第2話 領都
喚声のする方角へ走る。
『戦いに慣れてください』
でも何も武器がないぞ。
『すいません。まだ完調ではないようです。限界でス・・・・』
くっ、役立たずか!
武器もないし、一体どうすりゃいいんだよ。
まぁ、あっても使えないけど無いよりマシ。
周りを見回しても何も無い。
木の棒も。
枝も。
あるのは草だけ。
草で首を掻き切る一流の暗殺者のようなことは出来ない。
しかし、スキルがあるんだから何とかなるのだろうと走る。
なんとかなるのだろうか?
そもそも、使い方も、何に使えるかも分からないスキル。
湾曲した道を曲がると馬車が巨大な犬の集団に襲われていた。
全て百キロ位ありそうな犬ばかりだ。
皮の鎧を付けた六人の兵士が馬車を守っているが、既に半数は怪我を負い今にも殺されそうだ。
大丈夫か? 俺が行ったら餌が増えるだけじゃないのか?
不安が押し寄せる。
スキル『電波少年』でどうやって戦えと?
スキルを使って馬車にヒッチハイクして逃げ出すのか?
さっきはヒッチハイクできなかったぞ。
おーい! 起きろ! 教えろ!
このままじゃ犬の晩御飯だぞ!
『お待たせしました。大丈夫デス。スキル『電波少年』は最強デス』
本当かよ? さっき、ヒッチハイクに失敗したよ!
『スキル電波少年にそんな能力はありませんヨ!!』
あっ、ねぇのかよ! なんかジト目で睨まれてる気がする。
『電波少年は電波を発生するだけでなく、全ての波を操ることが出来ます。つまり、最強です』
抽象的すぎるよ。電波を発信して助けでも呼ぶのかよ・・・・って、ラジオかよ!
『そんな機能はあります』
あるのかよ!
『ここで、ストップ。これ以上近づかなくても良いですよ』
ここで良いのか?
『この場所で電子レンジの効果をイメージしながら敵だけに向かって【マイクロウエーブ】と言ってください。魔法に詠唱は必要ではないのですが、他の技と区別し一律の効果を得る為にも魔法名と効果の程度の詠唱は最初こそ重要です。右手を目標に掲げ、そこから電磁波を出すイメージをするのが良いでしょう』
既に、護衛は疲弊し今にも巨大犬に屈しそうになっている。殺されるのも時間の問題だ。一刻一秒の猶予もない。
言われた通りに巨大な犬に向け右手を突き出す。
マイクロウエーブと言いながら手から電磁波の放出をイメージする。
気分は家電製品、白物家電。
うちの電子レンジは黒だったけど・・・・
次の瞬間、巨大な犬の集団が一気に燃え上がり、炭化してしまった。
『これは、これは。物凄かったですねぇ。少々出力が強すぎたようです。これで詠唱が必要だと分かったでしょ? しかし、魔素量が無限大で魔力がSですか。力を弱めないといけませんね』
本当だよ。良く近くにいた人達に被害が及ばなかったもんだ。
『それがイメージの力ですよ。味方に影響を及ぼすのも及ぼさないのもイメージです』
俺は手伝えることがあるなら手伝おうと馬車に向かった。
「大丈夫ですかぁ?」
大声を出し心配する素振りで馬車に駆け寄る。
怪しまれれば攻撃される可能性もあるだろうから、味方だとアピールしながら近づいた。
「君がやったのか? どうやった?」
あれ? 日本語に聞こえる。お決まりのパターンだな。
・・・・ってか、日本語じゃねぇーか!
あの先生日本語を言語に使ったのか。
「ええ、俺が魔法でちょいちょーいと」
「魔法を使えるのか? 若いのに大したものだ。ところで、怪我は直せないのか?」
怪我は直せないよな?
有機生命体に訊いてみた。
『はい。無理です。ただ、切開部分は『マイクロウエーブ』を使い熱で傷を癒着させる事も出来ますが。まぁ、火傷でくっ付くってことです』
あれだろ? 千円札の人だろ?
『おお、凡人なのに良く分かりましたね』
誰が凡人だ。まぁ、違いないけど、知性はCだったし・・・・ってこいつ絶対俺を馬鹿にしてるだろ?
