第16話 黒瀬麻子は抗いたい

 すごっ……これが瞬間移動ってやつなんだ。

 なんだか身体に違和感が残っている。

 遊園地で乗る絶叫系アトラクションのような浮遊感と共に、どうやらわたしは瞬間移動したみたいだ。

 敵と戦う魔法なんかより、瞬間移動の魔法を教えてほしい。

 ……もし、瞬間移動が使えたら……雪が降るあの日、あんなことには……

 いや、いやいや。なにを考えているんだわたしは。

 もう過ぎ去ったことをあれこれ考えても仕方がない。

 わたしは一呼吸置いてから、ゆっくり周りを見渡してみる。


「……ここ……体育館?」


 そこは、学校の体育館のようだった。

 広い空間。ここで特訓って……まさか、運動でもさせるつもりじゃないだろうね?

 不安になってきたところに、後ろから声をかけられた。


「来たんですね、麻子さん」

「芽衣ちゃん!」


 よかった、ちゃんといてくれた。

 聞き覚えのある声に、テンションがあがり振り返る。

 振り向いたところにいた芽衣は……衝撃的な姿だった。


 ……体操服……だと……?


 馬鹿な……メイルたん、間違えた芽衣ちゃんのこんな姿が拝めるなんて……

 今日は来てよかった。

 わたしはここで、芽衣ちゃんの姿を堪能させてもらおう。


「おはよう芽衣ちゃん。今日はありがとう。わたしがここで見守ってあげるから、特訓がんばってね」

「……は、はあ。ありがとうなのです?」

「特訓するのはお前だぽん、麻子」

「ふぐ!」


 ボン! と顔面にアタックしてくるモア。


「なんてことするのモア。せっかくわたしが神に感謝しているときに」

「何をわけのわからないこと言ってるぽん。とうとう頭がおかしくなったぽん?」


 本当にひどいことを平気で言うやつである。

 そろそろ戦争を始めてもいいのかもしれない。

 頭の上でぼんぼんと跳ねながら、モアが続ける。


「それじゃ、ふたり揃ったところで特訓を始めるぽんか」

「えー……ほんとにするの? っていうか、こんなところでやるの?」

「そりゃもう、ここは特訓にはぴったりの場所だぽん」

「体育館に見えるけど……大丈夫なの、こんなところ勝手に使って?」

「大丈夫だぽん、ちゃんと結界を貼ってあるから」


 結界……さすが魔法、そんなことができるんだ。


「ちゃんとわたしが使用許可申請しておいたから大丈夫なのです」


 なにが結界だ、いい加減にしろモアのやつ。


「そうですか……で? 今日はここで、一体なにするの?」

「まずは準備がてら、基礎体力づくりから」

「基礎体力づくり……?」


 嫌な予感しかしない。

 まさか、本当に運動させる気か? 魔法の特訓で?

 ちら、と芽衣の方を見てみるが、ストレッチしながらふんふん言っている。

 あれ? 芽衣ちゃん? そんな体育会系なの?


「いや、わたし運動はちょっと……」

「体力づくりにはもってこいの競技があるんだぽん! その名も、シャトルラン!」


 は?

 は?

 いや、は?


「えっと、ごめんよく聞き取れなかった。何をするって?」

「だから、シャトルランだぽん」


 ……………………

 悪魔か。

 地獄に棲む悪魔か。


「なんで……なんで?」

「なんでって、あれは基礎体力作りにはいい競技だぽん? この世界に来てからシャトルランを知って、これは使えると直感したぽん」

「あんたには……人間の心ってものがないの……?」

「どうして泣くぽん!?」


 ぷるぷると震えながら泣くわたしを見て、さすがのモアもちょっと慌てていた。


「シャトルランなんて……人間の考えたものとは思えない悪魔の所業……! あんなものをするのは相当のマゾぐらいなものだから!」

「お、おう……たぶんみんな学校でやってると思うぽんが」


 モアが半笑いになりながら言う。


「大丈夫、魔法少女だからって百回、二百回走れって言うわけじゃないぽん? これは魔力を使うための基礎体力づくりなんだから。平均ほど走ってもらえればひとまずそれでいいぽん」

「平均って?」

「えっと、五十回ぐらい?」

「馬鹿な……そんなことが……」

「いやいや、そんな世界の終わりのような顔されても。ほらほら、もういいから始めるぽん! 芽衣も、一緒に走るぽん!」


 さも当たり前のように言うモアの言葉を受けて、わたしは震えながらストレッチをしている芽衣に話しかける。


「芽衣ちゃん……芽衣ちゃんまで、こんなこんな苦行を……?」

「はあ……大丈夫なのです。何回もやってますから」


 えっほえっほとストレッチをする芽衣を、わたしはぎゅっと抱き寄せる。


「芽衣ちゃん……もう我慢しなくていいんだよ。ほら、わたしと一緒にここから逃げ出そう」

「ちょちょちょ! 何やってるぽん!」


 芽衣の手を握って体育館から脱出を試みようとするわたしの前に、慌ててモアが立ちはだかる。


「これ以上芽衣ちゃんにひどいことしないで! 解放してあげて!」


 モアを振り切って逃げ出そうとする。

 しかし、その瞬間。

 わたしの足が、地面に張り付いたように止まった。


 う、動けない……?

 なんで?


 走り出そうとするポーズのまま固まったわたしの前に、モアが悪そうな顔をして立ち塞がった。

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