力なんだぽん。魔王は空を飛ぶことができるから、ぼくは分が悪いぽんね」

「なにそれ!? 使えなっ! なんでそんな能力なの!」

「つ、使えない!? 失礼な! こんな強力な魔法、なかなかないぽん!」

「魔王相手に何もできないんじゃぽんこつでしょ! はやくわたしを動けるようにして!」

「シャトルラン走りますって言えば解放してやるぽん」

「外道かっ!」

「ま、麻子さん……」


 やいやい言い合うわたしたちを見て、芽衣もなんだか苦笑いをしていた。

 あ……だめだめ、もっとお姉さんらしい立ち振る舞いをしないと……芽衣ちゃんにお姉ちゃんって呼んでもらえない!

 わたしは今すぐモアにパンチしたい衝動をなんとか抑え込み、深く息を吸い込んで深呼吸する。


「わかった……わかったから」

「『シャトルランを?』」

「……走ります……」

「わかればいいぽん」


 くっそ……覚えておけよこのぬいぐるみ。

 こんな見た目をしておきながらこの畜生っぷり。

 わたしが闇属性なのは、いつかこいつを倒すためなんじゃないだろうかと思う。


「……大丈夫なのですよ、麻子さん。辛くなったら途中でやめても誰も文句言いませんから」

「ほんと……? 辛くなったらやめてもいい……?」


 優しく背中を撫でてくれる芽衣に癒されるわたし。

 芽衣ちゃん……ええ子やで……


「全く……どっちが年上なんだかわからないぽんね。ほら、いいかげん特訓始めるぽんよで。こっちこっち」

「うう……」


 シャトルランなんて中学の体育以来だが……大丈夫かな。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ぜっ……はっ……ひゅー……! ぜっ……はっ……こひゅー……!」

「えっと……その……だ、大丈夫なのです?」

「ひゅー……ひゅー……」


 息をなんとか整えようとしながら芽衣の方を向こうとするが、これ以上動くと気を失いそうである。


「十五回……? 嘘だろ」


 モアが頭を抱えながら言う。


「小学校低学年の平均レベルだぽん。これが引きこもりの末路か……全くどうしようもない……」


 言いたい放題である。

 普通ならパンチするところだが、息が上がってうまく言い返すこともできない。


「あんたねっ……ひー、ふー……こんなことを無理やりやらせて……ごひゅっ」

「麻子さん……」


 芽衣まで若干呆れ顔である。これは非常にまずい。

 ふたりで一緒にシャトルランを走り始めた結果、わたしは十回で息が上がり、十五回で足が動かなくなったのであった。うーん運動不足。

 芽衣の方はまだまだ余裕そうだったが、わたしが倒れたので中断してくれたのであった。

 しばらく横になって、ようやく喋れるぐらいまで回復する。


「……ふぅ……酷い目に遭った。やっぱりシャトルランは悪魔の考えた極悪非道な種目だね。こんなの考えた人は相当の悪趣味としか言いようがないよ」

「そんなことを言うのは麻子ぐらいのものだぽん。まさかここまで酷いとは……これじゃ魔法使うたびに疲労でぶっ倒れそうだぽん」


 そんなに体力使うものなの? 魔法って。勘弁してくれ。


「麻子さん……これはさすがにまずいのです。魔法使って戦えるように、体力をつけるところから始めましょう」

「そ、そんなあ……わたしのイメージだと、魔法少女になると身体能力が超進化して、体力なんて関係ない感じなんだけど」

「確かに魔法少女は身体能力は格段に上がりますが……麻子さんの場合魔法を使うたびに気絶してしまいそうなのです」


 うう……芽衣ちゃんまでわたしを苛めないでほしい……優しくして。


「麻子には芽衣に教えてもらいながら魔法を覚えてもらおうと思っていたけれど、これはしばらく別メニューにしたほうがいいぽんね。芽衣はいつもどおり、魔力強化トレーニング。そして麻子は、走り込みだぽん」

「嘘でしょ!?」


 走り込みももちろんごめんだが、芽衣ちゃんと別メニューだなんて考えられない。

 そんなことならもう帰りたい。


「最低限、魔法をぶっ放しても倒れない体力づくり! 必要最低限の特訓だぽん!」

「なのです」

「ひぃ……」


 わたしはモアと芽衣に詰め寄られ、涙目になりながら仕方なく立ち上がるのであった。

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