第17話 あたしたち、仕組まれてた

  ○


 異変に気付いたママが、あたしの部屋にいることに気付いたのは、背中に優しく触れるものを感じたその瞬間だった。

「ケンカ、したのね」

 あたしは頷く。ママはあたしの頬を伝う涙をそっとその手で拭き取ると、手を引いてあたしを立たせた。

「それなら、謝らなくちゃ。当たり前のことだけど、大切なことよね」

 後から後からあふれ出す涙を、ママは何度でも拭き取る。あたしはそっと、ママに抱きついた。今はどうしても、甘えたかった。


  ●


「ねえママ。どうして、どうしてあたしには、パパがいないの?」

 父親がいない。そのこと自体はそこまで珍しいものではない。けれど、そういう場合はたいてい、どういう活躍をしたか、という英雄譚が付与される。どんな戦いの中で命を落としたのか。死んでしまえば美化される。今ではそんなことぐらいわかるけれど、当時の幼いあたしたちは、その話をそのまま信じがちだった。

 あたしは、と言えば、生まれてこの方父親を見たことがないのだ。そんな子は、珍しかった。さらに、母から父の話を聞かされていない、という状況を考え合わせると、それはほとんどありえないことだ。

 友達の誰々君のお父さんはこうで、うっとうしい誰々ちゃんのお父さんはああで。そんな話をとくとくと並べて、あたしはママに迫った。

 パパは、どんな風に死んだのか。どんなかっこいい物語がそこにはあるのか。

 ママが聞かせてくれた物語は、確かにかっこいいものだった。まだ赤ん坊だったあたしを襲った病を治すために、その身を賭して彼は戦ったのだそうだ。

「最後まで、パパはあなたとあたしを思ってくれていたのよ。あたしたちは、あの人に愛されてるの」

「そっか。パパ、あたしを護ってくれたんだ」

 それから、あたしは幼心に決意したのだ。パパみたいに、誰かを護れる人になろうって。

「ママ、あたしが護ってあげるからね!」

 ママはニコリと微笑み、そして言った。

「ありがと、ミリア」


  ○


 だから、こんな風に涙を見せたくなかった。パパがあたしのために頑張ってくれたんだから、あたしはパパの分まで強くないといけないのに。

 それなのに、あたしは魔法が使えないし、ジルの手助けもできない。あたしは、何もできない。

「ごめんなさい、ごめんなさいパパ、あたし、あたし……」

「いいのよ、ミリア」

 ママはそっとあたしを抱き寄せる。ほのかな温かさが伝わって来る。

「頑張ってるミリアは偉い。だけど」

 無理しなくていいのよ。


  △


 月明りが照らす中、あたしは泣きそうになりながら、でたらめに走った。

 途中で止まれたはずなのに、あたしはそうしなかった。最後まで、言ってしまった。もう戻れないかもしれない。あのケンカは、決定的過ぎた。

 バカ、あたしのバカ。失いたくないのに。もう、引き離されたくないのに。

 ――ミリアから離れちゃ、駄目なのに。


 気付けばあたしは、毎朝ミリアが向かう公園と、家の間のあの桜並木の場所にいた。桜は全て散り、青々と茂る葉桜が、月明りの中で照り輝いていた。目を閉じると、あの朝の記憶が蘇る。駄目、と首を振ると、あたしは家から離れる方へと歩を進めた。

 公園に行き着いた。遊具に座ってあたしは思考を巡らせる。これからどうすべきか。帰って謝れ。そして仲直りしろ。そういう自分の声はしかし、自分の中のもうひとつの声にかき消される。

 ミリア本人に、言えるはずがないだろう。きっと、彼女を傷付けてしまうから。

 どうやったって、ミリアにあたしの仮説を話さず仲直りするのは不可能だ。あたしは目を閉ざした。それなら、どこへ行けばいいのだ。

 まずは、推論を完成させよう。それしかできない。全てわかってから、どうするかを考えよう。

 最初に調べるべきは、ママさんが調べていたという魔力移植についてだ。そうしたらたぶん、いろんなことが繋がる。その確信があった。

 とにかく今は、一旦ミリアから離れよう。出会ってしまったら、説明せざるをえないから。


  ○


 夜中まで探し回ったけれど、ジルは見付からなかった。まん丸の月が空高く昇る頃、ママはあたしを家へと戻した。

「明日からまた、探そう。今日はとりあえず、休みなさい」

 有無を言わさぬ強い口調で、ママはもっと捜したいというあたしを諫めた。あたしはそれに従うしかなかった。

 そして翌朝、あたしは特訓の時間を割いて、捜索を始めた。学校はさすがに休めない。けれど、それ以外の時間は全部、ジル捜しにあてるつもりだった。まず彼女は、狙われている可能性が高いのだ。放ってはおけない。

