第9話 源芽衣は大人びている
わたしは芽衣の部屋で、芽衣が入れてくれた紅茶をすすりながら、芽衣が魔法少女になってからどんな活動をしていたのか聞いていた。
芽衣はこの広い家に父親と二人で暮らしているが、今は仕事でいないので、わたしと芽衣のふたりきりである。
そう、ふたりきりだ。なお、モアは人間じゃないのでカウントしないものとする。
部屋の中は、クールな外見の割には意外と女の子らしいものが多かった。
というか、部屋中にリラックマグッズが溢れている。
確かに、配信の雑談枠でも好きって言ってたな……もしかしたら、ファンの人からのプレゼントもあるのかもしれない。
あとはゲーム。ゲーム配信をしているだけあって、たくさんのゲーム機だけじゃなく、立派なパソコンにモニター、座り心地の良さそうな椅子も完備してある。
想像どおりの、メイルたんらしい部屋にわたしは落ち着かなかった。
目の前に配信でよく聞いていた声で喋る小さな女の子がいる……
芽衣の後ろにメイルたんを重ねて聞いていると、なんだか不思議な気持ちになってしまい、正直なところ芽衣の魔法少女話はあまり頭に入ってこなかった。
理解できた部分をざっくりまとめると、こんな感じだ。
芽衣のところにも、わたしのときと同じように……突然モアが現れて、なりゆきで魔法少女をしている。
前にもモアがちらっと言っていた話だが……モアがいる異世界には、魔王軍『ネグロ』というものが存在していて、今はすっかり衰退しているものの、ときたま魔王復活のために魔獣と呼ばれる生物が現れて、そいつらが人間のエネルギーを吸収していて……芽衣は、その魔獣を討伐して人間を守っている。こんな感じだ。
人間のエネルギーを吸収する、ということがよくわからなかったが、モアが言うには吸収されるとやる気を失い無気力状態になってしまうらしい。
……あれ、もしかしてわたしがこんな状態になっているのは魔獣のせいか?
それに社会人なんて、みんな死んだ目をして、無気力状態に堕ちているのをよく見かける。
なるほどそれもすべて魔獣のせいだということか……って、そんなわけない。
ということで、なんだかそんなに危機感を感じなかったので、わたしは魔法少女活動の話よりも、メイルたんとしての配信活動のことを聞きたいと思っていた。
「……とまあそんなわけで、今はVTuber活動しながら魔法少女してるのです」
「じゃあ、モアが言ってた仕事って……配信活動のことだったんだ」
飲み終わったティーカップを机に置き、姿勢を直す。
うん、いい葉っぱ使ってるわ。知らんけど。
どちらかと言えばコーヒー派なので、紅茶についてはさっぱりなのである。
「ってことは芽衣ちゃん、学校行きながら、配信もして、そのうえ魔王軍と戦っているってこと?」
「まあ……そうですね」
相変わらず落ち着いた声で淡々と答える芽衣。
頭が痛くなってきた。
なんてこった……ブラックすぎる。
わたしが同じ立場だったら間違いなくモアにストライキを起こしているところだ。
そんなに同時にこなせるわけがない。身体壊れちゃう。
「やっぱりモアって悪いやつだったんだね……こんな子を無理矢理戦わせるなんて」
「勝手に悪者扱いしないでほしいぽん。ぼくは単純に、秘めた魔力が強い子を魔法少女として導いてあげているだけだぽん」
導いてあげているって……嘘付け。
少なくともわたしは導いてもらった覚えはない。悪徳商法並みの手口だった。
「あの……すみません」
「ん、ん? どうしたのかな芽衣ちゃん」
どうも口調が変になってしまう。
年下なのに妙に緊張してどう話せばいいのかわからない。
相手が私の大好きなブイチューバーの中の人となれば尚更である。
「わたし、まだあなたの名前を聞いていないのです」
「あ」
そうだった。わたしがまだ自己紹介していなかった。
姿勢を正して、改めて。
「わたしは黒瀬麻子。えっと……今年大学生になりました!」
嘘である。
だが、浪人生ですと中学生相手に自己紹介するのは憚られる。
これぐらいの嘘は、許されるでしょ。
「はあ? 浪人生じゃなかったぽん?」
モアの呆れたような声。
一瞬で全身の血が顔に集まって熱くなったような気がした。
こいつっ……! 察しろマジで……!
「そんな隠すようなことじゃないぽん? 浪人生なんかいっぱいいるぽん」
「そうじゃなくて……そうじゃなくて……!」
羞恥で震えているわたしを見て、芽衣が口を開く。
「浪人生でしたか……しかし何も恥じることはありません。わたしの配信には、ニートもいっぱい集まりますが、それよりもマシだと思うのです」
ちょっと毒舌!
メイルたんは天然でこんなことを言ってしまいがちである。
しかし、この子は学校行って配信活動もしながら魔法少女をしているというのにわたしは……なんだか惨めになってきた。帰りたい。
「はいそうです……浪人生です。黒瀬麻子っていいます。よろしくお願いします」
しおしおと俯いて挨拶するわたし。
「こちらこそ、よろしくお願いします。ずっとひとりで活動していたので、一緒に戦ってくれる人がいるのは心強いのです」
いい子だあ……こんな妹が欲しい。
なんだか建前のように感じる口調だったが、きっと気のせいだろう。
こんな子に、ひとりで戦わせるわけにはいかないのではないかと、柄にもなく思ってしまう。
そして麻子お姉ちゃんと呼ばせたい。
「そういえば僕も名前は初めて聞いたぽん、麻子」
「いや、モアは名前呼ばなくていいから」
「えぇ……」
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