第15話 どうしちゃったのよ、あたし
△
アリスの顔が、どことなく暗い。目を伏せて、その表情をミリアには気取られないようにしているが、あたしの方から、つまり横から見ると、その悲痛な声がありありと伝わって来るようだった。
――あたし、この顔知ってる?
不意に、脳内に浮かぶ。アリスのこんな表情を、あたしは見たことがある気がする。それがどこだったのかはさっぱり思い出せないけれど、それでも確かに、あたしは見た。
「でさジル、でもどうするの」
ミリアのそんな問いかけに、あたしはハッと現実に引き戻された。アリスも顔をあげる。そこには、さっきの苦悶は浮かんでいなかった。それであたしはアリスにまつわる記憶を探るのをやめた。
「えっと、じゃあまずは、図書館でもあたってみるか。案内してもらえる?」
アリスの案内に従ってあたしたちは図書館へ辿り着いた。新聞のバックナンバーを三人がかりで漁って行く。
「ううむ、目が疲れる」
ミリアが目を強く瞑りながらこぼす。まだ一部も読めていないのに。こういう面ではミリアは使い物にならないんだろうなと呆れながら、あたしは新聞を遡って行く。
分担としては、あたしが記憶を取り戻してからの記事をアリスが、それ以前の記事をあたしとミリアが担当している。で、いろいろと見て行くのだけれど。
「にしてもまあ、多いな」
突然人が消息を絶ったという記事が、やけに多いのだ。最初、確かミリアとアリスも、あたしのことを連続失踪の被害者じゃないかと勘繰っていた。実際はそういう訳ではなさそうだったが、それにしても多い。だてに連続の名を冠していない。
脳裏をふとよぎるものがある。しかしそれを捉えようとしても、ぼんやりと消えていく。しばしぼんやりとしていると、ミリアが「サボってる」とツッコんで来た。あたしは慌てて新聞漁りを再開する。
結局記事は見付からなかった。当たり前だ。新聞に載るようなことなら、あたしはこうして狙われたりしないだろう。がっかりという感想すらない。強いて言うなら、連続失踪はここまで酷いものだったのか、という驚きはあった。だけどまあ、たぶん関係ない。
アリスと図書館で別れ、あたしたちは家へと帰る。その道すがら、ミリアはふっと、漏らした。
「ねえ、魔法って、凄いんだね」
どうしたの、と問うと、彼女は力なく笑って言った。
「魔法に関する記事、結構あってさ。見てて、辛くなっちゃって。アリスの前では堪えられてたんだけど、なんか、さ」
あたしは歩みを止めた。確かに、魔法がないと、戦場で生き残るのは実際、厳しいものがある。いくらアリスと助け合えると言っても、最低限の実力がなければやはり、その道は途方もなく険しいものになる。
「あたし、迷惑掛けちゃうな、アリスに。魔法が使えない剣士とチームだなんて、大変」
ミリアはひとつ伸びをして、それからいつもの笑顔に戻った。
「さ、帰ろっか」
さて、戻って来たあたしにはひとつ、やるべきことがある。晩ごはんやらお風呂やらを済ませ、ミリアと共に布団に潜る。その間、ミリアはいつも通りだった。だからあたしもいつも通り過ごしていた。やがて彼女が眠りに就いた頃、あたしは起き出す。
部屋ではまだ、ママさんが皿を洗っていた。あたしはその背後から声をかける。
「ちょっといいですか」
「どうしたの」
「ミリアの、ことです」
「ミリアがどうしたの」
「とぼけないでください。知ってたんですよね、初めから」
明らかに、彼女は知っていた。魔法を使おうとしたミリアに起こりうるであろう、この悲劇を。そうでなければ、あのタイミングで支えになってあげてだなんて言わない。
「ミリアは、魔法が使えない。わかってたんですよね」
彼女は、その手を止めこちらを振り向き、諦めたような表情で頷いた。