 いないと寂しい。そういう感情は、一旦封じ込めておく。人捜しに、感情は不要だ。


 結局あたしの捜索が実を結ぶことはなかった。


  △


 鳴るお腹を押さえながら、魔力の移植について図書館で調べてみた。

 その結果わかったこと。

 一。実用化されたのは、ミリアが生まれて五年経ってからであるということ。

 二。部分移植はまだ不可能であり、移植を行った対象者は、術後、全ての魔力を失う。

 三。魔力を移植する先は、ある特定のアイテム。ただし、それに移植しても、物凄い勢いで魔力は消滅していくということ。これの実用化と移植そのものの実用化の時期がきわめて近いこと。

 二が決定的だった。ミリアが魔法を使えないという事実と、ばっちりかみ合う。ミリアは恐らく、移植手術を受けている。それもたぶん、幼少期に。つまり、実用化される前に。でなければ、今彼女はこの世にいない。

 術者はほぼ間違いなく、ママさんだろう。実用化されていないはずの行為を、他人の子どものためにやるような人なんて、まずいない。そしてそのタイミングでは恐らく、移植先が存在していなかったということだ。無機物には、魔力が宿らない。振動の増幅を起こすものはあるけれど、そのものが魔力を持つことはなかった。その通念をひっくり返したのがこの発明なのだろう。それを、恒久的に蓄えられるようにする研究が始まったのは、自然なことに思う。

 それが生き返りを実現したのだから関係なくはないが、今一番気にするべきは、それなら一体ママさんは、何にミリアの過剰な魔力を移植したのか。移植先に無関係な人間を選ぶことは、さすがにないはずだ。だからといって、他の動物に対して行えるものなのか。結果から逆算するに、恐らく不可能だったのだろう。きっと、移植先はミリアの父親だったのだ。だから彼女の父親は、この世にいない。ミリアを庇って、死んだのだ。それが一番自然な結論だろう。

 それをミリアは知らないにせよ、父が死んでいる場合、どうして死んだのかは気になるはずだ。魔力移植なんて大それたことは口にはできなかっただろう。けれど、ママさんは言わずにはいられなかったはずだ。あなたを護って、と。だから、ミリアはその分まで強くあろうとしたのではないか。ここまで行くと、ただの仮説だけれど。


  ○


 アリスには、道すがら事情を話した。彼女は頭を抱える。

「どうしよう、ジルをひとりにしちゃ、危ないのに」

「うん。だから、捜すの手伝って」

「もちろん」

 そこから先は、沈黙だった。少しでも話すと、危うい均衡が崩れて、あたしの目から雫がこぼれ落ちそうだったから。

 学校に入る前、頬をひとつ叩き、それから口角を持ち上げる。

「とりあえず、今日は病気だって言おう」

 あたしはそのまま、そう呟いた。アリスもそれに頷く。

「そうだね」


 教室に入ると、女子たちがこちらを見て、それからあれ、という風に首を傾げた。あたしたちはそれを無視して、各々の席に着く。ある程度の用意を済ませると、あたしは陰鬱な気分を紛らわすために、男子たちの球技に混ざった。久しぶりで、楽しかったけれど、それでもやっぱり集中はできなかった。

「なあミリア」

 代表してか、フームがあたしに声を掛ける。そちらを見ると、彼の目は、思わぬ真剣さを帯びていた。

「どうしたの」

「ジル、あいつ大丈夫か?」

「ああ、ちょっと、風邪ひいたみたいで」

「この時期にかよ」

 彼の醸し出す雰囲気は、変わらない。あたしは頷くと、言った。

「ほら、急がないと遅れるよ」

 納得行かない様子の彼を尻目に、あたしは駆けだした。

 そこからの授業は、つつがなく進んだ。ただひとつ、あたしたちを置き去りに、どことなく不穏な雰囲気が広がっていることを除いて。魔法の授業もあったけれど、あたしはアリスと共にそれでもあがこうとなんとかしていた。結果は振るわないけれど。

