第18話 源芽衣は特訓している

「はぁ、はぁ、ひぃ……」


 ふわふわと浮いているモアの後ろを、走って付いていく。

 もはや歩いているのと変わらないスピードだが、今はこれが限界である。


「十代でも、引きこもっているとこんなことになるんぽんね……全く嘆かわしい……」

「嘆かわしいとか……言わないでくれるかな……ふひゅー……」


 たっぷり時間をかけて二キロほど走ったところで、座り込んだ。

 冬だというのに汗だくで気持ち悪い。


「ちょっと休憩ね……これ以上走ったら死ぬよ、わたし」

「全く仕方ないぽんね……ほら、これを飲むぽん」


 モアがどこからともなくスポーツドリンクを取り出して、わたしのそばに置いた。


「あ、ありがと……モアのくせに気が利くじゃん」

「一言余計ぽん。別に拷問してるわけじゃないんだから、そういうところはちゃんとしないと。今時、水分補給もしない根性論トレーニングなんて、時代錯誤もいいところだぽん」

「あんたもう異世界生物じゃないでしょ……」


 わたしは床に置かれたスポーツドリンクをありがたく受け取り、渇き切った喉を潤す。

 ……ふぅ、助かった。

 あれ、そもそもこんなことしているのもモアのせいなのだが……なんでこんな真面目に特訓してるんだっけ。


「あ、そうそう……芽衣ちゃんは……?」

「向こうにいるぽんよ。芽衣はあそこで、魔力トレーニング中」


 モアが指さすほうを見る。

 体育館の隅で、芽衣がじっと立っているのが見えた。

 ここからだとよく見えないが、棒立ちしているようである。


「……あれは、なにしてるの?」

「近付けばわかるぽん。見てみるぽんか?」

「う、うん」


 わたしはなんとか立ち上がると、芽衣の方へ歩いて行った。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「……すごっ……」


 芽衣の周りでは、強風が吹き荒れているようだった。

 髪や服が風でばさばさ靡いている。

 それなのに……芽衣が強風の中にいるのはわかるのに、周りは全く荒れていない。

 むしろ静かなぐらいだ。

 現に、わたしと芽衣の距離は五メートルも離れていないのに、わたしは全く風を感じなかった。

 これが、彼女の魔法……

 風を自由自在に操る魔法、なんだ。


「芽衣は風の魔法少女、そう言ったぽん。彼女は好きなところに、自由自在に風を巻き起こす。今の芽衣なら、フルパワーで台風並みの風を起こすことも可能なはずだぽん」

「た、台風並み……? そんな強風を、好きなところに起こせるの?」

「彼女の目の届く範囲であれば。強風を起こすにはそれだけ強い魔力が必要だから体力の消費も激しいぽんが、本気を出せば台風クラスの風を起こすことも不可能ではないってことだぽん」


 はえ~凄すぎる。

 そんな災害級の魔法を使えないと戦えない相手なの、魔王って?

 芽衣がわたしの目の前で魔獣を倒したときは一瞬だったし、相手もかわいらしいモンスターだったから、そんな恐ろしい魔法を使う機会なんてないと思っていた。

 魔法少女って、もっとこう、可愛らしい技や動きで戦うものじゃないのか……?


「……あ、麻子さん。特訓は終わったんですか?」


 こちらに気付いた芽衣が、魔法を使うことをやめ、とことことこちらに寄ってきた。

 動きもかわいい。


「うん、終わったよ」

「え、終わってないぽんが」

「終わったよ。それにしても芽衣ちゃん凄いね、あんな魔法を使えるなんて」


 モアを両手で抱えて口を塞いで、芽衣に話しかける。

 もごもご何か言いたそうに暴れるモアだが、無視。

 もう離さん。


「いえ、たいしたことないのですよこれぐらいは。麻子さんも、鍛えればこれぐらいの規模の魔法を使えるようになるはずなのです」

「そ、そうかな……?」


 少し汗をかいて服をパタパタしている芽衣をガン見しながら、曖昧な返事をする。

 ……そういえば、闇の魔法ってなにができるんだろう?

 風属性だから、風を操る。これはわかりやすい。

 それじゃ、闇属性は? 闇を操る? よくわからない。

 ……まあいいか。芽衣ちゃんがこんなに強い魔法少女なら、わたしが助けてあげることもないような気がするし……


「さて……それじゃ、わたしはそろそろ帰るのです。帰ってやることもありますし」

「あ、今日も配信してくれるの?」

「いえ、今日はお父さんが帰ってくるので。遅れましたが、クリスマスパーティをするのです」

「え……そんな、今日は配信ないの……?」


 それじゃ、わたしはひとりで寂しく夜を過ごすことになるんだけど……

 絶望して力が抜けたわたしの腕からモアが飛び出す。


「はあ、酷い目にあったぽん……芽衣、今日は家族が帰ってくるぽんね。それはよかったぽん」

「え? どういうこと?」

「芽衣の両親は忙しくて、いつも家にひとりでいることが多いんだぽん」

「モア、余計な事言わなくていいのです」

「いやいや、感心してるんだぽんよ。まだこんなに幼いのに、いつも勉強から配信業、家事までこなしながら魔法少女してるんだから」


 そんな幼い子に無茶させているのはあんただろうと心の中で突っ込む。

 でも、そうなんだ。それって、辛いんじゃないのかな?

 芽衣はまだ、中学生の女の子だ。

 それなのに、家でひとりで、聞いた話では学校でもひとりで。

 配信しているときのメイルたんは楽しそうに見えたけど……もしかして寂しくてメイルたんをやっているのかな……?


「それに比べて麻子は。いっつも家でひとりでダラダラして、ほんとどうしようもないぽんねえ! あっはっは」


 グーでパンチしておいた。

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