第2話 ただ、あなたを待つ


「よーしっ! 電源入れるぞ!」


 メインメカニックである鶴見風早がメカニック部員に呼びかけた。輸送艦から格納庫に移動させた〔トムキャット〕は、薄汚れた格納庫とは正反対に輝いていた。

〔トムキャット〕のコクピット下のカバーを開き、電源供給ケーブルを繋ぐ。格納庫内でエンジンを点けるわけにはいかないので、電子機器だけを起動させるためだ。

 そんな格納庫内の様子をシャッターの柱にもたれて長戸は見つめた。金属のぶつかる音、油の匂い、部員の喧騒。何もかもが懐かしく、どこか寂しい。


「ナガト」


 何やらファイルの束を持ってアーガスが輸送艦から戻ってきた。


「手伝おうか?」

「ありがとう。じゃあ、半分持ってくれる?」

「ん、了解」


 アーガスが持っていたファイルの半分を受け取った。思いのほか重く、体が少しよろめいた。


「どこに運ぶんだ?」

「えーと、この部活の顧問の部屋なんだけど……どこだっけ?」


 今日ここに来たばかりのアーガスが顧問の教員室を知っているわけがなかった。


「香取先生のとこか。俺についてきて」

「ごめんね、任せるわ」


 長戸は頷き返し、格納庫に背を向けて歩き出した。その背中をアーガスが追いかける。

 そんな二人を志乃は格納庫の中から寂しそうに見つめていた。


「そういやこれ、何のファイルなんだ?」

「〔トムキャット〕の納品書とか、取説とか」


 (2065年になっても紙かよ)

 アーガスは長戸の横顔を見て笑った。


「なんだよ、突然ニヤニヤと」

「ナガトは今、未だに紙とかめんどくせぇ、と思ってるんだろうなぁと思って」


 図星を突かれた長戸は何にも反論ができずに、ただ恥ずかしさを紛らわすために歩く速さを速めた。


「あー、合ってたんでしょう? 照れ屋さんね」

「そういうお前こそ、俺の前では普通に喋るじゃないか。なんでだ?」


 アーガスは小走りで長戸の隣に追いつき、答えた。


「特に意味はないよ。ナガトの前で演技をしてもバレちゃうだろうし」


 声の明るさとは対照的に、アーガスの顔を暗かった。詮索はしなかった。ただ、彼女にも事情はあるのだろう、と片付けた。


「ここだ」


 顧問である香取榛奈かとりはるなは航空力学の教師だ。そのため教員室は航空工学科棟にある。夕暮れの廊下には長戸とアーガス以外の人影はない。

 長戸が教員室の扉をノックする。


「どうぞー」


 気だるげな返事が聞こえた。引き戸を開け、部屋に入った。


「ん? おー鈴谷。どしたどした」


 しわしわの白衣の姿の女性が電子タバコを咥えて、部屋のソファーで胡坐をかいていた。膝下まであろうかという髪は手入れが行き届いていないのか、ボサボサだ。くたくたの眼鏡も相まってだらしない。

(この人、磨けば光るだろうに)


「先生、いい加減この部屋で電子タバコ吸うのやめませんか?」

「なんだ、これは体に害はないぞ」


 榛奈が吸っている電子タバコは、タバコという名前がついているが体に害は一切なく、ただ味のついた煙が出るだけである。甘い物や酸っぱい物、辛い物なんかもある。


「この部屋がめちゃくちゃ甘ったるい匂いで満たされてるの気が付きません?」

「ふむ。確かに甘ったるいな。だが私はこれがいいのだよ」


 そう良いながらもう一本口に咥えて、ふかし始めた。実に男らしい。あのタバコの味は練乳キャラメルらしい。長戸は名前を聞くだけで胸焼けがしてくる。


「それで、どうした。今日は呼んでいないはずだが」


 たまに榛奈から呼び出されて、長戸は彼女の研究の手伝いをしている。部活を辞める時に、どうせ他にすることも無いだろうと言われ、断ることも出来なかった。次世代航空機の研究は長戸にとっても面白かったから、結果的にOKなのである。


