第十二話 二人に嫉妬は感じません。
赤い宝石が消えると、呪いの首飾りは分解してしまった。浄化されたからか、金の円盤に顔が見えることもなく、ただの金塊。念の為、神殿奥に存在するヤバイ物だけを集めて封印する宝物庫に収蔵されると聞いた。
首飾りが作った閉鎖空間の中へ、ヴィンセントはテオドルの護符を使って転移していた。
首飾りが見せたのは、私が一番嫌で苦しいと感じる思い出らしい。魔女は何が見えたかと聞き、ヴィンセントは言わなくてもいいと優しく笑う。
朝の何気ない目覚めの時間。それが私の一番嫌で苦しい思い出だとは考えたこともなかった。二人には何も話せず、曖昧に笑って呪いの首飾りの事件は終わった。
◆
魔女が王宮へ来て十日が経ち、ようやくダンスの練習が始まった。依頼したダンスの教師たちを魔女がことごとく拒否をして、結局ヴィンセントとテューネが教師役を務める。
小さいホールと聞いていたのに、体育館くらいある広い部屋。天井も高く、魔法灯で出来たシャンデリアが煌めいている。
「えーっと……何で皆、女装なの?」
王宮楽団の男性達は全員が水色のドレスで女装。ヴィンセントも足首が見える控えめな藍色のワンピースで女装。テューネは淡い緑色のドレス。魔女は黒いドレス。広い部屋の中、男装なのは緋色の騎士服を着た私だけという異様な雰囲気。
『ああ。男の格好のままだったら、俺が呪うからな』
深すぎる胸の谷間をあらわにした黒いドレス姿で、魔女が笑う。
「……こういう時くらい、呪わないとかできないの?」
『三百年の習慣を変えるのは難しいだろ』
そう言われてしまえば仕方ない……かもしれない。神官モルバリを呪わなかったのは、女性と錯覚したからだし。
まずは手本をということで、音楽が奏でられヴィンセントとテューネのダンスが始まった。ダンスのことは全然わからないけれど、お伽話の舞踏会のイメージそのまま。男女が手を取り合って、優雅にステップを踏みながら移動する。
二人のダンスは完璧。見ていると、ちりりと心が痛む。ヴィンセントが他の女性の手を握り、腰に手を当てているだけで嫉妬に似た感情を感じてしまう。
『よし、覚えたぞ』
「ごめん。全然わからない」
魔女は一度見ただけでダンスを覚えてしまった。一方の私は雑念が多すぎて、ろくに見てもいなかった。
『仕方ねーな。おい、ヴィンセント。相手を務めろ』
魔女が自信たっぷりの上から目線でヴィンセントを呼ぶ。ヴィンセントは、厳しい顔つきで魔女の前に立つ。
音楽が流れ、二人が手を握った瞬間、それは起きた。
『うがあああっ! 俺が男の手を握るなんてありえねぇ!』
「私とて、魔女の手を握るなどありえん!」
文句の応酬を続けながら、美女二人が踊っている。相手がテューネの時には嫉妬が沸き上がったのに、微塵も感じない。
ヴィンセントの足元を見ながら、テューネにも手伝ってもらって真似をする。初めてのダンスは、視線をあっちこっちに移動させるから目が回りそう。
「えー、えーっと、その、私に魔法掛けて自動で踊るとかできないの?」
『それじゃあ意味がねぇ!』
魔女が即答する。
「あ、そう」
魔法を使わず踊ることが重要らしい。ヴィンセントと魔女は文句を投げ合いながら、踊り続けている。
「……ヴィンセント様、楽しそうですわね……」
踊る二人の姿を見て、テューネがぽつりと零した。
「そうなの?」
「何だか、生き生きとしていらっしゃいます。ユリノと一緒にいらっしゃる時も生き生きとされていらっしゃいますけれど」
怒鳴り合う姿は、とてもそうは見えない。
『おい、ユリノ! 早く覚えろ! 俺の為に!』
「は?」
『俺がキレて、ヴィンセントと殺り合うのは嫌だろ!』
「ここは王宮内だぞ! 私が負ける訳がない!」
ヴィンセントが負けじと叫ぶ。
『なんだと? 大口叩いたな!』
踊り続ける二人の空気が険悪になっていく。
「お、覚えるから喧嘩はやめて!」
叫んだ私は、ダンスを覚えることに没頭した。
◆
ダンスの練習二日目でようやく一通りのダンスを覚えた私は、魔女と踊ることになった。今日の教師はテューネだけで、ヴィンセントは公務に出ている。
『間違えても、俺が何とかするから心配すんな』
「どうするの?」
『お前は間違ってないっていう顔してればいい』
いざ踊り始めると、私のステップは間違いだらけ。
「あ!」
『大丈夫。大丈夫』
ヴィンセントと踊っていた時とは違い、魔女は優しい。明るく笑いながら修正してくれる。握った白い手はたおやかで、剣を持って一緒に戦ったとは思えない。
何とか一曲を終えた時、私は緊張で汗びっしょり。
「お、終わった……」
しゃがみ込みかけた私を魔女が抱きしめると、ちょうど胸の谷間に顔が挟まれた。ヒノキに似た良い香りがふわりと匂う。
