4年前・ティータイム②



(それに手紙も通信も、私1人がしたいと思ったところで意味はないもの。ジョゼフも、私と話したいと思ってくれなきゃ……)


 視線をあげると、レオと魔法バトル中のジョゼフと一瞬目が合う。すると、彼は少し驚いた顔をした。


「隙あり!」

「あっ……」


 シュッ、と勢いよく飛び出した闇の牙がジョゼフへ迫る。流石にそれをかわしきることができず、ジョゼフは降参といった様子で両手をあげた。


「これで俺の55勝12敗だな」

「うるさい、次は負けない」


 私以上にボロボロになって戻ってきた2人に、エディが治癒魔法をかける。


「おお、何度見ても上手だな。お前の治癒魔法」

「だからって、すぐ怪我してこないでよ。僕だって治せないことあるんだからね」

「ああ。わかっている、いつもすまないな、エディ」

「ジョゼフも、毎回そう言いながら怪我するんだからな」


 バトル後のエディのお説教もいつもの光景だ。けれどさっきの話のせいか、少しだけさみしい気持ちになってしまった。


(この光景も、来年は見られなくなるのね)


「ナタリー、どうかしたか? 元気がない」

「別に何もないの。2人が私たちを放ったらかしで楽しんでいたことを、つまらなく思っている訳じゃないわ」

「あらら、ナタリーご機嫌ナナメ? ほら、マカロンでも食べな」

「む……こんなので騙されないんだから」


 と言いつつ、口元に差し出されたマカロンをかじる。甘く広がった味に、少しだけ幸せな気持ちになった。


「嬉しそうな顔しちゃって。やっぱナタリーはまだまだお子様だ」

「あら? 魔法バトルに夢中になるレオも十分お子様だと思うわ」

「それを言われちゃ、返す言葉もないね」


 肩をすくめたレオに、エディがハッとした様子で立ち上がった。


「大変だ、レオ! そういえば、この後僕たち魔導師長に呼び出されてたんだった!」

「げげっ、そういやそうだっけ〜? サイアク。仮病つかいたい」

「そんなんに騙される人じゃないって知ってるでしょ? ほら、行くよ」

「はあ〜あ。あの堅物もマカロンで騙されてくれたらな」


 言いつつ、残りのマカロンをレオが私の口へ柔らかく押し込む。


「じゃ、お子ちゃま2人組。俺たちは先に行くよ」

「じゃあね、2人とも! お先に」


 マカロンを咀嚼しながら、慌てて駆けていく2人の背中を見送る。ゴクリと飲み込んだ後、何やら神妙な顔つきのジョゼフを見上げた。


「どうかした? ジョゼフ」

「いや。それを聞きたいのは俺の方だ。さっき、どうして寂しそうな顔をしていた?」

「え……?」


 一瞬なんのことかと思って、すぐにバトル中に目が合った時のことだと気づく。


「ああ……えっと、あれは……」

「いや、言いづらいなら無理して言う必要はない。なんとなく、予想はついている」


 そう言うジョゼフの頰は、なぜだか少し赤かった。魔法バトルで息切れして上気しているのかと思ったけれど、息は切れていないし、そういうわけではなさそうだ。


「? ジョゼフ、やっぱりあなた少し変よ」

「慣れないことをしようとしているからな、変にもなる」

「え?」


 どういうことかわからず、ジョゼフの顔を見上げる。彼は一瞬戸惑ったように視線を揺らした。けれど、すぐに決意をした様子でまっすぐと私を見据えた。そしてそっと顔を近づけて——頰に柔らかい感触が落ちてきた。


「……」


 近づいた顔のまま、ジョゼフが伺うように顔を覗き込んでくる。何が起こったのか理解できなくて固まった後、すぐに体中が熱くなっていくのを感じた。


「な、な、なにをっ、ジョゼっ、ジョゼフ、いき、なりっ」

「落ち着け、ナタリー。顔が真っ赤になっている」

「だ、だって、あなた、いま、キスしたもの!」

「お、大きな声で言うな! こんな場所でしたなど知れたら、君の両親に叱られる」


 慌てて両手で口を覆うと、ジョゼフは照れたように私から顔を遠ざけた。


「言っておくが、別に君に興味がないとか、そういうわけじゃない」

「え?」

「君のことは婚約者として大事に思っているし、むしろ婚約者という言葉では片付けられないほど、僕にとって大切な存在だ」

「ジョゼフ……?」


 急に始まった甘い言葉にどういうことかわからないし、恥ずかしいし、嬉しいやらで、自分でも感情が迷子だ。ジョゼフがなにをもってこんな話を始めたのかわからないけど、きっと彼は大いなる勘違いをしている。


「今までこういうことをしなかったのは、君が大切だからだ。機会はこの先、いくらでもある。僕と君の心の準備が整い、互いに望んだ時で良いと思っていた。いや、別に僕はずっと望んでいたわけではあるんだが。……ともかく、君が子どもだからなど、レオの言ったような意味でキスをしなかったわけじゃない」


 長い長いジョゼフの言葉に顔を熱くさせられながら、ようやく勘違いのわけがわかった。彼は、私がキスしてもらえないことを寂しがっていたと思ったらしい。彼の言葉にはどうしようもなく照れてしまうし、くすぐったくなるけれど、そんな勘違いで私が寂しがってると思って、まっすぐに告白してくれた彼が愛しくて仕方がない。


「ふふっ」

「な、なぜ笑う?」

「ジョゼフってときどき、おバカさんなところがあるなと思って」

「おバカ?」


 眉をひそめたジョゼフの頰に、私も触れるだけのキスを返す。ハッとしたように息を詰めて、ジョゼフは手の甲で口元を覆った。


「私はキスを望んで、寂しがってたわけじゃないのよ。でも、あなたの気持ちはとってもとっても嬉しかったし、初めてのキスも幸せな気持ちになったわ。ありがとう」

「僕の勘違いだったわけか……」

「でもその勘違いのおかげで得しちゃった。私もジョゼフのこと、婚約者って言葉で片付けられないくらい、大事で大切よ」

「君は、時々不思議なくらい大人びている。木登りをするようなおてんばだと言うのに」

「言っておくけど、今私とってもドキドキしてるのよ。緊張とか恥ずかしさで溶けてしまいそうなのを堪えてるの」

「ふっ、溶けられるのは困るな。けれど、もう一度耐えてくれ」


 そう言って、ジョゼフはもう一度私の頰へ口づけを落とした。

 さっきより少しだけ長く触れた唇からは、温かい思いや彼の愛しさが伝わってくるような、そんな気持ちがした。


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