「こんなにすぐにわかるとは思ってなかった。アリスちゃんよね。さすが」
ため息。あたしは問うた。
「どうしてわかるんですか、使ってもないうちから魔法が使えないだなんて」
ママさんは首を振る。あたしは彼女に詰め寄った。
「あなたには、ミリアが魔法を使えないと確信するだけの理由があった。それを承知で、ミリアには黙っていた。戦士コースにまで進ませた。
どうしてですか」
彼女は、首を振る。それから言った。
「確かにあの子は自分で魔法を使うことは絶対にできない。少なくとも、今のところはね。だけど、もうしばらくでできるようになる」
「そう断言する理由は?」
「あなたは、たぶん知っていたんじゃないかと思うの。原理的になし得るはずだったのは間違いない。それが実用化されるまではもうすぐだと聞いていた。少なくとも、ミリアが使えるようになるには。
……でも、本当は違う可能性がでてきた。あなたの消された記憶の中にも、それは紛れ込んでいるんじゃないかしら」
「なんなんですか!」
じれったくなって、あたしは叫ぶ。彼女は小さく、呟いた。
「魔力を預け、持っている者が自由にそれにアクセスできるようなアイテム。生き返りを可能にするためには、人間が持ちうる量を超えた魔力が必要なのはわかるでしょ? それを貯蔵できるアイテムが、できあがっているということよ。生き返りが実現しているのならね」
魔力を預ける。蓄えられた魔力には、自由にアクセスできる。
それが実用化されていたとするならば、魔法を使うこと、それ自体は可能になるのだ。
「なんで、そんなことを知っているんですか」
「まあ、いつか言うことになるとは思ってた。あたしはね、魔法を研究してたから」
「……ごめんなさい、本、見ました。そうでないと、理由がわからないぐらいに、たくさんの本を」
「そっか。それなら話が早いよ。あたし、魔力移植の研究をしてたの。アリスちゃんとこの研究所で」
「……そうですか」
「お願い。あなたには、ミリアの傍にいて欲しい。それがしっかりと、使えるようになるまでは」
「わかりました。ミリアのことは、あたしも好きですし」
「ありがとう」
ママさんが、ほっと肩を撫で下ろした。
さて、と部屋に戻って考える。ママさんは、生き返りの魔法について知っている。それ自体が、研究所の中でもそれなりの地位を築いていたことを証明している。
そして、過去形という表現の裏には何があるのだろうか。今はこうやって、カフェをやっている。その理由はどこにあるのだ。どうして、やめたのか。魔法について嫌気がさした訳でもなければ、ついて行けなくなった訳でもない。体や心の不調というには、ママさんはしっかりと働けている。やめる理由が見当たらない。
強いて言うなら、ミリアの存在はある。子育てに専念したいのかもしれない。けれどそれでも、どことなくしっくりいかない。ミリアが魔法を使えないことを事前に知っているという事実が、そういうシンプルな答えを阻害する。
不在の父親。魔法を使えないミリア。魔法研究をやめたママさん。一体、どういうメカニズムが働いたのか。
ひとまず息を吐く。こうやってひとりで考えていても埒が明かない。ミリアには話せないけれど、アリスに話そう。きっと、彼女ならこの謎を貫く物語をひもといてくれる。
○
目を覚ます。日課の特訓をこなして、学校へ向かった。朝のごたごたの間中、ジルの顔色は暗かった。どうしたの、と聞いても答えてくれない。
「教えてよ、あたしとジルの仲じゃない」
「ごめん、だからこそ、話せない」
ジルは、隠し事が上手くはないらしい。何もない、を貫けない。そしてそれは、あたしの心に影を落とす。あたしには話せない。
それは、魔法が使えないから?
