第4話 ブレイクアウト

 九条さんを覚醒する方法が思いつかない。

 おい、聞いてるか、有機生命体。


『あの、そろそろ名付けて頂いても?』


 そうだよね。名前長いよね。じゃあ短くして有機ユーキで。


『短絡的ですね』


 そうそう、直ぐに答えを出す、俺の長所なんだよ・・・・って、誰が物事を深く考えない浅はかなやつだよ! 『短』って付いている時点でほぼ短所だろ! 


『どうどう』


 って、俺は馬か! それで、彼女を起こす方法何かないかな。


『魔素の外部放出が不可能なのですから手に熱をもたせましょう』


 ふんふん、それで?


『床を熱し、彼女の座っている床まで熱を伝えれば、彼女がアチッって言って目を覚ましますよ』


 なるほど。早速実行しよう・・・・って、最終的に俺の手はどうなってる?


『さぁ? 炭になっているとか?』


 駄目じゃねぇーか、このポンコツ生物!


『失敬な。私が元に戻しますよ』


 はい?


『だから、元に戻しますよ』


 どうやって?


『損なわれた細胞を私の細胞で代用します』


 それ俺の腕じゃないだろ! それに燃えたら熱いだろ!


『当然です』


 それ続けてたら最終的にお前が俺に変わってしまうんじゃないのか?


『そうとも言えますね』


 却下!

 手を切った方が早くないか? そっちのほうが簡単だろ? どうせ繋げられるんだろ? 

 でも痛いのは嫌だな。

 どうせ二泊三日で帰れるんだし無理することもないか。


『そうですね。二泊三日の奴隷生活も捨てたもんじゃないかもしれませんね』


 二泊三日でも奴隷は嫌だ! こんな非文明社会の奴隷なんて何されるか分かったものじゃない。

 何が何でも九条さんを起こす。



「九条さん、起きろ!」


 九条さんは声に全く反応しない。

 ずっと下を向きずっと体育座りの体勢のままだ。

 パンツが見えそうなのは嬉しいのだがここは我慢。

 しかし、酷くなってないか?

 ここに来た当初は反応したのに今では全く反応しない。


『はい、悪化しています、確実に』


 山口が更に何かしたのだろう。

 しかし、鎖で片手を塞がれていた為、何かを飲ませることは不可能だった。



『だとすれば、薬は除外できますね。精神魔法ならその効果を打ち消すブレイクスペルですね。催眠も解除できます』


 俺はそれ使えるのか?


『大丈夫です。発動中ならアンチスペル、発動後ならブレイクスペルで解除出来ます』


 あぁ、声も音波だからボイスキャンセラーと同じ逆位相の音で詠唱を消すんだろ?


『違います。アンチスペルは魔法を波動で無効化します』


 ブレイクスペルも?


『はい、体の内部まで波動を浸透させ体内の魔法の類を無効化します』


 凄いな、相手の魔法が俺には通じないんだ? 


『いずれそうなりますね』


 だったら、そのスキルを使えるよう、いい加減良い方法を思いついてくれよ。


『うっ、か、活動限界がぁ、き、来たぁ(棒読み)』


 絶対嘘だろ? 良い案が思いつかないから限界の振りしてるだけだろ?


『‥‥‥‥』


 おーい! ちっ、逃げやがったな。


 どうしよう。


 またぺたぺたと足音が聞こえる。

 今度は誰だ? ペタペタだからまた伯爵か?

 人数は一人のようだ。複数の足音は聞こえない。

 今度は食事だとは期待しない。

 期待したらその分余計に腹が減る。


 牢の前で止まる足音。来たのは兵士だった。

 手には二人分の食事。漸くだ。


 そうだ。良い事を思いついた!


 兵士は牢の鍵を開けそれぞれの前に食事を置く。


「ほら食事だ。ありがたく食え」


「あの、お願いがあるんですが、彼女ぐっすりと寝ちゃってて起きないんで頭を思いっきり叩いてもらえますか」


「あ”ぁ? 俺に命令するな、糞奴隷どもが。頭に来た。望みどおりにしてやるぞ」


 兵士は短気なのか、奴隷(仮)に命令されたことに怒り、力任せに九条さんの顔を蹴った。

 蹴られた彼女は転がりスカートが捲れ脚どころかパンツまでが丸見えだ。


「おっとぉー」


 兵士がにやけた顔で露出した下半身を見つめる。

 口笛吹きつつ大丈夫かなと周囲を見回しズボンを下ろし始めた。

 やばい、この兵士、抑制も伯爵の命令もきかないタイプのようだ。

 すでに目が据わり、変質者の目になっている。

 このままじゃ犯される。

 九条さんは蹴られたにもかかわらず意識が回復しないのか動かない。


「九条さん! 起きろ!」


「お前黙れ! 黙って見物してろ」


 兵士の怒声が牢獄に木霊する。何とか阻止しなければ。

 そうだ! 良いこと思いついた。


「領主が明日手籠めにするって言ってましたよ。彼女、処女だから(知らないけど)誰かが犯したこを伯爵に気付かれますよ。調べれば夕食を持って来たあなたが怪しまれるでしょうし、俺も告げ口しますよ」


