類友はカルマに従う 番外編1-②

 家に着くと何故か友莉が玄関で待っていた。手には何か布製のトートバックを持っている。友莉は羽琉に気付くと「羽琉くん」と手を振った。

「友莉さん? え、どうしたんですか?」

「フランクに言われて私も来たの。取り敢えず家に入りましょう」

 友莉に急かされるように鍵を開けて家に入った羽琉は、事情を知ってそうな友莉に「何かあったんですか?」と心配気に訊ねた。

 少し言いづらそうに眉根を寄せた友莉だったが、小さく息を吐くと「エクトルが会社で倒れたって連絡がきたわ」と教えてくれた。

「え……なん、で……」

 途端に不安そうに表情を崩す羽琉の肩を、友莉がポンポンと撫でる。

「全く心配はいらないわ。病院にも連れて行って問題ないって診断を受けてるから。ただ家で安静にするようにってことらしいから、連れて帰るってフランクから連絡があったの。サラさんが休みだって聞いてたから、私にも来て欲しいって」

 フランクが友莉に連絡をとったのは、羽琉一人では対処が難しいと思ってのことだろう。

 羽琉も友莉がいてくれたことでそこまで動揺せずにすんだので、それは有難かった。

 だが今日は平日。友莉も当然仕事だったはずだ。

 羽琉は申し訳なさに表情を曇らせた。

「あ、でも、すみません。仕事……」

「私の方は全然大丈夫よ。クライアントからの仕事が一段落ついたところだったし、丁度午後から休暇を取ろうと思ってたの。それに弱ってるエクトルが見られるなんて滅多にないからね」

 羽琉を落ち込ませないための冗談だと思ったが、友莉の反応を見るとどうも本気でエクトルの衰弱ぶりを楽しんでいるようだ。

「ねぇ。キッチン使ってもいい?」

「え、あ、はい」

「まぁ食べないと思うけど、一応軽いもの作っておくわね」

 そう言って持っていたトートバッグから、家から持ってきたのか食材や果物、調味料などを取り出す。

 友莉の気遣いに羽琉は「すみません」と謝る。

「こういう時は『ありがとうございます』よ」

 謝ってばかりの羽琉の額をちょんと小突き、友莉が苦笑した。

「……ありがとうございます」

 にこっと微笑んだ友莉は冷蔵庫の中を確認し、しばし考え込んでから調理にとりかかった。

 友莉が料理を作っている間にエクトルの着替えを用意しようと思った羽琉は、まだ一回も入室したことのないエクトルの部屋に向かった。

 エクトルから部屋に入るなとは言われていない。逆に「いつでもウェルカムです」とにこやかに自室のスペアキーを渡されたことを思い出す。

 部屋の前で少し躊躇った後、「失礼します」と何故か断りの言葉を言いながら開錠し羽琉はドアを開けた。

「……」

 エクトルさんの匂いがする。

 最初に思ったのはそれだった。次いで部屋の綺麗さが目に映る。

 エクトルは部屋の掃除をサラに任せてはいない。

 信用している、してないの問題ではなく、エクトル自身の性格故だ。それに会社での仕事を家に持って帰ってくることもあるため、掃除によって書類の位置関係や自分の居心地の良い空間を変化させたくないというこだわりも持っていた。

 羽琉はクローゼットからよく目にしているエクトルの部屋着を一式取り出し、ソファーの上に置く。

 後は何をすればいいか部屋をキョロキョロしながら思案していると、視界の端に日本語の辞書が数冊目に入った。その隣にはたくさんのレポート用紙のような紙が束ねられている。

 近寄った羽琉はその紙を手に取った。

 ほとんどがフランス語の殴り書きだ。文字の列も統一されておらず、まだフランス語を見慣れていない羽琉からすると一見、落書きのようにも見える。だが2枚目の紙を見て、羽琉は瞠目した。

「これ、日本の……童話だ」

 仕事の合間に日本語の読み書きの練習をしているのだろうか。束ねられた紙は全てが日本語かフランス語で、ページ数が書かれているものもあった。数冊ある辞書にも付箋やしおりがところどころに挟まれている。

 エクトルはもう日本語を勉強する必要はない。ほぼ完璧に日本語での会話を羽琉と成立させているからだ。生活する上で何ら支障はない。

「どうして……」

 そう問いかけたが、その理由を羽琉は知っていた。

「……」

 いつだってエクトルの愛情は羽琉の胸を苦しめる。

 でも嫌じゃない。胸が痛くて切なくて、それでも羽琉の中にあるエクトルへの愛情は薄れるどころかどんどん大きく膨らんでいく。

 自分のためにまだ努力してくれていることが分かるから。

 だから羽琉も頑張りたいと思う。エクトルの愛情に素直に応えることはまだできないが、今の自分が出来る精一杯で返したいと思う。

 そう思うことがエクトルへの相当な愛情返しになっていることとは露知らず、羽琉はその思いを強くした。

 

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