1年半前・レオ視点①
肩肘をついて、窓の外を眺める。そんな、貴族令息としてはまるで褒められたものではない授業態度も、どうやら教師は咎めるのを諦めたようだった。
第2学年で学ぶ魔法史の内容は、俺にとってはどれも既に調べつくした内容だ。この1年半の間に、どうにか記憶喪失の解決の糸口にならないかと、様々な魔法について散々王立図書館に通いつくして調べたうえに、魔導師長や研究局にも知恵を求めた。
(でも、なかったんだよな。人の記憶を完全に消し去る魔法なんて)
呪いの類も引っかかりはしなかった。わりと危ないラインまで調べつくしたけど、それでも目ぼしいものは出てこない。
(ここまで手がかりがないとなると、逆に怪しいけど)
ジョゼフの記憶喪失に関しては、人為的なものだと踏んでいる。その見解は俺をはじめとして、魔導師長や研究局も同様だった。けれど、国が誇る魔法の叡智をもってしても尻尾さえ掴めないとなると、お手上げと言わざるを得ない。
(あの光魔法、怪しいと思ってたんだけどな。埃どころか塵のひとつも出てこないし)
そこまで考えて、また頭痛がしてくる。眉間を抑えて、今日何度目かのため息を吐いた。
結局何の手がかりも思い浮かばないまま、授業の終わりを告げる鐘が鳴り響く。一向に引かない頭痛に耐えかねて保健室へ行こうとしたとき、教室にエディがやってきた。その表情はどこか焦っているようで、まさかナタリーのことかと頭痛も忘れてエディのもとへと早足で詰め寄った。
「どうした、何かあったのか」
「それが、ナタリーが授業に出てないんだ。風邪ってことだけど、ナタリーが休むなんて初めてだから心配で」
「……魔法通信は?」
「連絡入れたけど、出ないんだ」
心配そうな面持ちで言って、エディが何も言わずに治癒魔法をかけてくれる。眉間を抑えた俺を見て察したらしい。すっと引いた頭痛に、小さく笑みを返す。
「助かる」
「その頭痛、結構長いよね。一度大きい研究機関に行った方がいいんじゃない?」
「考えておく。とりあえず今はナタリーだな」
「うん……。本当にただの風邪ならいいけど、最近のナタリーは空元気だったから、ちょっと心配だな。教室でも上の空でいることが増えたし……。もちろん、風邪だってつらいだろうし心配だけど」
エディの言葉に頷きつつ、感知魔法でナタリーの気配を探る。その居場所が女子寮にあることに、とりあえずは安堵した。
(もっと気に掛けるべきだった……)
昨日のナタリーの表情を思い出して、後悔が襲う。報告会のあと、自己嫌悪に陥る暇があるのなら彼女の後を追いかけて話をするべきだった。
エディも同じことを考えていたのだろうか。何とも言えぬ重い沈黙が横たわる。そんな空気を打ち破るように、背中からのんきな声がした。
「エディ? 2学年の教室に、何か用なのか」
「ジョゼフ……、とユリさん」
まるで2人でいることが当然かのような組み合わせ。いつまで経っても見慣れる気がしない違和感のあるふたりは、久しぶりのエディとの対話を喜ぶように口元に笑みを乗せて歩み寄ってきた。
「最近、騎士団のほうによく行っているらしいな。おかげで話をする時間が減って、少し寂しい気さえする」
「そうだね。またご飯でも一緒に食べようよ」
「ああ、確かエディはユリの光魔法に興味があっただろう。興味深い話があるから、聞くといい」
「あら、ジョゼフ。大げさよ。そんな大した話じゃないのに」
「いや、君の魔法に対する考え方は本当に興味深い」
(あー……、もう)
いつからだろうか、この二人の姿にこんなに苛立ちを覚えるようになったのは。ユリはともかくジョゼフは被害者に近い。そんなことは痛いほどわかっているのに、何も知らずに笑うジョゼフに抱いてしまうこの嫌悪感は、どう処理をすればいい。
「私の話はともかく、私もエディたちと久しぶりに食事はしたいな。その時はぜひ、ナタリーも誘って」
「……そうだね」
どういうつもりの発言か読めずに、深い琥珀色の彼女の瞳を見た。ユリは俺の視線に気が付くと、困ったように微笑む。
「彼女、昨日元気がなさそうに見えたの。私たちで元気づけてあげたいなって」
「そういえば、昨日の夜彼女に会ったとき、何やら落ち込んだ様子だったな」
「え? ジョゼフ、ナタリーに会ったのか?」
「あ……、いや、偶然な。少し話をした」
ジョゼフはしまったといった表情で、言葉を濁す。ユリとナタリーが話をしたことも舌打ちをしたい気分だったが、それよりジョゼフだ。
何も知らないこの男が、どんな無自覚で彼女を傷つけたのか。今日、学園を休んだというナタリーの状況には、間違いなくジョゼフとの会話が関係しているはずだ。
(やっぱり、昨日は後を追うべきだった)
「ジョゼフ、夜に抜け出すのは大概にしろよ? しかも令嬢と落ち合うなんて、逢引かと疑われるからな」
「お見通しか……。今後、気を付ける」
堅物そうに見えて意外と悪い幼なじみを横目に、エディを連れて廊下を去る。寮の部屋でひとり、泣いているだろうもう一人の幼なじみを想うだけで、本当は今すぐ彼女のもとへ駆け付けたい気分だった。
それからすぐに寮へ忍び込もうかとエディと画策したが、すぐに見つかるのがオチだと仕方なく夜まで待つことにした。
夜、女子寮を前に姿くらましの魔法をかけた。エディは一緒に来たがったけど、あいつの魔法では恐らくすぐに寮監に気づかれてしまう。伝言だけを受け取り、彼女がいる部屋のバルコニーへと急いだ。
鍵はあっさりと魔法で解錠できてしまって、学園寮の安全面がさすがに心配になってくる。外部から魔法学園の敷地に入ることはほぼ不可能に近いが、内部からだとこうもあっさり侵入できてしまう。
(俺ほど魔法を使える奴なんて、この学園には他にいないだろうけどさ)
音を立てないよう部屋に忍び込むと、ベッドに横になる彼女がいた。どうやら目を覚ましたらしく、影がゆっくりと体を起こす。
「……レオね」
魔法による僅かな香りと光で気付かれたらしい。掠れた声で俺の名を呼んだナタリーは、泣き腫らしただろう目元を隠すことさえせず、ぼんやりとした瞳で俺を見あげた。
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