違う。わかっている。ジルはそんなんじゃない。それでも考えてしまう。どうしてって。どうして、あたしは駄目なのだ。そしてその原因を、魔法に求めてしまう。違うのに。わかっているのに。
登校中も、アリスと出会っても、そのもやもやは消えてはくれなかった。助け合えるのに。それでも、比べてしまう。あたしは駄目なんだって、思ってしまう。
魔法が使えないから。あたしに、魔力がないから。
授業は退屈だった。いつものことではあるけれど、なんだか今日は、やけに脱色して見えた。視線を彷徨わせながら、昨日見た新聞記事について考える。ありえない程多かった失踪事件の記事に辟易した記憶を呼び覚ましながら、ふと気付く。
そういえば、失踪事件の話を全然聞かないな。
あれ、と思う。あの日、ジルを拾った日、あたしたちは確か、先生からこの近辺で失踪が起こったと聞かされた。それから続報は一切ない。あたしが新聞を見ないからかもしれないけれど、全く聞かない。
え、どういうことだ。ジルは失踪の被害者ではない。それはほとんど確実だった。明らかに、ジルひとりを狙ったものなのだ。そのことはわかっている。だけどそれでも、ジルが来てから失踪は起こっていない。
結び付けていいのか。そんな安易に。ジルは、そんな人じゃない。
記憶をなくしている、今は。
背筋が凍る。そんなことありえない。人を何人も失踪させるだなんてたいそれたことができる訳ないだろう。いくらジルが、魔法も運動もどちらも卓越したものを持っていたとしても。
それでも、そんな発想をしてしまった自分自身が悔しくて、あたしは唇を噛んだ。
昼休み。今日もまた三人で食べようと立ち上がると、「魔法も使えないのに」という笑い声が微かに聞こえた。
え、とあたしはその笑い声の方を見やった。ルミアの取り巻き。言葉を失い、助けを求めるように周囲に視線を彷徨わせる。その瞬間、小さな、けれど確かな声が聞こえた。
「違う。あたしたち、魔法だけじゃない。もう、三人とも友達だから」
あたしはそちらを見、それからジルを振り向いた。彼女も驚いたように、そちらを見つめている。
「ア、リス?」
ジルがそう、小さく呟いたのが聞こえた。それを知ってか知らずか、アリスは逃げるようにあたしたちを屋上へと連れ出した。
「凄いよアリス! ありがとう!」
興奮を隠さずに言った。アリスが照れたように言う。
「あ、ありがと。思ったんだ。あたしもしっかりしないとって。頑張らないと、って」
「え」
あたしは思わず、言葉を切る。一瞬の間。二人とも不自然には思わなかっただろう。あたしは慌てて話題をジルのことにすり替えた。
進展は、全くなかった。
アリスが頑張る理由。あたしも、と頑張る理由。それはあたしのせいだ。あたしが魔法を使えないから、アリスも頑張らないといけない。そういうことだ。その考えだけが脳裏を駆け巡り、ただひとつ、友達という言葉の響きだけを頼りに、あたしは二人の会話について行く。それがなければ、たぶんあたしは溺れていた。ほとんど確信的に、あたしはそう思った。
そして、その友達を疑ってしまう自分を、よりいっそう恥じた。
△
ジルと二人だけになるタイミングは、全くと言っていいほどなかった。あたしとミリアは、ほとんど常に一緒にいる。強いて言うなら昨日の昼は別行動させられたけれど、そこ以外は常に。
ため息を吐く。アリスと二人だけになるというビジョンが全く見えなかった。どうやって相談しようか。確かにあたしたちは友達で、一緒にいたい。対外的にもだし、本心でもそう思っている。けれど、本心で思っているからこそ、離れないといけないタイミングもあって、だけどそれを作れない。
どうしようかと思いながら、今日もまたミリアの家に集合した。もう、とっかかりすらも見えないけれど、それでも探るべきは生き返りの件だ。その方針は変えなくていい。というより、変えられない。他に気になるミリア一家の謎は、ミリアを巻き込まざるをえない今、調べようがない。アリスの家については調べさせてもらえないし。