『ユリノ! 踊れたじゃないか!』
褒められるのは嬉しくても、魔女の豊か過ぎる胸が苦しい。っていうか、盛大にムカつく。
「ぷはっ! はいはい! いいわよね、胸がおっきくて」
『そうか? 邪魔だし肩こりするだけだぞ』
「それがムカつくっていうのよ!」
私だって、全然胸が無い訳ではない。人より少しはあると思っていた。思っていたけど、目の前で揺れる胸はスケールが違い過ぎる。
ヴィンセントの作り物の胸と違って、これは本物。しかも完全に重力に逆らっているのが、さらにムカつく。
「もう一度よ! 今日中に完璧に覚えるんだから!」
悔しさを闘志に変えて、私は魔女の手を取った。
◆
夜まで続いたダンスの練習の後、魔女が私の部屋でお茶を飲んでいた。
『お前、胸に何持ってんだ?』
「何も持ってないわよ」
『服の中』
魔女が指さしたのは、服の中に入れたペンダント。流れるようにさりげなく胸に伸ばされた手をぺちりと叩き落す。
「……どうするつもり?」
『何もしねーから、見せてみろって』
見せるだけと確認して、ペンダントを外してテーブルに置く。
『はー。こりゃまた精緻な守護魔法だな』
一目見ただけで、魔女が呆れた声を上げた。ヴィンセントの魔力が込められているだけでなく守護魔法も掛けてくれているのか。
「悪い事しないでよ」
呪われた首飾りが見せた嫌な思い出から、私を助けてくれたペンダント。一生大事にしたいと思う。
『へいへい。壊そうかと思ったが辞めといてやるよ』
「もー、やっぱ悪い事しようと思ったんじゃない」
聞き分けは良くても、魔女は魔女。首に掛けようとして止められた。
『待て。面白そうだから、俺も守護魔法を掛けてやる』
「どういうこと? 守護魔法?」
『俺もユリノを護るってだけだ。俺とヴィンセントの魔力属性は違う。俺は火と闇、あいつは木と光だ。足りない物を補うだけで、絶対に変なことはしねーよ』
この世界では、火・木・土・水・風・光・闇と七つの魔元素があり、魔力を持つ者は、一~三種の属性を備えている。
テーブルに置いたペンダントに両手をかざし、魔女が高速で呪文を唱え始めた。この世界のすべての言語を理解できる能力が付与されている私でも、聞き取れない速さ。
赤い光がテーブルに複雑な模様を描き、ペンダントの石へと吸い込まれていく光景は不思議で綺麗。魔女の詠唱が終わり、赤い光が最後に文字を描く。
それは『夜闇』という漢字に見えた。その文字もペンダントに吸い込まれる。
『よし、完了だ。ユリノ、何か危険があったら俺の名を呼べ。俺の名はヨアンだ』
「ヨアン? あ、もしかして、夜の闇って書いてヨアンって読むの?」
何気なく口にすると、部屋の温度が下がった。
「え?」
『……ユリノ、お前、何故意味がわかった?』
ヨアンの表情が真剣で怖い。鋭い眼光は、今まで見たこともない。
「……何故って、私の国の言葉だもの。漢字でしょ? 違うの?」
押し黙ったまま私を睨みつける黒い瞳が恐ろしい。視線をそらそうと思っても、何故かそらせない。瞬きをしながら見つめ合う。
しばらくして、ヨアンは大きな溜息を吐いた。
『……誰にも言わないと誓ってくれるか?』
「え、あ、うん。言わない」
私が左手を上げて誓うと、ヨアンの声と雰囲気が一気に柔らかくなった。
『俺は人間じゃない。魔性……悪魔とも呼ばれる存在だ』
悪魔と聞いて驚いた。見た目は完全な美女。そうか、この姿で人間を誘惑するのか。
『お前が読み解いたのは、俺の
「へー。そうなんだー」
この異世界には、女神がいて、精霊や魔物、魔王がいて。そして悪魔……魔性がいる。ありとあらゆる不思議な存在がいるのは、面白いと思う。
『……反応薄いな。真名使って俺に命令すれば、あいつの呪いだって解けるんだぞ』
「だって、別に使役なんてしなくていいもの。そりゃあヴィンセントの呪い解いてもらいたいけど、私と踊ったら解いてくれるんでしょ? 別に命令することでもないじゃない」
命令できると言われても、いまいちよくわからない。ヨアンだけでなく誰に対しても命令なんてしたくない。
『……ユリノ……お前、本当に面白い女だな』
「それって、どういう意味よ。馬鹿とでも言いたいの?」
『いいや。俺にとって最高の女だっていう意味だ』
「はいはい。そうですか、そうですか。ほら、そろそろ部屋に帰って」
美人の同性に言われても、何も楽しくないしときめかない。
ちょうど、真夜中を告げる鐘が鳴り響く。
『あー、もうこんな時間か。じゃ、おやすみ。ユリノ』
「守護魔法ありがとう。おやすみ、ヨアン」
私の挨拶に、ヨアンはとびきり艶やかな笑顔を見せた。
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