第3話 謀略
『あ~、よく寝たァ』
有機生命体が今頃起きてきやがった。
『おや? ご機嫌斜めですね?』
この状況を見てから言え。
『ん〰、あれ、ここって牢屋? ですね。脱走しないんですか?』
どうやって?
『光を強烈に照射すれば熱を持ち金属も溶けますよ』
その前に、俺の手が溶けるよ。
『使い方次第だと思いますよ。猫はハサミも使えませんし』
そう、ハサミが使えなくて髪も切れないんだよなぁ・・・・って俺ゃ、猫か! ハサミくらい使えるわ! 猫くらい馬鹿だからスキルを使えないって言ってんのか?
『なるほど。今の皮肉を理解できるほどには賢いと。データに加えておきます』
きちんと書き加えておけよ。俺は賢いって!
『はい、書きましたっと。ではレーザーの様に光を収束し切りましょうか。一思いに切断すれば熱はあまり伝わらないはずです。火傷は私が修復しますので』
「収束光線! 中くらい」
収束した大量の光線をイメージして、右手の鎖を切る。
ん? 何も出ないよ! どういう事?
『あ~、困りましたね。魔素拡散の鎖ですね』
何それ? あぁ、海○石みたいな感じ?
『はい。これを付けていると体外に放出した魔素が分散され魔法が使えなくなります』
放出系だけなら内部強化は可能かぁ。どうしよう。
『手を切り落としましょうか?』
切落したら生えてこねぇよ!
『不便な体ですねぇ』
普通だよ!
『切り落としても私が繋げますよ』
痛ぇーよ!
『何怒ってるんですかァ?』
普通怒るよ!
『竹山ですか?』
ちげぇぇよ! スマホにGPSの追跡ソフト入れられてねぇよ。
途方に暮れた。
小窓から差し込む光が赤くなりもう夕方だと告げている。
何もすることがないと腹が減ってくる。飯まだかな。飯を期待して待っていると足音が聞こえる。やっと飯だ。間違いない。飯が来た。
そう思ってたら来たのは兵士。
残念。
誰かを連れて来た、二人いる。
あれ?
九条さん? 九条
「おとなしく入ってろ」
兵士は二人を強引に牢に押し込み、俺とは離れた壁の鎖に右手だけを繋ぎ去って行った。
しかし、よく足音の響く廊下だ。
「お前らも捕まったのか、山中?」
「山口だよ! お前クラスメートの名前くらい覚えろ!」
「ごめんごめん、でも山は合ってたろ」
「しかし、お前もか、不死川。俺は兵士に囲まれて槍を突きつけられてさ、まいったよ。俺達どうなるんだ?」
「奴隷にされて売られるらしいよ。明日魔術師が来て隷属の首輪を着けるって話だ」
「まじか? 売られるのか?」
「らしいね」
九条さんはなぜかずっと下を向いたままだ。積極的な彼女の性格なら色々訊いて情報を得ると思うが訊こうともしない。
「九条さん、どうしたんだ?」
「異世界に飛ばされて落ち込んでるんだろ。放っておいてあげろよ」
「なるほどね」
イメージと違う。いつもはもっと前向きな印象だった。しかし、この状況では仕方がないのだろう。そんな事よりすべき事がある、脱出だ。
「山口、お前のスキルは何だ? この鎖切れないか?」
「俺の能力じゃ切れないな」
そう言うと山口は黙ってしまった。俺にスキルを教える気はないようだ。俺も教えないほうが良いのか? でも、敵対するわけじゃない。共闘するなら知っていたほうが有利に事を運ぶことが出来ると思う。
だが、気にかかるのは先生の最初の一言。
これはサバイバルゲームだと言った。
もしそうならクラスの全てが敵になる。
そうなれば間隙を縫い殺されることもありうる。
・・・・って所詮ゲームだし。シリアスになったところで二泊三日でゲームは終了する。
深く考える必要もないのかもしれない。
奴隷に売られたとしても三日経てば元の世界だ。
しかし、九条さんが気にかかる。
「おーい、九条さん、大丈夫か?」
九条さんは頭を上げこちらを力なく見ると何か言うでもなく数秒間焦点の合わない目でこちらを見るとまた下を向いてしまった。
「放っておいてやれよ」
「そうだな、少し心配だったんだ。」
変だ。
落ち込んでいるという状態ではない。
目の焦点が合わず意識が朦朧としているみたいだ。
薬を盛られているのだろうか。
そう言えば俺も薬を盛られて意識がなかった。
九条さんも薬を盛られた可能性はある。
だけど、山口と一緒にいたのなら、なぜ山口だけ薬を盛られてないのだろうか。
山口は助けなかったのだろうか。
「ところで、不死川。クラスの他のやつに合わなかったか?」
「お前らが初めてだよ」
「そうか。残念だな」
何より気になるのは山口の態度だ。
それは九条さんを気遣っていると言うより、俺が話しかけるのを嫌がっているようだ。
独占欲?