『あれ? 気づいちゃいました?』
くそっ。
どうせ喧嘩にならないので有機生命体との会話を中断し怪我した護衛の傷を見る。
「おっとぉ、かなり切れてますね。傷を塞ぐだけなら出来ますよ。ただ痛いと思いますが」
「そうか、普通は魔法で痛くもなく傷が治るが、君はヘボなんだな」
「へ、ヘボって・・・・これから治療してもらう相手に対してヘボは如何なものかと思うんですけど」
「いや、悪い、悪い。俺は素直な性格なんだよ」
素直というよりデリカシーがないだけだな。
俺はこいつの人格的評価にFを付けてあげよう。
あっ、そうだ!
「すいません、治療代として俺を馬車に乗せてもらえませんか?」
「そうだな、それに助けてもらったしな。よし。領主である伯爵様に聞いてきてやる」
そう言うとデリカシーのない男は馬車に乗り込んだ。
待ってる間に傷を塞いでしまおう。
開いている傷口を両手で塞ぎながらマイクロウエーブで焼いて癒着させる。
「マイクロウエーブ、最小」と詠唱。
最小の力を意識して切り口が癒着するようイメージ。
失敗すれば犬のように黒焦げになってしまう。
徐々に傷口から煙が上がり、肉の焼けた臭いが辺りを漂う。
嫌な臭いだ。
十秒程で傷が癒着に変わった。
どうやらくっ付いたようだ。よし、終了っと。
「君が狼どもを倒してくれたのか? どうやったんだ?」
突然の声に驚いた。
声のした方へ振り向き見上げると少し太った恰幅が良く貫禄のある見るからに高い地位に就いていると思わせる高級そうな服に身を包んだ中年の男性がいた。
ていうか、あれって狼だったんだな。大型犬より大きかったもんな。
「はい。俺が魔法で退治しました」
「そうか、感謝する。私はこの領地を治めるロジャー・サンタクラリン伯爵だ。謝礼代わりに馬車に乗りたいそうだな。私達が行くのはここから一日の場所にある領都サンタクラリンだ。そこで良いなら連れて行くぞ」
伯爵は人懐っこい笑顔を浮かべながら提案する。
見るからに親切そうで善政を敷いていそうな好人物にみえる。
実際その通りなのだろう。
「お願いします。俺は虎徹って言います。ここが何処かも分からなくて途方に暮れていたところです。近くの村は廃屋だけになってましたし」
「あの村は去年この狼どもに襲われて全滅したんだ。このあたりは治安が良くなくてねぇ。化け物も出没するから夜は特に危険だ」
「そうなんですね。ご一緒できて良かったです。夜も一人じゃ怖いですもんね」
「そうだな。ところで魔石は集めたか?」
「魔石?」
「狼の体内にある魔石だ。知らないのか? それを集めろ。討伐ギルドに持っていけば報奨が貰えるぞ。本当は毛皮や肉も売れたのだが、炭になったら如何しようも無いな」
笑顔で良い情報を教えてくれる伯爵は本当に好人物のようだ。
あのデリカシーの無い護衛と違って・・・・
体内の魔石かぁ、何処にあるんだろ?
『心臓付近にありますよ。肋骨の間を開いて手を入れて取り出します。既に炭化して硬くなってますし熱いのでナイフを使わないと取れないかもしれません』
そう有機生命体は教えてくれるが・・・・
魔石も炭化してるんじゃないのか。
『魔石は熱を加えても炭素とは結合しませんし、魔石自体に炭素が含まれませんので炭化することはないですよ』
あ~そうですか。無知ですみませんねぇ。
何か馬鹿にされているような気がする。
『大丈夫です。気の所為じゃありませんから』
ちっ、あ~そうですか。
なんか生理的に勝てない気がする。
しかし、どうしよう、ナイフが無い、借りようかな。
「俺の剣を貸そうか? 持ってないんだろ」
困っているとデリカシーのない護衛が剣を貸してくれた。幅の広いブロードソードとかいうやつだ。
繊細さというデリカシーはなくても心遣いは出来る人のようだ。
剣で狼を切ると硬い。既に皮膚も肉も炭化し剣が通り難い。
やっと剣を嘗て狼であった炭の中に突っ込む。
骨は燃えてしまったのか感じられない。
剣を動かし探すと心臓付近に硬いものを見つけた。
取り出してみると直径十センチ程の少し歪な楕円形で琥珀色のガラスの様な触感の物質だった。
「ほぉ、琥珀色だな」
「琥珀色って良いんですか?」
「色が濃いほうが良質だな。それに大きければ大きいほど良いぞ」
「全部もらって良いんですか? 護衛の方々が戦ってたのに」
「良いんだ、君が助けてくれなきゃ死んでたかもしれないからな」
なんだ、デリカシーが無いだけで実は親切なんだな、この護衛の人。
全ての狼から魔石を取り出し先生から貰ったアイテムボックスであるバングルへ収納する。
「剣ありがとうございました。今更ですが、俺は虎徹って言います」
剣を返却しながら感謝の気持ちを伝える。
「これはご丁寧に。俺はライザック、伯爵の親衛隊の隊長をしている。さ、馬車に乗ってくれ」
一緒に馬車の中って不味くないのか? 大丈夫か?