「そうでした。本題はこれです」


 乱雑に書類が散らばった机を軽く片付けて、持ってきたファイルを置く。まだ廊下にいたアーガスを招き入れる。


「おぉ、アーガス。久しぶりだな」

「はい、お久しぶりです。先輩」

「ん?」


 てっきり初対面だと長戸は思っていたのだが、二人の感じからしてそうではないらしい。


「え、知り合い?」

「うん、私の大学の先輩」

「ほへぇ……」


 専門分野であるから、こういうことは別に珍しくはない。世界は狭いという奴だ。業界は狭い。

 榛奈は長戸とアーガスを応接用の机に座らせた。


「私の四つ下の後輩だな」

「アーガスって今何歳?」

「22よ」

「??? 先生留年したんですか?」

「ちがうぞ。院に行っただけだ。そこからこの学校に来た。あ、だから私は教員免許だってを持ってないぞ」

「あ、そうだったんですか」


 これもまた高専では珍しくもない。なんなら大半の先生は教員免許を持っていなかったりする。


「先輩、とりあえずこれに目を通して、受け取りのサインを頂けますか?」

「そうか今日だったな。鈴谷、もう新機体は見たのか?」

「えぇ、まぁ一応」

「どうだった?」


 榛奈はキラキラした顔で長戸に問い掛けた。多分、自分も気になってはいるのだろう。少年のような瞳だ。


「……綺麗な、機体でした」

「なるほど。それはいい」


 榛奈はファイルに目を落とし、内容に目を通し始めた。

しばらく時間がかかりそうだと思った長戸は、左奥の棚からお茶セットを取り出し、3人分の湯飲みをお盆の上に並べた。ウォーターサーバーからお湯を注ぎ、お茶を入れる。適当に榛奈の私物入れから茶菓子を出し、アーガスと榛奈が座る席の前の机に置いた。


「どうぞ」

「いつもすまんな」

「ありがとう、ナガト」


 榛奈は息で冷ましながら一口含む。その間もファイルからは目を離さない。よっぽど面白いのだろうか。

 そして茶菓子のどら焼きを手に取り、咀嚼する。


「ん? このどら焼き随分と美味いな」

「そりゃ、先生のお気に入りの和菓子屋のやつですし」

「ほーん。おい、ちょっと待て。これは私が大事にとっておいた物のじゃないのか」

「いや、他になかったんで。あと、先生は糖分を摂取しすぎです」


 榛奈は残念そうな顔を浮かべたが、そんなことは気にせずにアーガスにどら焼きを渡し、自分も口にした。


「むぅ……」

「あ、ほんと美味しい」


 アーガスは初めて食べるどら焼きに舌鼓を打った。榛奈は仕方がないと諦めるように、ため息をつく。湯飲みから一口お茶を飲んで口を開いた。


「この機体、確かに素晴らしい機体だが……こんな機体を衣笠が操れるのか?」

「さぁ、どうでしょう。最悪、出力を落すか、ある程度のオート化を図るしかないのでは?」


 榛奈は腕を組み、「どうしたものかなぁ……」と小さく言った。


「パイロットが君であれば、この機体の全力を引き出せたであろうになぁ」


 その一言は長戸とって最も心苦しい物だった。こんなにも評価してくれているのに、自分の私情でそれを裏切っている。


「ちょっと、待ってください先輩」

「おう、どうした」


 どら焼きを飲み込んだアーガスが困惑気味に声をあげた。


「このチームのパイロットはナガトではないのですか?」


 その言葉に長戸はビクッと肩を震わせた。そして、目線を床に向け、瞼を閉じた。


「あぁ。衣笠和馬だ」


 長戸のことを思ってか思わずか、榛奈はきっぱりと答えた。アーガスは当然、驚いていた。長戸は何も言わず、口を閉ざした。


「………どうして」


 その呟きは怒りにも似ていた。そして、哀れみと呆れ。長戸には冷たく、鋭利に刺さった。


「どうしてと言われてもな。彼は2年前から既にこの部活のメンバーではないからだ」

「……え? ナガト、どこか体を悪くしたの?」


 アーガスのその言葉はきっと純粋な心配であったのだろう。けれど、長戸にとっては答えにくものなのだ。辞めた理由は極々個人的な物であり、それは他人には理解し難い物であるのだから。


