第4話


 ♠



たおせたぞ」


 なんだか感心したような口振りでターバンが指差した先で、砂の城が波に浚われて崩れて行くように、ゴーレムが足元から音を立てて元のつちくれに戻っていた。

「無茶な真似をしやがる」

 差し出された手を握り替えしながらオレは言った。

「そうでもねえよ」

「死ぬ所だぞ?」

「死にゃしねえよ、この程度の事で」

 ターバンにそう返しつつ、オレは半分に折れたナイフを金髪貧乳の喉元に突きつけた。


「お前等の負けだ」

 月並みなセリフだけど、ナイフを向ける事で悪役っぽさが強調されていい感じだ。

 我ながら良い仕事してる。

「くっ⋯⋯、好きにしろ」

 好きにしろって言われてもな~。

 エロいマンガに登場するエッチいオークじゃあるまいし、なにをどう好きにするってんだ?

「おら、とっととコイツ等を連れて出てけよ」

 意識を取り戻した鎧騎士とパチモンガンダルフを指さして、オレは憎々しげに言った。

 う~ん、いよいよ悪役っぽい。

「覚えてろ。いつか必ず殺してやるからな」

 なりきってんね~。

 いいぞ、いいぞ、なんか楽しくなって来た。

「負け犬の遠吠えってやつだな。尻尾を巻いて失せるがいい」

 五人組の姿が見えなくなるまで、オレは笑い続けた。

 あ~、気持ちがいい。

「オマエ、なに考えてる」

 オレの後ろで腕を組んでつっ立ってるターバンが呆れたように肩を竦めた。


 えっ!?


 なんかマズったか、

 ボーナスポイントでも取り損ねた。

 も~、面接官のお姉さん、もっときちんとレクチャーしてよ。

「まあ良いか。おれはレッド」

 そう言ってターバンが改めて手を差し出した。

「オレは、新入りのアルバイト―― で」



 って、なんだ。



 レッドと名乗った男が怪訝な眼をオレに向けてる。

「こんな場所で真名まなを口にするなんて、オマエ本気か?」

「ん? なにが」

 ターバンを解く手を止めて、レッドが困ったように首を振った。

「オマエもダンジョンキーパーなら。もっと用心しろよ」

 ダンジョンキーパー!?

 真名!?

 知らない単語が続いて出た。

 ダンジョンキーパーってのは、多分この仕事の事だよな。

 ダンジョンキーパーね。

 ダンジョン。

 ダンジョン。



 そーだよダンジョン!!



 屋根のある地下空間に広がる森。

 まさしくダンジョン!!

 そうか。

 そーか、そーか。

 オレはダンジョンの魔物なのか。

 なんだよ。

 速く言ってくれよ。

 それなら、もっとそれらしく振る舞ったのに。

「どうした?」

 オレの様子を眺めてたレッドが不審そうな眼を向けてる。


「いや、なに、ちょっとした謎が解けただけ⋯⋯、だ」

 ターバンを解き、気持ちよさそうにて頭を振ったレッドを見て、オレは思わず言葉を切った。

 灰色の長い髪、先端の尖った長い耳、それに真っ赤な瞳と、中性的な美貌。

 こいつ、あれだ。

 エルフだ。

 肌の色が褐色かっしょくだからダークエルフだ。

 RPGの悪役の大本命じゃない。



「なんだ!?」



「いや、ダークエルフだったのか」

「ダーク!?」

 なにが気にくわないのか、レッドが語気を強めてオレを睨んだ。

「いやエルフか」

「そーゆーオマエはなんだ。アル・ヴァイト」

 なんかアクセントが変じゃね?

 こいつ、もしかしてアルバイトを名前と間違えてるのか?

 なんだそりゃ。


「いやアルバイトってのはな――」


「オマエの真名は分かったから。――そうそう真名を口にするもんしゃない。どこに耳が見るか分からないだろ。不用意なヤツだな」

「いや、だからな――」

「おれも色々と見て来てるけど、オマエみたいなのは初めて見る」

 そりゃ、そーでしょうよ。

 お前はエルフで、さっきの金髪貧乳も多分エルフで、ファンタジー界の超メジャーどころで羨ましいね。

 オレはなに?

 怪奇サメ男か。

 海岸近くならまだしも、なんだってダンジョンの森の奥でサメなんだよ!!

 場違いもいいとこだろ。


「あ~、もう、めんどくさいな~」


 オレはサメのマスクを脱いで見せた。

 途端。

 レッドが息を飲んだ。

「オマエ。スキンチェンジャーだったのか!?」

 スキンチェンジャー?

 スキンチェンジャーってなに!?

「ハァ?」

「そうか。自分でも知らないんだな」

「知らないってなにを?」

「いにしえに滅び去った、幻の一族の生き残りに出くわすなんて」

 なんか知らないけど、感動してる。

「オマエはスキンチェンジャーだ、アル・ヴァイト」

「はぁ!?」

 何を言ってんだ、こいつ。

「そのスキンチェンジャーってのは、なに?」

「スキンチェンジャーは大昔に滅びた変身能力者のことだ。オマエの種族だよキラーバイト」

「キラーバイト?」

「そう。キラーバイト」

「キラーバイトって、なに?」

「ここでの通り名さ」

「通り名? 通り名ってなに」

「こんな危険な場所で、頻繁に真名を名乗る訳にはいかないだろ。だから、ここでは通り名が必要なんだよ」

 何個もピアスを開けてる、長い耳をいじくりながらレッドが言った。

「つまり、お前のレッドって名も通り名ってことか?」

「その通り。スキンチェンジャーってのは勘もいいんだな」

 いや、分からない訳ないだろう。

 って、

「だからスキンチェンジャーじゃ⋯⋯」

 人が話してる最中に耳に手をやって急に黙りこくりやがった。

「分かった、急いでそっちに向かう」

「行くぞキラーバイト」

「行くってどこに?」

「次の現場さ」

「次の現場って、まだ他にもあるのかよ」

「あたりまえだ」

 当たり前って、そんなの聞いてないぞ。

 レッドに手を引かれて、オレは次の現場へと向かった。



 ♠



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