「そ、そうだな。伯爵様に気付かれるのは不味いな‥‥よし、お前は何も見なかった。いいな」


「はい、誰にも言いません」


「よし、告げ口するなよ」


 安心した兵士は、それでも残念そうな渋面を浮かべながら帰って行った。


「ん‥‥何があったの?」


今まで何をしても起きなかった九条さんが遂に覚醒した。

眠たげに目をこすりながら訊く様は何処か可愛らしい。


「えっ? 九条さん、目が覚めた」


「ここは何処? なんで私は鎖につながれてるの? ‥‥って不死川君? どうして君がいるの? あれ、山口君はどこ?」


 俺は、山口が伯爵とグルで精神魔法か何かで九条さんを朦朧とさせてここまで連れて来た事、その目的が魔法を使えるものを奴隷として売る事、明日隷属の首輪を付けられて奴隷にさせられ売られてしまうという事。早くここから逃げるべきだという事、放出系の魔法が使えない事を掻い摘んで説明した。


「放出系でない筋力強化系の魔法なら使える訳ね。任せて、やってみる。私のスキルは『剣士』で筋力が500%アップだから鎖を固定金具ごとまとめて引っこ抜いてみる」


「500%って、ゴリラだな」


「誰がゴリラよ! 私は肉も食べるわよ!」


 九条さん、突っ込むところが間違ってる気がするよ。


 九条さんは立ち上がり鎖を手に巻き付け腰を落として思いっきり鎖を引っ張った。バゴッっという音とともに鎖が根本の金具と共に壁から引き抜かれる。

 カランカランと金具が落ちる高い金属音が牢屋中に響き渡った。


 あまりの大きな音に見張りの兵士が来るかと少々ビビりながら、二人とも動きを止め時が過ぎるのを待った。

 十秒程経っただろうか、何の反応もなく心配が稀有だったことを知る。

 すると九条さんは右の手首から手錠を外そう左手で引っ張る。


「よし、外れた」


 九条さんは強引に手錠を緩め外した。

 壁から鎖を引っこ抜かなくても良かったような気がするがまぁ良い。

 次に、俺の手錠に左右の指を無理やり二本づつ入れ「せーの」といって思いっきり広げる。

 顔が真っ赤になっていくが壊れない、手錠が広がらない。

 指だと力が入らないようだ。

 駄目だ、外れないか、と諦めた。

 別の方法を探す。

 九条さんも諦めて手首の輪っかから指を抜いた。

 すると、キンキンと更に甲高い金属音が牢に響く。どうやら留め金が緩んで金具が抜け落ちたようで手錠は外れた。


「やった。凄いね九条さん」


「そんなぁ、普通よぉ」


 いや、絶対普通じゃないから・・・・


「ところで、俺のそばにいて大丈夫?」


「はい?」


「気分が悪くならない?」


「あれって、虐めで気分が悪いって言ってただけでしょ?」


「いや、本当に気分が悪くなってみたいなんだよね。こっちに来てスキルで制御できるようになったからもう大丈夫だと思うんだけど。どう、気分は?」


「いえ、全く。不死川君とはあまり接点がなかったからね。逆に変なイメージがついてなくてよかったよ」


「イメージ?」


「だって、付いてたら気持ち悪くて近寄れなかったかもしれないでしょ」


「それ酷いな、九条さんのイメージががた落ちだよ」


「冗談よ。それより逃げないと」


「ちょっと待って」


 有機ユーキ、聞いてる? 

 有機生命体に、想像していることがスキルで可能か訊いてみる。


『はい、聞いてますよ。甘い男女の睦事』


 いや、ベッドの上じゃねぇーし。スキル使って音波でソナーみたいなこと出来ないかな?


『はい、出来ますよ。ソナーですね』


 分かった。


「ソナー、城のこの階」と音波が広がり周囲の地形、間取り、人の配置を知ることをイメージして小声で詠唱する。

 壁に囲まれているせいか今ひとつわからない。


『でしたら、電磁波も使えますのでX線ソナーは如何でしょう』


 でも九条さんに影響ないかな。


『そうですよね。このまま捕まって九条さんが領主の慰みものになる方がX線に被爆するよりマシですよね』


 お前、嫌な性格してるな。


『ペットは飼い主に似るって言いますしね』


 断じて俺は嫌な性格してない! 