「きっと……アーガスも理解はできないんだよ……。これは俺の個人的な理由だから。それには何の理屈もないし、ただの逃げなんだよ」


 長戸は震える手を握りしめ、くすんだ白い床を見つめた。


「どういう、ことですか?」


 アーガスは長戸の言葉の意味が理解できていなかった。日本語が分からないのではない。長戸の真意を探れずにいるだけだ。


「飛行機を見ると、思い出すんだ。あき姉のこと。いつも楽しそうに俺に話をしてくれた。もっとも、俺はその話の半分も理解はできてなかったけど。その横顔が眩しくて、羨ましくて………飛行機を見るとそんなあき姉が頭に浮かんで、俺は……体が動かなくなる」


 人は大切なものを失ってから気付くとはよく言ったものだ。本当に失ってから大切だったと気付いたのだから。それまでに気付くことが出来なかった自分が恨めしい。


「あき姉と最後に話をしたのは四年前。あき姉がアメリカに行く日。内容も忘れてしまったけど、悲しそうな顔をしていたのは覚えてる。その日から墜落事故の日まで、俺はあき姉に連絡もしなかった。くだらない意地を張っていたんだ」


 榛奈は黙って新しい電子タバコに火をつけた。部屋の中に甘い香りが漂う。


「後悔したよ。本当に後悔したんだ……もっといっぱい話をしたかった。もっと……もっといっぱい………話を、聞かせて……欲しかった………」


 だんだんと言葉に嗚咽が混じった。目じりには涙が浮かび、視界は滲み始める。


「ごめんなさい……今日はあなたに辛い思いをさせてしまったわね……」


 アーガスは天井を見上げて呟いた。痛いほどに長戸の心が伝わったからだ。


「無理をしなくてもいい。あなたが辛いなら、私からあなたにあの機体に乗ってくれと頼んだりしないわ」


 傾いた夕日が部屋の中をオレンジ色に染め上げていく。部活に勤しむ学生の歓声だけが響いていた。

 コンコンとノック。普段なら榛奈が「どうぞ」と言って室内に招くのだが、今日は榛奈がドアまで歩いた。長戸への考慮だ。


「おう、どうした初桜」

「珍しいですね、先生が出てくるなんて」

「悪いが今は生徒を中に入れれんのでな。あれだ、テストも原本を置いてあるんだ」


 志乃は大いに納得したように頷いた。


「アーガスさんはいますか? ちょっと見てもらいたいことがあるんですが」

「あぁいるとも。アーガス、お呼びだぞ」


 お茶を飲み干して、アーガスは小走りで部屋を出ていった。


「お待たせしまシター。何が分からないのですカー?」


 先ほどまでとは違い、元気に志乃と共に去っていった。二人を見送った榛奈はため息をついて長戸の目の前の席に腰を下ろした。


「あいつも陽気な外国人を演じるのは大変だな」


 榛奈はもう一本新しくタバコを取り出した。


「けれど君の前では自分を晒している。随分と気に入られているじゃないか」


 長戸は答えない。赤く腫れた目元を拭った。


「私からは何も言わんよ。もう一度飛べとも、もう飛ばなくてもいいともな。それは自分で決めるがいい」


 その言葉は当然のことだ。けれども、少しだけ冷たい。どこか突き放すようだった。


「だがな。迷うことがあったなら。私の言葉に従ってくれ。私が、君にとって最善の道へ導いてやる」


 長戸が驚きの視線を向ける。榛奈はそれに対して、ニッと笑って見せた。


「それが教師の役目だ」


 鈴谷長戸は香取榛奈の駄目な所を知っている。片付けができない、身なりを正せない、ちゃんとした食事を採らない、などの多くを。そしてまた、素晴らしい所も知っている。教え子の為にと動ける人だと。教え子に寄り添ってあげられる人だと。


