第5話
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疲れた⋯⋯。
放課後の教室で机に突っ伏したまま、オレは半分寝ぼけた頭を両腕に乗せて
結局、あの後、誤解をとく暇も無く、レッドと一緒に七つも現場を廻って侵入者を撃退してまわった。
侵入者の連中。
コンプライアンスってものが分かってないのか。
あいつら本気で殴りかかってくるんだ。
おかげでオレは全身汗まみれの泥まみれで、切り傷、すり傷、打撲傷と生傷のオンパレードにされた。
もうスンゲエ肉体労働。
物心ついた頃から
「パニやん。なに、
オレを『パニやん』呼ばわりする、この
「そのパニやんってのやめろよ」
「なんでやパニやん」
「オレの名前のどこに、パニなんてけったいな発音が含まれてんだ?」
「はっはっは~、分かってないにゃ~パニやん。このあだ名は、主に、お主の形態を表した、あだ名なのじゃ」
「はぁ?」
「主として、頭かにゃ~」
「オレの頭がパニクってるって?」
「イエス。特に頭髪が」
ムカッとしたぞ。
オレの髪質は、なんというかヒドい癖毛だ。
剛毛で、ごわごわしてて四方八方に跳ねまくってる。
そのうえ雨でも降ろうもんなら湿気で一気に爆発する。
一時期に長髪にしてた事があるんだが、そんな時に大伯母さんに、
『あんたの頭サイババみたいよ』
って言われた。
サイババが何か知らないオレは、ダチの携帯で調べてもらい
そこに写ってるニヤけた男の髪型と、オレの爆発ヘアーは全く同じだったからだ。
サイババの火力は
その瞬間から、オレのあだ名はサイババになった。
否も応もない。
子供って残酷だよな。
このやっかいで強情な癖毛に対する、オレの対策は一つしかない。
常に短く刈り込む事だ。
ストパーを掛けても無駄だ。
なぜなら三日で元に戻ってしまうからだ。
「人のコンプレックスを笑いのネタにするんじゃねえよ」
「なにを、そんなにぐったりしとるん?」
「んぁ!? バイトだよ、バイト」
オレは頭の向きを変えながら不機嫌に答えた。
「なんや、新しい仕事めっかったん。良かったやん。わいも弁当を奪われずに済む」
「テメエからはニンジンとピーマンしかもらってねえよ」
「
ズビシッ
と、側頭部を
痛い。
このチョップの鋭さと重さは~⋯⋯、
「宇都宮~」
「あんた、また委員会サボったでしょう」
「良いだろう、別に。オレが居なくたって議題は進むんだし」
「そーゆー問題じゃないでしょ。あなたもクラスの代表なんだから。少しは真面目に文化祭の演目を⋯⋯、ってなによ」
机に突っ伏したまま、横目に見上げる視線に気づい宇都宮が、怪訝な顔つきでオレを見おろした。
巨乳だ。
このアングルからだと、宇都宮の巨乳っぷりが本当によく解る。
「馬~場~、あ、ん、た、ね~」
本気のチョップが打ち下ろされた。
「いてえな」
オレは頭を撫でながら言った。
側頭部を強打するのは良くないんだぞ。
「人が真面目な話をしてるんだから、少しは真面目な態度で聞きなさいよ」
「真面目な話をしてんなら、人を馬場呼ばわりすんなっての」
あ、ちなみに馬場ってのも、オレのあだ名ね。
サイババ騒動が落ち着いた辺りから、誰からともなくオレを馬場呼ばわりし始めた。
宇都宮も、その一人だ。
宇都宮つむぎ。
我がクラスの委員長で、生徒会役員。
成績優秀、運動神経も抜群な上に、美人で巨乳で美乳でもある。
「え? じゃあ何て呼ぶのよ」
「本名で良いだろう」
「本名って、いまさら上の名前で呼ぶの。――なんだか他人行儀すぎない」
頬に手をやりながら宇都宮が困ったようにつぶやいた。
「べつに下の名前で呼んだっていいだろ。ガキの頃は呼び捨てにしてたんだからよ」
「呼び捨てって⋯⋯」
なに決まり悪そうな顔してんだよ?
変なヤツ。
「パニやんでええやん」
それまで黙ってオレ達のやり取りに耳を傾けてた高瀬が、急にバカを言い出した。
まったく、こいつは。
「なんでパニやん?」
「頭髪がパニクってるやろ」
「ああ~、それで」
「やめろ。定着させるな」
オレはイスに座ったまま伸びをし、脱力してうなだれた。
「ぁ~、腹減った~」
「あんた。また、お昼を抜いたの?」
「しょーがねーだろ。バイト代が入ってなんだから。食い扶持は自分で稼げってのが、ウチの家訓なんだしよ」
「だから言ってるじゃない。あたしがお弁当作って来てあげるって」
「それは遠慮する」
「なんで? 人が好意でいってあげてるのに」
「お前の好意には、絶対に裏がある。あとでとんでもない見返りを要求されるのがオチだ」
「まだ、あの事を根に持ってるの!?」
「忘れるものか、あの十二の夏の屈辱を」
「な~、な~」
「なんだよ」
「なに」
オレと宇都宮が一斉に振り向いたせいか、高瀬ちょっぴり引き気味に訊いた。
「十二の夏になにがあったん?」
それまで
こいつ絶対悪いことを考えてる。
「それは言えん」
「絶対にダメ」
「なんでや、ええやんか」
「これだけは絶対に駄目だ」
「ごめんね高瀬くん。これだけは言えないの」
「ちぇっ。夫婦の秘密かいな」
「だれが夫婦だ」
「そ、そうよ。だれとだれが夫婦なのよ」
オレと宇都宮は、いわゆる幼なじみってヤツだ。
オレが祖父ちゃんの道場で武道の稽古を始めた頃には、そばにいつも宇都宮がいた記憶がある。
どこに行くにも連んでたし、なんなら取っ組み合いの喧嘩だってしたことがある。
女相手に喧嘩するなって?
仕方ねえだろ。
オレは五歳になるまで、宇都宮が女だって知らなかったんだからさ。
それに言わせてもらうなら、喧嘩して泣かされてたのはオレの方なんだぞ。
ガキの頃は宇都宮の方がガタイも良かったし、武道の腕前もあいつの方が上だったんだ。
頭が良いから物覚えも良くって、オレより先に技を覚えちまうんだ。
天は二物を授けずなんていうけで、ありゃウソだね。
二物も三物も授かったヤツはいる。
目の前にいる宇都宮が、その見本だよ。
「ちょっと、どこへ行くのよ」
「バイトだよ、バイト。アルバイト」
腹も減ってるし、社員食堂でなんか食わせてもらおう。
「次の金曜日は委員会なんだからね。サボったら承知しないんだから」
「ハイハイ」
オレは後ろ手に手を振って教室を出た。
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