02 午前四時.

 気付いた。


 最初に確認したのは、右側頭部。ガーゼが当てられている。包帯すら必要ない程度だったか。よかった。


 安心して、次の確認。


 右手。左手。右足。左足。全て動く。頭を、持ち上げて、下ろす。


 大丈夫。脳も身体も震えてない。


「ふう」


 起き上がろうとして、掛けられた毛布に重みがあるのに、気付いた。


 右側。見る。


 彼女。


 ベッドに寄りかかるようにして、眠っている。


 起き上がるのを、あきらめた。


 今は、何時だろうか。


 左側。窓から外が見える。空が、まだ、ぎりぎり、紅い。


「あ」


 窓際。彼女の友達がいる。


「起きました。すいません。起き上がれなくて」


「大丈夫、じゃ、ないか」


「大丈夫です。身体も脳も問題ないですし、頭の傷も小さい」


「そっか」


「ありがとうございました。彼女、ええと、きみちゃんを、助けてもらって」


「いいえ。あなたのおかげよ」


「おれ、なんで倒れたか、って、わかります?」


「お医者さんは、睡眠不足っぽいって言ってたけど」


「睡眠不足。いま何時ですか?」


「午前四時。寝てなかったの?」


「いや、普通だったとおもいます」


 体育でつかれたわけでもない。


「じゃあ、お医者さんがいってたもう片方かも」


「もう片方」


「脳で一気に物事を考えようとしてショートすると、急に眠くなって突然寝ることがある、って。それかもしれないって」


「それは」


「正常だって。勉強のしすぎじゃないかって」


「そうですか」


 よかった。身体の異常ではない。


「なにが、あったの?」


「体育の終わりに倉庫に閉じ込められちゃって。で、鍵こじ開けようとしたら彼女が抱きついてきて」


 彼女のほうを見る。ぐっすり、眠っている。毛布をひっくり返して、折って、彼女にかかるようにした。


「しにたいって、言われました」


 いちおう、もういちど、身体を確認する。大丈夫。眠くもなっていない。


 友達のほうを見る。空の紅さ。


「彼女。しにたがって、ました。それで、どうしたらいいかわかんなくって」


 思い出す。自分に事実を染み込ませるように、話す。


「つい、しにたくなってきたって呟いちゃって。そのとき彼女がぶつかってきて、とっさに彼女を守ったら、頭を打ちました」


「そっか」


 友達。複雑な顔。空の紅さに、照らされる。


「あなたには言わないで、って期弥には言われてるんだけど、もうむりね」


「何をですか」


 しにたくなってきた。今度は、ちゃんと、口に出さず。思うだけ。


「彼女。言語野に特別な性質があるの」


「言語野」


「訊かれたことには答えられる。受け身のコミュニケーションはできるの。でも、能動のコミュニケーションに、不具合があって」


 不具合。


 たしかに、いつも自分から話しかけていた。彼女から話しかけてきたのは、しにたいと、いわれたときだけ。


「自分から発話するとき、相手の深層心裡にある言葉を、読み取って発話しちゃうの」


「ごめんなさい。よく」


 わからない。


「自分から喋るとき、言葉がうまく喋れないのよ」


「じゃあ、しにたい、ってのは」


「彼女が、そう言ったのは、深層心裡にそれがあったってことじゃない」


「そっか。よかった。しにたいわけじゃなかったんだ、きみちゃんは」


「それよりも問題は、彼女が伝えたかった言葉のほう」


 そうか。


 しにたい、という言葉が、彼女から出た言葉ではないなら。


 なにか、伝えたい言葉が、あったんだ。


 おれに。


「期弥、たぶんあなたに、好きって、伝えたかったんだと思う」

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