「X線ソナー、この階」九条さんを俺の後ろに移動させ周囲を索敵。


 あっ!! やばい!!


「九条さん、妊娠してないよね?」


 平手で思いっきり頬を叩かれた。

 なぜ?


『デリカシーの欠缺けんけつでしょうか』


 意味わかんねぇーし! 献血ならしたことねぇーし!


『学校戻ったら勉強してください』



「この階には誰もいない、行くよ。それと、偶にX線使うからその時は俺の後ろに隠れてね」


「うん、分かった。それが不死川君のスキル?」


「本当は人に知られたくなかったんだけど、俺も教えてもらったからさ」


「え? 私、『剣士』だけじゃないよ」


「ほかは何?」


「内緒」


「卑怯だな」


「この世界で私、最初にあった山口くんに裏切られたんだよ。直ぐに信用したらオレオレ詐欺の常連さんになっちゃうよ」


「だ、だよねぇ~」


 そのうち教えてくれるだろう。

 それにサバイバルゲームならいつか敵になるかもしれない。

 それもあって教えないのだろう。


『でも、彼女に全て教えた訳ではないので。多分レーダーのようなスキルだと思われているのでしょう』


 九条さんの有機生命体とコンタクトを取って何のスキルか知ることは出来ないのか?


『個々の有機生命体とはコンタクト不能になってますし、位置情報も遮断されています』


 なんかこの世界を助けるために連携するのかと思いきや、各々を競わせようとしているみたいだな、あの先生。

 やっぱりサバイバルゲームか。


『その可能性が高いですね。サバイバルゲームと言うよりバトルロイヤルですね』


 バトルロイヤルだな。

 あれ、有機ユーキは先生の味方じゃないのか?


『私はマスターの下僕であってそれ以上でも以下でもありません』


 まぁ、信じるよ。


『救われませんよ』


 なんで?


『宗教ではありませんので』


 もう、下らなさ過ぎる。先生にあったらOS変えてもらおうかな。


『酷いですね、それ酷すぎます』


 もういいよ。もう逃げ出さないと。


『お急ぎください』


 牢は一階だった。ソナーを駆使し兵士のいない場所を通る。幸い、逃亡にはまだ気づかれてはいないようだ。兵士ものんびりしたものだ。

 何とか気づかれずに城を出て街中へと逃げ込めた。大衆に紛れてしまえば簡単には見つからないはずである。

 木を隠すなら森の中というやつだ。

 ということで宿を取りやっと晩御飯が食べられる。



 △□○▲■●



 ここはアッカド王国、サンタクラリン伯爵の収めるサンタクラリン領の領都サンタクラリン。奴隷産業で潤うこの領都の中央に存在する領主館であるお城の豪華な執務室ではサンタクラリン伯爵と山口が悪巧みをしていた。


 執務室は高級な調度品が並び贅の限りを尽くしているのが分かる。

 二人はソファーで酒を酌み交わしながら綺麗な女性たちを自分たちの前に一列に並ばせ物色する。

 女性たちは様々なタイプが居るが皆美人であることには間違いがない。

 この伯爵領では奴隷商が他所から来た者を捕まえて奴隷として販売するという悪どい商売を行っている。彼女たちの中にもその犠牲者は居るようだ。


「山口殿、どれかお気に召したか?」


 伯爵は山口の好みを自分とは違うと知っている。

 だから安心して先に選ばせるのだ。


「二人くらいは良いでしょ? レプリカントを二人捕まえたんですから」


「そうだな。三人まで良いぞ」


「伯爵は寛大ですねぇ」


 突如ドアがノックされ、兵士が慌てた様子で入って来た。


「うるさいぞ! どうした?」


「特別牢の二人が逃げました!」


「何ぃ、逃げられたのか!? 何が起こったか話せ」


 兵士は状況を掻い摘んで話した。


「何てことをしてくれたんだ。明日王都からいらっしゃる魔導長官のハクシオン侯爵には二人のレプリカントを捕まえたと報告してあるのだぞ。全力で探せ」


「はっ、直ぐに私も加わります」


 そう言うや否や兵士は執務室を飛び出していった。


「山口殿、まぁ、捕まえるのは兵士に任せて我々は奴隷女をヒィヒィ言わせるとしますか?」


「もちろんですよ。あんな不死川ごときに楽しみを邪魔されたくないですからね」


「お主も悪よのぉ、山口殿」


「いえいえ、伯爵にはかないませんよ」


「「あーっはっはっはっは」」


 執務室に響くまるで御代官と越後屋のような二人の嗤い声を聞きながら覚めた目で二人を見つめるロック宰相がいた。

 ロック宰相は忠実に職務はこなしているが伯爵の言動に反感を抱いている反伯爵派の一人でもあった。







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