 昼休み、屋上に出ようとするあたしを、フームが引き留めた。

「待てよミリア」

「え、と」

「本当にただの風邪なのかよ」

「そうだけど」

「悪い、気になるんだよ。今からちょっと話せるか?」

「まあ、いい、けど」

 断りようがない。何もやましい所がないことを示すためにも。ただ、視線はアリスの方を向く。

「アリスもいていい」

「ああ、うん。わかった」


 こういう訳で、あたしとアリスは、クラス一の人気者、フームと三人で昼食を食べている。アリスの挙措からはぎこちなさが感じられた。

「で、どうしたの」

「単刀直入に言う。ジル、ルミアを避けただろ」

 え、とあたしはアリスと顔を見合わせた。フームは続ける。

「見てりゃわかるっての。ルミアのそういう性質は。誰よりも高みを目指す。マウントを取りたがる。自分以上の奴は、おとしめる。それでもそれが、単なる悪じゃないってわかってるから俺はあいつといる。それに、たぶんジルも、ちょっとルミアからどうこうされたぐらいで凹むタイプには見えない。それでもさ、面倒で避けた。そういうことだろ」

「ちょっと待って!」

 あたしは思わず叫んで、立ち上がる。二人の視線を一身に浴びながら、あたしは呆然と呟いた。

「何よ、それ」

「違うのか?」

 フームが困惑を浮かべながら、あたしに問い掛けた。あたしはごめん、と呟きながら、「だからただの風邪だって」と誤魔化す。

 いじめが原因なんかじゃない。確かにそれはあっただろうし、それを面倒だからとさっさと待避するというのもジルの像には合致する。それでも、驚いていた。そんな説が立ち上るなんて、考えてもいなかったから。

「あいつ別にダメージ受けてないだろ? ならむきになって隠さなくてもいいじゃねえか」

「……ジルは、ただの風邪って言ってた」

 どうするのが得策なのか、必死で考える。それでもわからない。この問題を、いじめに押しつけていいのか。

「お前には、隠してたんだな。帰ったら、確認してみろよ。んじゃ」

「ねえ、フーム」

 あたしは呼び止める。立ち止まった彼に掛ける言葉もないのに。あたしはどうしてか、こんなことを言った。

「ルミアから、離れないでね」

「なんで今、それを言うんだよ」

 そう言って、彼は立ち去った。残されたあたしたちは、ただそれを見つめることしかできなかった。気まずい沈黙を打ち破るかのように、アリスが声を上げる。

「とりあえず、食べよっか」

「だね」

 ごはんを口に運びながら、アリスは言う。

「それにしても、妙な塩梅になってきたよね」

「誤解、なんだけどそう主張できないってのがなんとも」

 ため息を吐いた。あんまり実情から、というよりあたしたちの創り上げたジル像から離れた展開になられると、どうすればいいのかがわからなくなってくるのだ。

「とりあえず、誤解は解かなくちゃ」

 あたしがそう言うと、アリスが考え込むような表情を浮かべた。こうなると、しばらくは何も聞いてもらえないのをわかっていたから、あたしは食べ進めながらそれをそっと見守る。

 弁当箱が空になった頃、彼女は決然とした表情を浮かべ、言った。

「とりあえず、押しつけよう、ルミアに」

「そう、なの」

「うん。そうするしかないよ。いつまでも風邪では押し通せない。それなら、対処が面倒になって距離を取った、の方がいい。まともにダメージを受けるタイプじゃないのは確かだから、そのスタンスで、学校から離れた。そういう感じ。傷付いてないってのはちゃんと押しだそう。じゃないと、ミリアが放課後、動けないから。あなたなら、傷付いたジルの傍に付き添ってあげる。だから傷付いちゃいけないの」