それとも、もしかすると、ありえないかもしれないが、この状態にしたのが山口で、だからこそ、状態の維持を阻害する行為を邪魔する?
いや、それはないだろう。
山口も未だ来たばかりだ。
何もわからない状況で味方を失くすようなことはしないだろうし、味方を陥れる意味がわからない。
しかし、魔法か催眠か薬のどれかの可能性は高い。
もしそうなら解除できないのだろうか。
おーい、有機生命体、起きてるか?
『起きてますよ』
どうして何も言わない?
『考え事をされていたようなので、取り敢えず、思考が纏まるまで待ちました』
どう思う? 九条さんの有機生命体と交信とか出来ないのか?
『現在は不可能です。制限されています。しかし、観察するに催眠術か魔法で意識を朦朧とされているか薬を飲まされた可能性もありますね』
俺が考えたのと一緒じゃねぇーか。役に立たねぇーな。
『そうですね。ペットは飼い主に似るって言いますし』
そりゃ、俺が役立たずって言いたいのか?
『いえ。そもそも私はペットじゃありませんし、役立たずでもありませんし』
なんかウザい!
確かめる方法はないかな。俺も山口もスキルが使えないのなら九条さんを頼るしか脱出方法が無いんだけど。
『薬の場合は無理ですが、魔法や催眠なら外的刺激による覚醒でしょうか。放出系の魔法が使えないだけで内部強化等の魔法は使えるので、筋肉を強化し大きな音を立てるのはどうでしょう。それが刺激となり覚醒するかもしれません』
なるほど。一理あるな、一度やってみよう。
ただ、やったこと無いからどうやるのかわからない。
『イメージです。魔素が体内を駆け巡り筋力を上昇させるイメージ』
それって催眠術で筋力が強くなるみたいなもの?
『それの増強版ですね』
体の中を魔素が駆け巡るのをイメージする。
よし、筋力が強化された。気がする。
よし、今だ!
床を思いっきり蹴った。
ドンっと大きな音がエコーの効いた石造りの牢に響き渡る。
九条さんを見るとビクッと体が引きつりこっちを見た。
効いたか?
だが、興味なさげにまた下を向いてしまった。
「止めろ! 無駄だ」
山口の怒声が地下牢に響く。
なぜ、そこまで否定する?
「え? 無駄?」
なぜ無駄だと分かる?
「い、いや、せっかく寝てるんだから邪魔するなよ!」
「そうか」
寝てるという状態ではないと思うのだが。それに寝てたら奴隷にされてしまうんだから起きるべきだろ。やはりこいつが犯人だ。
山口に邪魔されても、もう一度音を出すべきか?
しかし、腹が減った。飯はまだか。
そう考えていると、また廊下に足音が響く。今度はカツカツといったヒールの甲高い音ではなくペタペタといった踵のない靴の音だ。間違いない。今度こそ夕食だ。
足音はどんどん牢へと近づき、ついに檻に到達した。
しかし、檻の前に来た足音の主は夕食など持っていなかった。
がっかりだよ、お前かぁ!