有機生命体に問いかける。
『何がでしょう』
俺って近づくと変な電波出してるみたいで気分が悪くなるらしいんだけど一緒の馬車で大丈かな。
『既に安全です。スキルで電波を制御できるようになりましたので』
なるほど、制御してるのか。なら、大丈夫だね・・・・って、本当に電波出してたのか!?
『はい。出していたようです』
何かショック。
本当に周りに迷惑をかけてたんだ。
根拠のない嫌がらせじゃなかったんだ。
何かショック。
馬車は三台で高級そうな馬車の前後を普通の馬車が挟む形で並んでいた。護衛が前後の馬車に乗るようだ。
俺も護衛の馬車に乗ろうとすると伯爵に同じ馬車に誘われた。
馬車の中は前後が向い合せの席で、その後部の席に十歳くらいの少女が座っていた。
「お主、あからさまに妾の顔を見て残念そうな顔をしたのぉ?」
少女に似つかわしくないまるで爺のような話し方。ま、まさか、伝説の・・・・
実際、一瞬美人のお姉さんかとワクワクした後の脱力感は半端なかったのだが。
「いえ、歩きどうしだったので少々疲れているだけですよ」
「安心せい、妾は既に百歳を超えとるぞ」
一体何を安心しろというのだろうか。やはり、伝説のロリババァだった。
「大丈夫ですよ。ロリにもババァにも興味ありませんから」
「意味は分からんが失礼なことを言われている気がするのぉ」
『この世界の住民は皆魔石を体内に保有し魔素を取り込むことで長寿命を実現しています。あなたにも私を通して魔素を取り込むので寿命が伸びますよ』
嬉しいような、悲しいような。
ネットもスマホもない世界で長寿命でもあまり嬉しくない。
俺のTikTokを返してくれ!
「実はこの方は私の母上様だ」
伯爵様が何故かドヤ顔で補足する。
「は、母上様でしたか」
とりあえず平身低頭してみた。
「己の立場が分かったようじゃの。無礼を許す代わりに妾の愛人になるのじゃ」
「すいません、母より年上の方とのお付き合いはするなとの母の遺言です」
「そうか、遺言なら仕方がないのじゃ」
「それで、ご両親は健在なのか?」と伯爵様カットイン。
「はい。来年は家族揃ってハワイに行くと張り切ってます」
「嘘つきじゃな」
してやったりの顔で腕を組む、ロリババァ。
親切な伯爵には嘘が吐けなかった。
その日は当然森でキャンプということになった。
夜は護衛が捕まえた兎の肉をおかずにパンという夕食だ。
パンは硬いが間に兎の肉を挟めばハンバーガーだ。
なかなか美味しい。
童謡故郷の『兎美味しい』と言う歌詞は間違ってなかった。
『いや、その歌詞が間違ってますよ』
は? う、煩い!
