3年前・真夜中の訪問者①
「ついに明日かぁ……」
ベッドの中で天蓋のてっぺんを見つめながら、ため息をこぼす。
明日はジョゼフとレオを魔法学園へ見送る日。朝早くに起きなきゃならないから、早く眠らなきゃと思うのに、少しも眠くならない。目をつむれば、ジョゼフとレオと過ごした日々が駆け巡って、どう頑張っても寂しさが込み上げてきてしまう。
「ホットミルクでもいれてもらおうかな」
独り言を呟いて立ち上がってから、そういえば自分の屋敷ではなかったことを思い出した。明日の見送りのため、今日は特別に王宮に泊まらせてもらっている。
(呼び鈴を鳴らせば、きてもらえるんだっけ)
電気をつけようとした時、コンコンとバルコニーの方から音がした。お化けかと思って怯えたけれど、紫色の魔法の光に、すぐに真夜中の来訪者の正体に気づく。
とりあえず電気をつけるのは後にして、バルコニーの鍵を開けた。
「やあ、ナタリー。随分と夜更かしだね?」
「レオこそ、こんな真夜中に王子の婚約者の部屋へよく来れたわね」
「別に俺は王子の婚約者に会いにきたわけじゃないさ。妹みたいにカワイイ幼なじみに会いにきたんだよ」
言いながらレオがニヤリと笑って私の頭を撫でながら、部屋へと入ってきた。彼らしい言い訳だと思いつつも、念のためバルコニーの窓は開け放しておく。
「カモミールティーを持ってきたんだ。一緒にどう?」
「ちょうど、ホットミルクでも飲みたいと思ってたの。嬉しいわ」
「君なら、そう言うと思った」
レオは魔法袋からティーセットを取り出して、器用に魔法で紅茶を注ぐ。繊細な魔法はなかなか技術が必要だというのに、その腕前は大人顔負けだ。
「レオの魔法、すごいとは思っていたけど、本当に立派ね」
「お褒めに預かり光栄です。こう見えて、俺一応神童って言われてるからな〜」
「その割には魔導師長の稽古をサボってるって聞いたけど」
「だってあの人の授業、つまんねーんだもん」
ぶすっと顔を歪めるレオだけど、魔導師長直々に稽古をつけるなんて、周りでは耳にしない。それだけレオが期待される存在であるということだ。
「魔法学園への入学試験も、ジョゼフに次いで2位だったって聞いたわ」
「あー、うん。たまたまじゃない?」
「そう? ジョゼフは、レオが手を抜いたって悔しがってたけど」
「ははっ、バレてたんだ。だって試験ってかったるくてさ、途中で飽きちゃうよね」
「そんなので学園でやっていけるの? 問題起こしちゃダメよ」
「そうだなー。止めてくれるエディもいないしな」
その言葉を最後に、少しだけ寂しい空気が部屋に落ちる。言葉を探して、ティーカップの取手に指を絡めた。
「……とにかく、怪我には気をつけてね。あと、先生にも目をつけられないようにするのよ。それから女生徒をからかったりしちゃダメよ? 女って意外と怖いんだから」
「ふうん? ナタリーも?」
「私は慣れているから平気よ」
「へえ、それじゃ、どうしても女の子をからかいたくなったらナタリーにこっそり会いにくるよ」
「えっ!」
「どうせ君は、俺がいなくて枕を濡らす日々を過ごすだろうし……」
「そ、そんなことはないわよ」
「どうだか、君は強がる癖があるからなあ?」
いつもの意地悪い瞳で言って、レオが私の頭を撫でた。普段はぐしゃぐしゃに撫でることはあっても、こんな風に優しく撫でたりしないくせに。少しくすぐったくて俯くと、小さな笑い声が落ちてきた。
「ああ、君が泣かなくても俺が君に会いたくて泣いちゃうかもしれないな」
「嘘!」
「案外、本当かも」
相変わらず真意の読めない冗談を言って、レオが立ち上がる。
ふわりと魔法で、ティーセットを魔法袋へとしまった。
「さて、そろそろ戻ろうかな。ナタリーも早く寝ろよ? じゃないと朝寝坊するぞ」
「またそうやって子ども扱い。見てて、来年には追いつくんだから」
「俺たちとお揃いの制服を着た君に会えるのを、楽しみにしてるよ」
「ええ、きっとあっという間よ」
「そうだろうな」
レオは少しだけ名残惜しそうに私を見つめた後、ひらりとバルコニーから姿を消した。
魔法には残り香がある。レオらしい少し甘い香りに寂しい気持ちになりながらも、さっきよりはすっきりとした気持ちだった。
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