4年前・ティータイム①



「やっと見つけたっ、ジョゼフ、ティータイムにしましょ」


 王宮の庭園でこっそり読書を楽しんでいたらしいジョゼフを見つけた私は、彼ににっこり笑顔を向ける。

 すると呆れた顔つきで、ジョゼフは私の髪に触れた。


「君は一体、どんな探し方をしたらこんなに汚れられるんだ? せっかくのドレスが泥だらけじゃないか。髪には草や枝がついているし」

「レオが、ジョゼフは私とのティータイムがいやで、木の上に逃げたと言ったの。だから木登りをして探していたのよ。それなのにあなた、普通にベンチに座って読んでるんだもの」

「レオの奴め。どうせ、君がおてんばしているのを面白がっていたんだろう。君も君だぞ。いくらそう言われたとて、公爵令嬢が木に登るな」


 言いながら、ジョゼフは甲斐甲斐しくドレスについた汚れを払ってくれる。口調はぶっきらぼうだけど、彼がとっても優しいことを私はよく知っていた。


「ふうん。私とのティータイムが嫌だということは否定しないのね」

「いやというわけではないけど。君の話は要領を得ない上に長いからな……少しでも先延ばしにできないかとは考えていた」

「まあ! ひどいことを言うのね!」


 むくれて背を向けた私に、ジョゼフが小さく笑う声が聞こえてくる。どうせ、からかって面白がっているに決まってる。


「……それに、君がこうして必死に僕のことを探してくれるのも、嫌いじゃないからな」

「え?」

「さすがに怪我をされるのは困るから、危ない真似はよしてくれよ」

「ジョゼフが隠れなければ済む話だと思うんだけど……」

「ほら、ティータイムなんだろう? 紅茶が冷める前に、行こう」


 うまくはぐらかされた気がするけれど、優しい微笑みに嬉しくなって彼のそばに駆け寄った。


 私とジョゼフは、親が決めたいわゆる政略結婚の婚約者だ。物心ついた頃、突然王宮に連れて行かれたかと思うと、急に彼が将来の夫になり、私はこの国の王妃になるのだと父から言われた。子どもにはなんのことだかさっぱり理解はできなかったけれど、まっすぐな瞳で『ジョゼフ・リー・リードだ。きみのことをしょうがいかけて大切にするとちかおう。みらいのはなよめどの』と拙い口調で誓った彼に、私はあっさりと恋に落ちてしまった。


 それから様々な月日を重ね、私たちは共に成長してきた。幼い頃は兄のような存在でもあり、時には喧嘩したり、意識したりして過ごしてきた。今は、そばにいることが当然で、愛しくて、大切で、まるで家族のようで、かけがえのない存在になっている。私が思うようにジョゼフもそう思ってくれていたらいいと願う日々だ。


 ジョゼフに手を引かれながら庭園の中にある東屋へ向かう。するとすでに、幼なじみのレオとエディは席についていた。


「遅いぞ〜、2人とも」

「ひどいわ、レオもエディも。一緒にジョゼフを探してくれてたんじゃなかったの?」

「僕は探そうとしたんだけど、レオが必要ないって言うからさ。ごめんね、ナタリー」

「だってジョゼフは俺たちじゃなくナタリーに見つけ——」

「レオ。お前、また第3魔道実験室の窓を壊したらしいな? 魔導師長に報告を……」

「あー!! ジョゼフ様、俺が悪かったよ。な? な?」


 互いのセリフを遮りあって、レオとジョゼフが視線を交わす。しばしにらみ合った後、なぜか二人はへらりと笑った。男の子同士の友情って何だかよくわからない。


「相変わらず2人は仲良しなのね? 何だか嫉妬しちゃうわ」

「へえ? ナタリー、嫉妬って言葉知ってたんだ」

「レオはそうやってすぐ、私を子ども扱いする……」

「そりゃあ、キスもまだの子どもをレディとは呼べないだろ? あ、それを言ったらジョゼ——」


 言いかけたレオの頭上に稲妻が現れる。雷魔法を発動できるのは王族しかいない。となればもちろん犯人は、ジョゼフだ。


「お前の頭は一度消し炭にしないとまともにならないと思っていた。いい機会だ、燃やし尽くしてやろう」

「やれるもんならどーぞ?」


 言いながらニヤリと笑ったレオが、闇魔法を発動して稲妻を闇の中へ吸い込ませた。何度見ても圧巻な2人の魔法バトルに、エディと一緒に拍手を送る。


「って、ナタリー、拍手してないで止めなきゃ!」

「でも私じゃ2人に敵わないもの。レオもジョゼフも、庭園を壊さないようにしてね」

「俺はそんなヘマしないけど、ジョゼフ坊ちゃんは荒っぽい魔法を使うからな〜?」

「窓を破壊した奴が何を言う」


 座ったばかりの席を立って稲妻と闇で攻撃し合う2人を横目に、ローズティーを飲む。私の長い話を嫌だと言ったジョゼフだけど、最近は専らこうして彼らのバトルでティータイムが終わってしまうのだ。


「2人の紅茶、冷めちゃうね」

「バトルが終わる頃には喉が乾いてるだろうし、ちょうどいいんじゃないかしら」

「確かにそうかも」


 幼なじみたちの間では比較的温和なエディと微笑み合う。こんな大人しいエディだけど、こう見えて魔法騎士団長の息子で、彼の剣は13歳とは思えないほどの腕前だ。


「何だか、寂しくなっちゃうな」

「? エディ?」

「2人が魔法使ってるところ見たらさ、もう来年なんだなと思っちゃって」

「ああ……そうね」


 エディの言わんとしていることを理解する。私たちの1つ上の歳であるジョゼフとレオは、来年王立の魔法学園へ入学することが決まっている。魔法学園は実力主義と謳われていて、身分関係なく全寮制とされている。つまり今はこうして数日に一回顔を合わせているけれど、来年には長期休みでしか彼らと会えなくなってしまうのだ。


「大丈夫よ! 魔法手紙も送れるし、顔が見たければ魔法通信もあるもの」

「そうだね……」

「それに、再来年には私たちも入学するんだから。会えないのはたった1年の間よ。私、ジョゼフとは9年一緒に過ごしてきたの。そのうちの1年なんて、あっという間だと思わない?」

「確かにそう言われると、あっという間な気がしてくるね」


 エディが寂しげな色を残したまま笑顔を作る。私も笑ったけれど、きっと彼と同じような色を残してしまっている。


 だって、本当はすごくさみしい。たとえ手紙で彼の声が聞けても、通信で顔を見ることができても、その手には触れられないし、こうしてティータイムを共にすることはできない。学園でジョゼフとレオが今のように魔法でじゃれ合っていたとしても、私は知ることができない。


 当たり前に側で感じていた日常が遠く離れることは、寂しくて不安だった。


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