「どうだ、気分は?」
伯爵だった。ニヤケ顔で檻の前に立っている。
「良いわけ無いだろ」
どうしても伯爵だからと敬う態度は取れない。
「もう良いですか? こいつ他のやつの情報持ってないですし、牢で一晩過ごすのは勘弁してくださいよ」
山口だ。何故か山口が伯爵と知人のように話し始めた。
「山口、お前何言ってるんだ?」
山口が訳が分からない事を言う。
知ってたよ。
やはり山口が九条さんの朦朧とした状態に関与していた。
しかしなぜか山口は伯爵とグルだった。
俺達がこの世界に来たのが昨日だ。
その時、俺は直ぐに伯爵と出会ってる。
山口が伯爵と会う時間など無かったはずだし、ましてや信頼関係を築く時間など有り得ない。
「仕方がない。山口殿を出してやれ」
領主は衛兵に命じ山口の鎖を外させる。山口は鎖に繋がれていた手首をさすりながら牢を出た。
「じゃぁな、不死川。奴隷人生がんばれよ。まぁ、短い人生だろうけどな。伯爵、その女、九条を俺の部屋に連れて行ってもいいでしょ?」
「駄目だ。隷属の首輪をつけた上で私が弄ぶんだからな。お前には別の女を後で部屋に行かせるからそれで我慢しろ」
「仕方ないなぁ。美人をお願いしますが、巨乳は勘弁してくださいよ。あ! 伯爵の母上でも良いですよ」
マ、マニアックだな、山口。
「山口殿、それは勘弁願いたい」
「残念だなぁ」
残念なのはお前の趣味だよ!
「ところで、晩飯もう準備してます? 腹が減って、腹が減って」
「ず、ずるいぞ、山口! 俺も、俺も腹が減ってるので晩飯持ってきてほしいんですけど」
「貴様は先程食っただろ。だが最後の晩餐だ、後で持ってこさせる。期待はするな。まぁ、奴隷になったら最低限の芋や麦は食わせてもらえるぞ」
「ところで不死川、九条さんはいい女だろ? お前もそう思ってただろ? 残念だな明日は領主様がかわいがってその後は兵士に下賜されて全員で犯すらしいぞ。童貞のお前には羨ましいだろ?」
「だっ、だっ、誰が童貞だよ!? 山口、お前も九条さんの仲間だろ? 助けてやれよ」
「仲間なら俺が良い思いをする為に奴隷になるくらいは当然だろ。俺が有り難く思ってやるんだから感謝してほしいな」
本気で言っているとは思えない。
いじめっ子の理論を展開されたところで納得する訳がないと気づかないのだろうか。
もし本気で言っているのなら山口は病気なのだろう。
「お前屑だな」
「いや、賢いんだよ」
「山口殿、その女は明日隷属の首輪を着けるまで魔法は解けぬか?」
「大丈夫。それまでこの状態のままですよ」
そう言い残し伯爵達は足音と嗤い声を響かせながら既に日が落ち蝋燭の明かりだけが照らす薄暗い牢獄を後にした。
明日までは大丈夫、そう山口は言っていた。
九条さんがこの状態なのは山口の仕業だったのだ。
山口は意識を朦朧とさせることができるスキルなのだろう。
薬を作るスキルか精神的に干渉するスキルだと推測できる。
もし逃げ出せても、上手く運ばないと俺も九条さんみたいになる可能性がある。そうなれば、明日確実に奴隷にされてしまう。
一縷の望みは九条さんを覚醒させることだ。
音による覚醒は失敗した。他に何か役に立つものはないだろうか。
今ある情報を纏めよう。
○ここにあるのは右手を拘束する鎖。
○右手以外自由な手脚。
○脱出できるかどうか分からない金属の柵が嵌まった小窓。
○魔法は封じられているが、筋力は強化できる。
○鎖を切れるほどには筋力強化できない。
○蝋燭の明かりだけでかなり薄暗い。
○檻の前に見張りは居ない。
○薄暗い牢
○九条さんとは距離が三メートル、手は届かない。
手が届けば叩いて覚醒できるかもしれないのに。
どうやって覚醒させようか。
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