第13話 黒瀬麻子の属性は②

 水晶玉を両手に持ったわたしは、しばらく目を閉じていた。 

 これで魔力を込めることができているのかどうかわからないけど、両手に気持ちを集中させてみる。

 光属性に……真っ白な水晶玉に変わるのかもしれないと思いながら。

 そしてしばらく経ってから、ゆっくり目を開けると……

 わたしが持っていた水晶玉は、透明度を完全に失い、真っ黒な玉へと変わり果てていた。


「…………」


 想定外の変わりように、思考が固まる。

 わたしはちらりとモアと芽衣の両方に視線を向けてみたが、ふたりとも固まって動かなかった。


「……なにこれ?」


 数秒間の沈黙の末、モアに訊いてみる。


「…………」


 モアは口を半開きにして答えない。


「ねえってば」

「…………」

「……なんか黒いね」

「…………黒ぽんね」


 やっと反応してくれた。


「黒は何属性なの?」


 わたしの問いに、モアは小さな声で答えた。


「……『闇』属性だぽん」

「そっか、闇か」

「…………」

「闇って、わたしたちが戦う相手じゃなかったの?」

「…………」

「ちょっと」

「……おまえ……刺客か?」

「張り倒すよ」


 なんで敵認定なの。


「だって! 闇属性の魔法少女!? そんなの聞いたこともねぇぞ!」


 モア発狂。

 おーい、語尾にぽん付け忘れてるよ。

 あとキャラもだいぶおかしくなってる。


「ありえない……闇属性の魔法少女……? そんな存在、認められるはずが……」


 眉間にしわを寄せてぶつぶつ言っているモア。

 確かに、水晶玉は禍々しい黒に変色したが……あれ、わたし何かやっちゃいました?


「あの……麻子さん」


 少し怯えたような表情で芽衣が声をかけてきた。


「麻子さんは……『ネグロ』の仲間なんですか」

「いや……違うから。ねぐろなんか知らないから」


 もー! なに!? 

 闇属性ってやっぱり闇の勢力の仲間ってことなの!? 

 じゃあわたし敵側じゃん! 

 さっき芽衣が倒した魔獣の仲間じゃん!


「ちょっとモア……ぶつぶつ言ってないで説明してよ。闇属性って、そうなの?」

「あ、ああ……闇属性っていうのは、まさしくぼくたちが倒すべき魔王軍『ネグロ』の属性のことだ」


 ええ……本当にそうなの?


「じゃあわたしダメじゃん。むしろあっち側ってことじゃん」

「普通に考えればそうだ……麻子はぼくたちが倒すべき敵ということになる」

「ひどっ。何も悪いことしていないのに。無理やり魔法少女にしてそのくせ敵認定だなんて」


 さすがにぐれるぞ。

 やっぱりモアはわたしの敵なんじゃないだろうか。


「ふーん。そういうことならもう魔法少女なんてやらなくていいね。わたしは戦いなんて参加しないんで。さようなら」


 拗ねて立ち上がろうとするわたしの顔の前に、モアが立ちはだかるように飛んできた。


「いや。そうでもない」


 モアは真剣な顔つきで言った。


「魔法少女はそもそも貴重なんだ。適性を持つ子を逃したくはない。それに……」

「それに?」

「もしかしたら。切り札になるかもしれない」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 その日の夜。

 わたしは、自分のベッドの上で昨日と同じようにタブレットの電源を入れて、メイルたんの配信を見ようとしていた。

 配信開始まで……あと十五分ぐらいだろうか。

 昼間あんなことがあったけど、今日も普通に配信するんだ、メイルたん。

 結局、あのあとモアは『ちょっと考えるから今日は解散』とか勝手なことを言ってどこかへ行ってしまった。

 芽衣も夜に行うクリスマス記念配信の準備をすると言うので、わたしはひとりで家に帰り、こうしていつもと変わらぬ夜を過ごそうとしているのだ。


「結局、魔法のことは何も教えてもらえなかったな……」


 いやまあ、いいんだけどね。でも、ちょっとは期待するじゃん?

 わたしだって、魔法とやらを使えるものなら使ってみたい。

 危ない目に遭うのはごめんだが、少なくとも今日見た魔獣とやらはそんなに怖くなさそうだったし……芽衣の使って見せた魔法は、衝撃的だった。

 それなのに、人のことを勝手に刺客だの敵だの言って……

 もやもやした気持ちで寝返りを打ち、枕に顔を埋める。

 頭の中で今日の話を整理してみる。どうやらわたしは、闇属性の魔法少女らしい。

 そして、闇属性というのは魔法少女が倒すべき敵らしい。

 闇属性の魔王軍が、侵略を企てているからだ。

 じゃあ、わたしの立ち位置はどうなるの?

 いっそ普通に一般人枠にしてほしい。


「なんか……疲れたな」


 結局、そのまま寝てしまった。メイルたんの配信が、始まる前に。

 意識がなくなる前に、ひとつだけ思った。

 ……今日も全然勉強してないな、わたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る