そして、翌日の昼頃領都サンタクラリンに到着した。
領都サンタクラリンは人口五千人程の中堅都市で周囲には外敵から身を守る壁がぐるりと周囲を取り囲んだ城郭都市だとのことだ。
壁の外側には畑が広がり長閑な田舎の様相を呈し、温暖な季節と相まってまるで旅行をしている様な気分に浸れる。
ただ、ちょくちょくお母上ことロリババァに気分を中断された。何処から来たとか、どれくらい魔法が使えるかとか、仲間は居るかとか、居ないよ、煩い! などなど色々と質問してくる。眠気が酷く当たり障りのない返事しかしなかった。
もうすぐ煩い領主のお母上ともお別れ出来ると思うとなんか嬉しい。
街を囲む第二城壁の門を潜るとその先にはまるでベネチアの様な光景が広がっていた。
運河が碁盤の目のように走り、その間を道路が走り、その隙間に多種多様な建物が混在する都市だった。
運河を沢山の船が行き交い、道路は馬車と人が行き交っている。馬車は貴族と商人の乗り物と見え一般には普及していない為少ないらしい。
遠くの丘に城が見える。イギリス風の石造りの城。周囲を城壁が囲んでいて、それに尖塔が四箇所立っているらしいが、ここからでは二本しか見えない。
そのまま馬車は城を囲む第一城壁の門を素通りし城へと向かう。
流石に領主の乗る馬車を衛兵は検閲しない。ただ敬礼し通す。
第一城壁の中は街とは趣を異にし広い庭には芝が一面に植えられていた。
城の正門の前で馬車を降り、昼食が準備してあるとのことで食堂に招かれた。
領主は上座。その左に領主のお母上様。お母上様がご鎮座ましますその前に俺が緊張の面持ちで座る。
何故か三人。普通なら美人な娘が一緒に座って仲良く談笑しながら食事しても良さそうなのに。
非常に残念だ。多分娘はいないのだろう。
可哀想だな、伯爵。
「昨日は本当に有難う、君がいなかったら私は食事することも出来なかっただろう。さ、食べてくれ」
並べられた豪華な食事に箸をつける。
いや、箸はない。ナイフとフォークだ。
何の肉か分からないステーキを切りながら食べる。旨い! これは旨い!
パンは硬いが肉は美味い。
「美味しいですね。何の肉ですか?」
会話が続かなかったので聞いてみた。
「どうじゃ、妾の愛人になれば毎日食べられるぞ」
質問には答えず、ロリババァが自分の欲求を突きつける。勘弁してくれ。
「私は肉はあまり食べんな」
伯爵は川の魚が好きなのだろう。これだけ水路があったら沢山釣れそうだし。
「どうだ美味いか?」
「ええ、美味しいですね。本当に毎日でも・・・・」
気がつくと景色が変わっていた。
どうやら寝ていたようだ。周囲を見回すとモノトーンの石造りの部屋。
お洒落だ。
前には金属の柵が。
お洒落だ。お洒落?
・・・・ん、って、ここ牢屋ぁ!!
十畳程の牢でその奥の壁に鎖で繋がれていた。右手に金属の手錠が嵌められ、それに鎖が付けられていて、その鎖が壁の金具に繋がれている。簡単に逃げ出せない仕様だ。牢の中なんだから鎖は必要ないと思うのだが大げさだ。
この牢は大部屋のようだ。普段は沢山の囚人が入っているのだろう。それを一人で使うなんて贅沢だなぁ~・・・・って、寒いわ!
なんだか寒いぞ、洞窟の中にいるみたいだ。
何がどうなった?
確か飯食ってて・・・・あ! 薬盛られた?
伯爵か? ロリババァか?
まぁ、両方だろうな。共謀共同正犯というやつだ。
そんな事を考えていると、カツンカツンと遠くの方から甲高い足音が聞こえる。
どんどん近づいてくる足音は次第にその姿を見せる。
予想通りロリ糞ババァだった。
「どうじゃ、牢の居心地は?」
「良いわけ無いでしょ。鎖だけでも外してくださいよ」
「明日隷属の首輪を付ける魔術師が来る。その時に暴れない為の鎖じゃ。我慢するのじゃ」
「いや、我慢できるわけないでしょ。隷属の首輪って俺を奴隷にでもするんですか? もちろん拒否しますよ」
「妾の奴隷になるなら美味しいものが食えるし苦労も少ないぞ」
「それももちろん拒否しますよ。結局奴隷じゃないですか」
「まぁ、よく考えることだな。奴隷として売られれば他国との戦争に駆り出され簡単に命を失うかもしれんぞ」
「もしかしてこの国って奴隷を扱う職業があるんですか?」
「普通の事じゃ。特にこのサンタクラリン領では奴隷産業は最も重要な産業じゃな。ま、諦めることじゃ」
クソババァは靴音を牢に響かせ嗤いながら帰っていった。
助けられた恩を仇で返す?
亀でもしない。
助けた人間を奴隷にするとかどれだけ悪者なんだよ。
亀でさえ助けられたら龍宮城に連れて行くのに。
亀にも劣る奴等だ。絶対に許せん。
しかし、困った。
どうやって逃げ出そう。
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