類友はカルマに従う 番外編2-②

「顔に出てますよ」

 職場内でエクトルに日本語で話し掛ける相手は一人しかいない。

 背後からの揶揄に、同じく日本語で「幸せだからね」とエクトルは素直に答える。

「羽琉さんのおかげですね」

 羽琉がフランスにきてから、フランクは羽琉への呼び方を変えた。それは「短い方が呼びやすいから」と羽琉が願ったからなのだが、しばらくエクトルからの胡乱な視線を浴びせ続けられたことは言うまでもない。

「そうハルのおかげだ。そして君のおかげでもある」

「私ですか?」

「フランクがいなければ、ハルにはきっと会えてなかっただろう」

 そもそも論にいきついたらしいエクトルに、フランクは「まぁ、そうかもしれませんね」と返すだけに留める。

「ところで羽琉さんのフランス語の方はどうですか?」

 その言葉にエクトルは満足気に微笑んだ。

「あぁ、さすが語学に長けてるだけあって呑み込みが早い。自宅でもフランス語を交えて話しているから、ハルの上達ぶりがよく実感できる」

「そうですか。無理して詰め込んでなければいいのですが」

 目を伏せて言うフランクに、そこに関しては同感だったエクトルも深い息を吐く。

 表面上はそう見えないのだが、もしかしたら内心焦っているのかもしれない。羽琉のことは常に気を配っているつもりではあるが、小さな無理の積み重ねが、後々大きな亀裂を生みそうでエクトルも気が気ではなかった。

「私はまだハルのことを気遣えてないのかもしれない。今度の休みはリフレッシュにマルシェ(市場)に連れていこうと思ってる」

 フランクが「ポール=ボキューズですか」とリヨンの中央市場の名を挙げる。

「そう。あそこはパンやスイーツ、ワインも美味しいし、ハルも気に入ってくれると思う」

「そうですね。思う存分楽しませてあげて下さい」

「だがその前に……今日だな」

 そう言ってエクトルは思案顔を作った。

 時期は少しずれているが、ミュゲ(スズラン)の花束の予約は入れてある。あとは何を贈るかが問題だ。

「もしかして、まだ決めてないんですか?」

 呆れたように言い放つフランクに、エクトルも眉根を寄せる。

「仕方ないだろう。ハルのことを考えるとどうにも一つに絞れなくなるんだ。全て贈ってもいいが、ハルはきっと好まないだろう?」

 即答で「当たり前です」とフランクが返す。

「羽琉さんが何を望んでいるかは分かりませんが、必要ないものを贈られても迷惑なだけです」

 言い切るフランクにエクトルは溜息を零した。

「まぁ、もう少し悩んでみるさ」

「……羽琉さんは何を贈られても喜ぶと思いますが?」

 それはエクトルも分かっていることだが、それでも羽琉が一番喜ぶものを贈りたいと思うのが恋人としての心情だ。

「仕事が疎かにならない程度に悩んで下さい」

 肩を竦めたフランクは、エクトルのデスクに持っていた資料の冊子を数冊置くと、エクトルに向かって一礼し、そのまま部屋を出て行った。

 フランクを目だけで送ったエクトルは、デスクに頬杖をついて溜息を吐く。

「ハル……羽、琉……」

 その名を口にするだけで、こんなにも胸が熱くなる。

 自分の恋人となっても羽琉はいつでもエクトルに新鮮な気持ちを教えてくれていた。羽琉が自分に向けて微笑んでくれるだけでエクトルは幸せになれた。

 羽琉も同じ気持ちを感じてくれていたら嬉しいのだが――。

「……」

 つらつらと考え込んでいたエクトルはふと思い立ち、とあるところに電話を入れた。そして電話を切ったエクトルはまだ思案気に眉根を寄せながら、一つ深呼吸をして仕事を再開させた。

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