けれど、何かそれに関して調べる方法と言っても、手詰まりになってしまった。あたしたちは今、八方ふさがりだ。
進みもしなければ踊りもしない会議を終えて、あたしたちはアリスを送り出す。本当に、何もなかった。
ママさんは、あんな話をした後だというのに、こちらも何も変わらなかった。ミリアに気取られないようにだろう。そしてそれを了解しているあたしも、それに乗っかって演技する。ミリアは気付いてはいないようだったけれど、どことなく暗い表情をしている。どうしたの、と水を向けても彼女はなんでもないとしか言わなかった。
○
昼間浮かんだ疑念は、あたしの中にしつこくはびこり続けていた。しつこい程に報じられていた失踪事件のことを全く聞かないのは一体どういうことだ。
何か隠していることは隠せなかった。けれど、それでもいい。中身さえ気取られなければ、最悪魔法の件だと言いくるめられる。だって、こんな疑念もそういう劣等感のせいなのだから。それさえなければ、こんな風にジルを疑うことなんてないだろうから。本当に、魔法のせいなのだから。
そして、そんな疑念を笑い飛ばすために、早起きしたあたしはママに相談を持ちかけた。カフェの準備をしているママに向けて、あたしは問うた。
「ねえ、最近さ、連続失踪事件って起こってる?」
起こってるよ。そう言ってママは、「でも調べちゃ駄目」と続ける。それであたしはわかってると答える。それでいい。それでよかったのに。
それなのにママは、こう言った。
「ああ、最近聞かないよね。でも、どうしたの」
「なんでも。剣の練習行ってくる」
あたしは剣を取り、家から駆けだした。
道中では湧き上がる疑念を抑えきれない。違うのに。わかっているのに。それでもあたしの中に、疑念は膨れあがっていく。
「どうしちゃったのよ、あたし」
そう自分に問い掛ける。答えはない。原因はわかっている。それでもあたしは、答えられない。認めたくない。
魔法が使えないことぐらいで、あたしはこんな風に友達を疑ってしまうような最低な奴だなんて、絶対に。
練習にも身が入らず、ぼんやりと時間を過ごしている内に、人の気配が増えてきて、あたしは家へと戻った。ジルももう起きていて、変わらない顔でママの朝の作業を手伝っていた。
やっぱり、と思う。やっぱり、ジルはそんな人じゃない。例え記憶を失う前のジルがどんな子だったとしても、絶対に。あたしは首を振り、それから朝食の配膳を手伝った。
△
朝のごたごたの間、ミリアの暗い顔は、ずっとあたしを避けていた。本人は気付かれていないつもりだろうけれど、なんならミリアは自分でも意識していないかもしれないけれど、それでもあたしを避けている。どうしてだろうか、と思うが思い当たる節もなく、気のせいじゃないかと無理に自分を納得させて、あたしは学校に向かうまでの時間を過ごした。
通学路でも、そこには奇妙な沈黙があった。他愛もないことを話そうとはするけれど、いつもは続く話題が、今日は途切れがちだった。
アリスと出会ってからも、それは変わらなかった。もとが寡黙なアリスは、確かに話の盛り上げ役には適していないかもしれないけれど、それでもどことなく、この沈黙は奇妙だった。
授業はつつがなく進む。あたしはミリアの方を見るけれど、彼女は男友達とわいわいやっていた。授業中だと先生にたしなめられしゅんとするその様に、今朝の沈黙の気配は見られない。
けれど休み時間、彼女がこちらに来る気配はなかった。
「どうしたのよ、ミリア」
昼休み、あたしは正面切って彼女に尋ねた。彼女はなんでもないよと首を振る。アリスが事情もわからずなのか、小さくなっている。あたしはけれど、上手く説明できる気もしなくて、とりあえずそれはスルーすることにした。
「なんか、変だよ。あたし、さんざんお世話になってるんだ。手伝えることがあるなら手伝う。隠さないでよ。ミリアが悩んでるなら、あたしは力になりたいの」