「……なんだかんだで、俺は信用してるんですから」


 息継ぎの様に短く、小さく呟いた。


「ん? 何か言ったか?」

「なんでもありません」


 榛奈は首を傾げたが、長戸がそれ以上何も言わなかったので話を切り上げた。


「そうだ、今から機体を見に行かないか? 君はもう見たかもしれんが、私はまだ見てないんだよ」

「そりゃ、構いませんけど……」

「ならば決まりだ」


 タバコを灰皿に擦り付け、立ち上がった榛奈は楽しそうに部屋を出ていった。長戸もその後を追った。


◆◇◆


 〔トムキャット〕のコクピットに光りが灯る。メインディスプレイに「起動準備中」と表示された。

 唐突に画面が暗転、それから数十秒の沈黙。そして表示されたのは「起動失敗」。「起動準備未了」と点滅表示された。


「おかしいです……何度やっても起動できません」

「電源は……きてるよねぇ」


 コクピット横に立てたキャットウォーク上で志乃と卯月が唸っていた。何度繰り返してもメインシステムが起動できないのだ。メインシステムには機体の状態を逐一表示するAIが組み込まれていて、これの起動が確認できなければ大会に参加することはできない。

これはレッドフラッグのレギュレーションの「ダメージ判定AIの搭載義務」に反してしまうからだ。


「アーガスさん呼んでくる?」

「私に出来ることは全てやりましたから……そうですね。私、呼んできますね。香取先生のところに行ったんでしたよね?」

「うん。長戸君に案内されてったよぉ」


 志乃はスカートを軽く払って小走りで榛奈の教員室へ向かった。


「やっぱり起動できなかったか?」


 作業着をまとった風早が、卯月に缶コーヒーを差し出して隣に座った。


「うん。まったく、困った新型だよ」


 卯月は卯月でため息を吐いて、缶コーヒーのプルタブを開けた。そして一気に飲み干す。


「これを作った誰かは、誰のためにこれを作ったのかな」

「どういう意味だ?」

「起動出来ないんじゃなくて、起動されるのを拒んでいるように見えたの」


 卯月は機体に触れながらそう言った。SFの見過ぎだ、と言われてしまえば否定はできない。だが実際に機体は起動しなかった。何かが欠けているのだろう。


「こいつが、意思を思ってるっていうのか?」

「私はそう思う」


 風早は馬鹿馬鹿しいとでも言いたげな顔をしたが、卯月の真剣な顔を見て「ないとも言い切れないか………」と言った。

 ちょうどその時、アーガスを連れた志乃が戻ってきた。


「おかしいですネ。向こうでの最終確認では確かに起動したのデース……」


 キャットウォークに上り、コクピットとコードで繋がったパソコンのキーボードで「Start-Up」と入力をする。これが起動コードだ。

 先ほどを同じように「起動準備中」と表示された。また同じように「起動失敗」、「起動準備未了」と表示された。


「ど、どうしてなのデース……」


 アーガスすらも志乃たちと同じように頭を抱えた。それから何度も同じ工程を繰り返すが、答えは変わらなかった。


「このメインシステムをプログラムした方とは連絡は取れないのですか?」


 志乃は最終手段と思って問うたが、アーガスは首を横に振った。


「これを作った人はもうこの世には……いません」


 アーガスは悔しそうに拳を握りしめ、何度か床に叩きつけた。

格納庫が暗い空気に包まれていく。

 そんな中に何も知らない榛奈と長戸がやってきた。


「ほう……こいつが新機体か。うむ、実にかっこいいじゃないか。なぁ、鈴谷」

「はい、やっぱりF-14は最強ですね」

「ん? どうした、みんな。暗い顔をして」


 鈍感で鈍いことに定評のある流石の榛奈でも、この暗い格納庫の雰囲気には気が付いた。


「ふむ……何か問題が起きたようだな。一体何があった?」


 榛奈はのほほんとした雰囲気から一変し、真面目モードに入った。アーガスが座りこむ、キャットウォークに上り、隣にしゃがみ込む。