「フームが言った通りのロールをする、と」

「そういうことだね。それが一番早いよ」

 と、昼休みの終了を告げるベルがなる。アリスは我に返ったのか、慌てて弁当箱を片付け始めた。……まだ半分以上残っているが、大丈夫だろうか。


  △


 次に調べるべきはなんだ。ミリアの家に潜む謎は解けたと思う。だとすると、次はあたし自身についてだ。アリスの家について調べるのは、自分自身の記憶が確定してからでないと危険度が高すぎる。

 ここで気になるのは、ママさんも絡む生き返り魔法の件に、あたしが絡んでいることをママさんは知っていたのか否か。ミリアとあたしが接触するのは、たぶん、ほとんど避けられなかったことなんだと思うけれど。

 ママさんは、ここまで読んでいたのだろうか。それとも、あたしが現れたのは、ママさんにとっても予想外だったのか。

 とりあえずは、失踪事件について調べることになる。けれど、もしこの線が正しいのだとして、ミリア以外は誰もあたしにその方面で接触してこないのに、あたしがひとりで調べてなんとかなるものか。

 お腹の鳴る大きな音で我に返り、周りを見渡してそれからほっと息を吐く。こんな時間に活動できないと学校の敷地内にある、木が立ち並んだスペースに隠れている。気付かれてはいけない。もっと他に隠れる場所を探したいのだけれど、あいにくそんなものを探したことは、一度だってなかった。それに学校の外にいると見付かった時面倒だ。学校の中ならサボりで丸め込めないこともない。いろいろ考え合わせた末、灯台下暗しとここを選んだのだ。

 幸い、今の音で誰かに気付かれた様子はない。授業中だから当然と言えば当然だけれど。


 昼休み。体を丸めて空腹に耐える。とりあえず食料の調達をしなければならない。それにしても、たった二食抜いただけでこんなにお腹が空くなんて、ママさんの料理はやっぱり凄いらしい。おいしい食事がある、というのが当たり前になっていた。今頃ミリアは屋上で、ママさんの料理を食べているのだろうか。

 あたしのことを、心配してくれているのだろうか。

 わからない。ミリア、あなたは今どうしてるの?

 できるものなら、時間を巻き戻したい。何もかも、なかったことにしたい。なかったことにして、また三人でいろんなことを話していたい。できれば、あたしの記憶なんて抜きにして、なんでもないような話をしたい。もっといたいのに。あなたから離れたくない。

「……大丈夫? お腹痛いの?」

 不意に聞こえた声に顔をあげる。その瞬間、あたしの中で、何かが疼いた。

 コロセ。

 え、と辺りを見回した。彼女は心配そうな目であたしを覗き込む。

「ねえ、どうしたのよ」

 どこかで聞いた声だった。だけど、思念は空腹に妨害される。

「ごめん、お腹空いてさ」

「なんでこんなとこにいるの?」

「あ、いやその、いじめ、られてて」

 言い訳として思い浮かんだのは、それだった。事実としてルミアはあたしに敵意を向けている。あれはしばらく放置したらいじめになるだろう。そんなことを無意識に考えていたのだろうか。

「あ、じゃあ……ごはん、あげよっか?」

「え、いいの?」

「うん。はいどうぞ、サンドイッチ」

 彼女は二つあるうちのひとつを手渡して来た。あたしはそれを、半分だけちぎって返す。

「ありがとう」

「いいのに、ひとつ全部食べちゃって」

「申し訳ないから」

 彼女は頬を膨らませる。よく見ると美人なのに、その所作で一気に三枚目風だ。得な個性をしている。

 あたしはサンドイッチを勢いよく頬張った。彼女はそれを見て、アハハと笑う。

「お兄ちゃんも喜ぶよ、そんな風に食べてもらって」

「お兄ちゃん?」

「ああ、あたし、両親が死んでるんだよね。あ、ごめん。いきなり妙な話しちゃって。あたしラーニャ。よろしくね」

 唐突に持ち出された重い話は、しかし彼女が触れるなとばかりの雰囲気を出して来たのでスルーする。

「あたしはジル。小五よ。よろしく」

「え、年上なの? あたし、小四」

「悪かったね、ちびで。おいしかったよ、ありがとう」

 彼女はあたしを見て、「年上か……かわいいのに」と呟いた。

「ありがと」

「どういたしまして」

 ふと気になって、問うてみる。

「なんでこんなとこにいるの?」

「え? お昼ごはんどこで食べるかに、理由なんてなくない? 屋上使いたいんだけどね。ま、来年までの辛抱か」

「友達とか、多そうだけど」

「うん。でもごはんだけはひとりって決めてるの。他はみんなお母さんが作ってるから、コンプレックスでさ」

「ああ、ごめん」

「いいの。お兄ちゃん優しいから」

 やっぱりあたしは、彼女を知っているような気がする。空腹で気が参っている訳では断じてない、と思う。サンドイッチ半分でも、かなり空腹は消えた。それなのに、どうしても、その感覚が拭えない。