記憶をなくしたあたしを支えてくれたのは、もちろんミリアだけではないにせよ、彼女はずっとあたしの傍にいてくれた。不安とか、そういう感情を心の内に抱かずに済んだのは、隣にずっとミリアがいたからだ。
もしそれが悩んでいるのなら、例え今、彼女について調べたいと思っていたとしても、彼女の来歴に不審な点を見出していたとしても、それでも支えてあげたい。まごうことなき本心だった。
「だからなんでもないって言ってる。大丈夫。わかってるよ。ジル、友達だからさ」
それなのに、彼女は言う気はないらしい。今ここで口に出して"友達"を確認するということは、裏を返せばそこすらも不安になっているということだ。
友達。関係性こそ特殊ではあるけれど、自惚れてもいいのなら、そう形容しても問題はないと思っている。少なくともあたしはそう信じているし、ミリアも信じたがっていると見ていいだろう。そうなれば、互いに友達だと思うのであれば、それは友達ではないのか。
あたしがミリアのことを友達だと思っていない、そんなそぶりは見せてない。そんな感情なんてないのだから。もしミリアがそう思うとしたら、何か外力が働いている。そして、そんな外力を及ぼそうとする奴なんて、ひとりぐらいしか思い浮かばない。
あたしの中に、ひとつの像が実を結んだ。
放課後、あたしはひとりの少女と対面していた。呼び出したのはあたしだ。もう、確かめずにはいられなかった。あんな風に変なミリアはもう、一秒だって見たくない。
「どうしたの、話題の転校生さん」
「ミリアに何言った」
彼女は何も答えない。ただ、あたしを不思議そうな目で見つめるだけだ。
「答えて。ミリアに何を言ったの」
「何も言ってないよ。あなた、ずっといるじゃない、ミリアと」
「いい加減にして。あなたぐらいしかいないのよ。例え他の女子だったとしても、大本を正せばあんたに行き着くよね、ルミア」
「何の話かまったくわからないんですけど」
ルミアは、心底疑問だというように力強く言い切った。けれど、そんなものに何の意味がある。わかっているはずだろう。あたしはそれを知っている。誤魔化そうとするな。
内側から込み上げてくるものを必死で抑え付け、あたしは言葉を絞り出す。
「あんたは、露骨にミリアを外そうとしてる。魔法という隙を見付けて、大喜びでね。自分より剣が上手い奴をはみ出し者にするチャンス。女王様にとって、活かさない訳にはいかないものね」
「何のこと? あたしはただ、魔法が趣味だって言い切るあなたたちの話について行くのは、ミリアにとっては酷じゃないかと思っただけなんだけど」
声の調子は変わらないが、彼女は軽く、髪に手を触れた。嘘を吐く時に、人は何かしらのモーションを取ることが多い。きっとこれが、彼女のそれだ。綺麗な髪をしている。その裏でミリアに何を言ったのか。
「魔法なんか関係ない。あの子はあたしの、いとこだし、アリスの親友だ」
彼女は興味なさげにふうんと呟いた。
「とにかく、あたしは何もしてない。あの子の被害妄想だよ、何か言われたんだと思ってるとしたら」
ぬけぬけと。あたしの中で、ふつふつと怒りが湧いてきた。外そうとしている。それはどこからどう見ても事実なのだ。何も言っていないだなんて、どの口が言うのだ。
あたしは彼女につかみかかる。抑えろ、まだだ。そうは思っているけれど、体が勝手に動いた。
「いい加減にして。あんたのせいなの」
「そうやって言いがかりつけてくるのはいいけどさ、証拠はあるの?」
彼女は呆れたように、そうやって言った。その証拠という単語が、あたしを正気に戻した。状況証拠は、ある。だけど直接的な証拠は何もない。今殺しても、なんの解決にもならないだろう。証拠を突き付けなければ意味がない。
「ごめん、先走った。順序が逆だね」
「まあ、出て来ないから順序も何もないけどさ」
彼女は笑みを消した。
「バーカ」
そうやって、小さく、ルミアは囁く。あたしは「どうも」とだけ返した。
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