「先輩……」

「どうした?」

「起動しないんです。何度も試したんですけど……」

「なるほど……」


 アーガスは榛奈に見せるように起動コードを打ち込み、もう一度起動を試みる。予想通り起動はしなかった。


「これは……どうしたものか……」


 榛奈は顎に手を当てて考える。

 そんな様子を長戸は格納庫の入り口から眺めていた。これ以上中には入りたくなかった。


「秋乃め……とんでもない物を残してくれたな」


 榛奈は言葉とは真逆に、そう言った顔は笑顔になっていた。自分の後輩の成長を喜び、そして誇らしく思っているようだ。


「これ……秋乃姉さんが作ったんですか……?」


 驚きと歓喜の混じったような声だった。


「はい、隠していたつもりはないのデスヨ」


 志乃は実の姉の功績の塊の機体にそっと手を添えた。


「まだあったんですね。姉さんの生きた証」


 冷たい装甲が志乃の手を冷やし、心を温めていく。

 長戸も機体に歩み寄り、手を伸ばした。


「触るなっ‼」


 格納庫に声が反響した。

伸ばしていた手を戻し、振り返るとそこには作業服を着た衣笠和馬が立っていた。


「和馬……」

「鈴谷、お前はもうこの部のメンバーではない。高価な機体に触られて壊されたらたまらん」


 その言葉には目に見えての悪意が宿っていた。だが、分かっていても長戸は従うしかない。


「悪い。もう俺は帰るから」


 制服のポケットに手を突っ込み、俯いて長戸は立ち去ろうと歩き出す。


「長戸……」


 志乃がその背中を心苦しそうに見つめた。


「初桜、こいつは起動したのか?」


 和馬はキャットウォークに上り、コクピットを覗き込みながら言った。


「いえ……」

「乗ってみてもいいか?」

「それはもちろん構いませんが」


 和馬はその言葉を聞いて嬉しそうにコクピットシートに座りこんだ。


「おぉ……すげぇ」


 少年のように輝く瞳で声を漏らす。操縦桿を握り、機体の感覚に浸る。

 そんな時だった。機体のメインディスプレイに光が灯ったのだ。

そして、黒い画面に白い文字でこう表示された。


『I'm Nα+. I ask. Are you my Lord?(私はナプラス。問おう。あなたが我が主様か?)』


 その場にいた全員が顔を見合わせた。


Nα+ナプラスって?」


 卯月が首を傾げながら聞いた。


「この機体のAIデス。理由は分かりませんが、向こうから接触を図ってきたみたいデスネ」

「とりあえず、返事を打ってみる」


和馬はコクピット内の右側に収納されていたキーボードを取り出し、「Yes」とタイピング。


『Place your right hand on the front display.(正面ディスプレイに右手を乗せて下さい。)』


 指示通りに右手を正面ディスプレイに当てた。すると、ディスプレイ上部から緑色のラインがゆっくりと降りてきた。それはコピー機のようだった。


『You lied. You are not my Lord.(あなたは嘘をついた。あなたは我が主様ではない。)』

「なっ⁉ 何を言ってるんだ……」


 それは機体が和馬を拒絶したということに他ならない。和馬の顔には目に見ての苛立ちがあった。「Who is your Lord?」と強くキーボードを打つ。

 Nα+からの返事はない。


「じゃあ……誰がお前の主なんだよっ! 答えろ、Nα+‼」


 和馬がディスプレイを叩いた。

そのディスプレイには静かに、こう綴られていた。


『My Lord is Suzutani Nagato, the only one.(我が主は鈴谷長戸、ただ一人。)』


 その英文を見た和馬は拳を握りしめ、顔をしかめて震えていた。蹲って、小さく、こう呟いた。


「また……あいつなのかよ………くそっ」

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