 彼女はサンドイッチを頬張った。本当においしそうにそれを食べる。あたしはそれを眺めながら、どこで見たのかを考える。記憶を失ってから、彼女に出会ったことは、ないはずだ。彼女の方にあたしを知っている素振りがないから間違いない。

 では、記憶を失う前なのか。また、あたしの体を衝撃が貫いた。

 コロセ。

 あたしはその身を震わせた。なんだ、この感覚は。あたしは一体、何を考えているんだ。彼女に一体、何を思っているんだ。

 ……察していた。ミリアの推測は正解だ。あたしは確かに、失踪事件の犯人なのだ。そして彼女は、ターゲット。基準は?

 生き返り、だとしか思えない。彼女はきっと、生き返ったことがあるのだ。両親と共に死んで、ひとりだけ、あるいは兄と共に生き返ったのだ。これは推測か。だけど、連続失踪の被害者の間にぱっと見の繋がりはないはずだ。あるとすれば、隠されている何か。両親共にこの世にいないという彼女は、きっと自らも。そんな風に思った。

 それなら、見たことがあるという感想はどこなのだろう。記憶をなくす前のあたしは、下見でもしていたのか。

「ごちそうさま。さーてと。それじゃ、あたしは帰るね。ジルも頑張って」

 彼女はニコリと笑って、歩き去った。あたしはそれを追わず、しばらくそこに残っていた。ラーニャ。ラーニャ……。

 わからなかった。けれど、彼女はかなり核心を突く存在だ、ということだけはなんとなく感じていた。

 昼休みが終わる。


  ○


 放課後、クラスの中の物語に整合性を持たせるため、あたしはひとりで、まずまっすぐに家へと帰った。かばんを部屋に置くと、ママへの声かけもそこそこに、あたしは外へ飛び出す。アリスと合流し、それから作戦を練り始めた。

「アリス、なんとかならないの?」

「……人捜しの魔法は、まだ作られてない。遠くの、どこにいるかもわからない人の魔力と共振させるのは、まだ無理だ」

「魔力を共振させたら、見付けられるの?」

「それは、できると思う。だけど、それをする方法が、どこにもない」

 あたしはうつむく。それなら、手掛かりは何もないということか。

「心当たりは、ないの? 何か、どこに行ってそうとか」

「ないよ、あるわけない。あったらもう、捜してる」

 言葉を吐き出すと、アリスのその表情も、暗く染まった。

「可能性としては」

 そう、あたしはぽつりと言う。

「ジルはひとりで、自分のことを調べてるんだと思う。じっとしてるはずはない。何か、気付いてるみたいだったから」

「そう、なんだ」

 アリスはそう言うと、目を固く閉ざす。それからふっとその表情を緩め、あたしを見据えたアリスの顔にはもう、いつもの気弱なアリスはいなかった。

「ねえ、ケンカしたって、教えてもらえなかったって言ったけど、どういう流れ?」

「えっと、どうやってあたしとアリスが仲良くなったのかを聞いてきたの。それを説明して、そしたらおしまい。絶対何か気付いたんだと思ったから、問い詰めて、それからは朝言った通り」

「あたしたちの出会いについて」

 頷く。アリスは再び目を瞑り、それからしばらく後、彼女はえっと叫ぶ。

「アリスがなんで言わなかったのか、わかった……だけど、そんなの」

「どうしたのっ」

 アリスの目から、涙が伝う。それから彼女は、あたしを強く、抱きしめる。

「……嫌だよ、信じられない。ミリア、あたしたち、友達だよね」

「そうだけど、それがどうしたのよ」

「あたしたち、仕組まれてた。全部」

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