1年半前・レオ視点②



(最悪だ)


 こんな顔をさせたくなくてこの1年半を過ごしてきたはずなのに、結局俺はなにもできなかった。自分に対する怒りやら不甲斐なさに、何も言えずに下唇を噛む。ぐっと喉の奥にせりあがるような涙の気配を、必死に飲み込んだ。


(俺が泣いて、どうなる)


「ナタリー」


 弱り切った彼女に声をかける。いつから俺はこんなに憶病になったのだろうか。目の前の女の子にかける言葉ひとつに、心が震わされるほどの迷いを抱く。


(これ以上ナタリーを傷つけず、きみを笑顔にできる言葉って何なんだろうね)


 月明かりに透けそうなプラチナブロンドに触れる。


「守ってあげられなくて、ごめん」

「……謝られることなんてひとつもないのよ、レオ」

「無理に笑わないでくれよ、頼むから。せめて、俺の前でだけは」


 くしゃりとナタリーの顔が歪む。真っ赤になった目元にじわりじわりと雫が浮かんで、その頬を濡らしていく。


「ジョゼフが、幸せだって、言った」

「……幸せ?」

「私がいなくても、あの人は、幸せになれるのよ」

「ナタリー……」


 涙をこぼしながら、彼女は昨日のジョゼフとの会話を語った。想像以上に残酷な言葉の数々は、いっそもう呪いのようだと思った。


 言葉はときに、魔法よりも呪いよりも、人に強く影響を及ぼす。ジョゼフのかけた強すぎる呪いは、きっともうナタリーの心に棲みついて離れることはない。


 それはたとえ、俺が今後どんな魔法をかけたって解けない呪いだ。


(ジョゼフ、お前ってやつは……)


 記憶があれば一番に彼女を想っているはずの親友を想う。原因がわからなければ、誰を恨めば良いのかすらわからない。


 また、頭が痛む。頭を押さえるように、くしゃりと髪をかきあげた。


「ごめんなさい、レオ。たくさん、頑張ってくれたのに」

「バカ言うな、一番頑張ったのは君だろ。よく、耐えた。辛かったな」


 今までずっと叶わなかった、大切の彼女を初めて抱きしめた。想像以上に小さな女の子は、俺の腕の中でジョゼフを想ってぽろぽろと泣いた。


 部屋に悲しみが満ち溢れる。どうして、こうなってしまったのか。やるせないことに、誰にもわからない。


 わかったとして、それが彼女を傷つけるのならば、もうわからなくていい。わからないままでもいいから、どうかこれ以上彼女が傷つかないように願った。


(お願いだから、頼むから)


 いったい、誰への懇願だったのかわからない。


 頭痛はやまない。気が遠くなりそうな痛みに耐えながら、震える彼女の背中を強く抱きしめた。


 けれど願いはむなしく、のちにこれは悪夢の始まりだったのだと、俺は知ることになる。


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婚約破棄されましたが、彼を諦められません。 ななこ @nanaco88

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