第12話 俺は「天秤の左右」を手に取った。

  ◆


 しばしの沈黙がおりた。そのあたりが絡むのだとすると、確かに一介の戦士や魔法使いには介入できない。それと同時に、ゾーイの実力をも、余す所なく理解した。

 彼女には恐らく、この国を捜しても敵う人はそういない。それ程の実力者なのだ。この歳にして。

 ふと思い立って尋ねてみる。

「本当に、ラーニャと同い年なのか?」

「あ、それは本当ですよ」

 彼女の口調からは、嘘の気配は感じなかった。寂寥感やら、そういう感情は一切抜き。淡々と、事実を述べるという口調。

「あたしのことは心配しなくていいですよ。いろいろと諦めてます。あなたもそうじゃないんですか?」

 俺に向け、彼女はそう問うた。それをされてしまうと、俺はもう何も言えなくなる。俺だって似たような境遇だが、現状に不満がある訳ではない。

「わかった。それなら、じゃあ今俺たちがやるべきなのは、あの少女からラーニャを護ること、って訳だな」

「それと、できれば捕まえたい。けりをつけられたら、それが一番いいから」

「なんで、なんであたしだったの?」

 ラーニャは、ゾーイにそう問うた。ゾーイはしばし考え込み、それから答える。

「あの学校の中にいるのはわかってたから、辛抱強く捜すつもりだった。たまたま、すぐに見付かっただけ」

「他にも生き返った人はいるのに、あたしを選んだのはどうしてなの」

「あの辺りで、別の事件が起こったから。今あの子が狙ってるのはこの辺りだって気付いた。この辺に複数人いることはわかってたから」

「じゃあ、偶然だったんだ」

「半分ね。でも、ラーニャと魔法の話をして楽しいって思ったのは事実だよ。同年代でこれだけついて来てくれたのは、あなたが初めてだったから」

「そっか。よかった。ゾーイ、でいいの?」

「うん。これはあたしの本名だから」

「わかった。ゾーイ、これからよろしくお願いします」

 ラーニャは改めて、頭を下げる。俺もそれに続いた。ゾーイは慌てて手を振る。

「大丈夫だよそんなにしなくても。こっちこそ、よろしく」

 ゾーイは小さく微笑んだ。それに釣られたのか、ラーニャも破顔する。

「それで、ここはどこだ?」

「……あたしの家です。ラーニャたちの家は割れてるから、もう戻れないかなと思う」

「それなら、しばらくはここにいることになるんだな。よしわかった。ラーニャ、俺が家からいろいろ持ってくる。服とか、食材とか。ラーニャはしばらくはここでゾーイと一緒にじっとしててくれ」

「わかった。ゾーイも、それでいい?」

「大丈夫。ニールさんは狙われないはず」

 俺は立ち上がる。頭の中では今やるべきことがリストアップされていた。ラーニャを危険に晒さないように、あの少女を捕まえる。ラーニャが絡んでいる以外は、やっている内容は普段の仕事とそう変わらない。まずは……。


  ◆


 ゾーイに渡された地図を頼りに家へ帰り着く。昨日あんな騒ぎがあったから、少しは騒ぎになっているかと思ったけれど、何もなかったらしい。帰って来た頃には沈静化していたということかもしれない。いずれにせよ、俺はすんなりと家へと戻れた。かばんに五セットのラーニャの衣服と俺用の服何着か、それから寝袋を用意し、後は詰め込めるだけ食材を詰め込んだ。腐らせるのももったいないし、ひとつの仕事にかかずらっている間は別口の稼ぎもないだろう。食材を持って行くのは決してマイナスではないはずだ。

「とりあえずはこんなもんかな」

 魔法の本には事欠かないだろうし、武器はもう持ってある。また何かが必要になれば、その時に取りに帰ればいい。

 重たいかばんを背負い、俺はゆっくりと歩き出す。ルートはもう覚えた。戻ってみると、見覚えのある理由がはっきりした。

 この間言ってた、旨い飯屋だ。残念ながら閉まっていたあの店は、確かにここだった。


  ◆


 戻ってみると、ラーニャは案の定、うずたかく積まれた魔法の本に魅せられていた。ゾーイの手ほどきで、いろいろと読み進めてみたらしい。

「手応えあるって感じ。ひとりじゃたぶん無理だよ、これ」

「でも、ラーニャもセンスあるよやっぱり。もっと特訓すれば、たぶん、今のあたしに並べる。もちろん、あたしだって成長するから、追いつけるとは言わないけど」

 そう言っていたずらっぽく笑う姿に、ようやく俺は彼女の年相応を見た。魔法に対する自負は、かなりのものらしい。

「それはよかった。さてと」

 俺はかばんを下ろし、それから中身をいろいろ取り出す。

「とりあえずはこんなもんだ。食材も、まだしばらくは持つと思う」

「ありがとう、お兄ちゃん」

 ラーニャは自らの服を手に、嬉しそうにそう笑った。それからその表情を真顔に戻す。

「やるべきことは、あの子の逮捕、だよね」

「そうなるな」

 頷く俺に、ゾーイも続いた。

「もう、あなただってことは気付かれた。お互いにね。向こうは、それでもたぶん、ラーニャを狙うはず。この辺りには他に生き返りがいるという記録がない。少し離れるぐらいなら、たぶんこの近辺に留まることを選ぶ。あたしが、あの子の立場でも。絶対に負けない。その自信があるはずだから」

 今まで完璧に成し遂げてきた、確かな実力。それに裏打ちされた自信がある故に、今回もラーニャに固執するという推測は、もっともらしく聞こえた。それなら、と俺はため息をともに零す。

「絶対にやりたくはないけど、あいつを捕まえるってことだけに重点を置くなら、ラーニャを囮にするのが一番手っ取り早い訳だ」

 ラーニャも、悲しげな顔でうつむいて、それに同意した。

「そうなるよね、やっぱり。あれに対して、囮か……」

 絶対に護るから。気休めでそう言うのは簡単だけれど、ゾーイと張り合う程の実力の持ち主なのだとしたら、俺たちで護りきれるかと言われると、一抹の不安がよぎる。ゾーイはいるにしても、俺という凡人がいたところで、誤差にしかならないような気もするのだ。

「なるべくなら、他の方法を考えたい。少なくとも、ラーニャを狙ってる間、他の人が狙われる可能性はないんだな?」

「それは、たぶん大丈夫です」

「面倒なら敬語は略していい。とりあえずは、ラーニャを護ることに専念しつつ、作戦を考えよう」

「うん、そうなると思うよニールさん」

 早速ゾーイは丁寧語を取った。俺はふうと息を吐く。ラーニャはまだ、うつむいていた。

「ラーニャ、暗い顔するな。大丈夫だ、一回逃げ切ったんだからさ」

「え? ああ、暗い顔してるように見えたのか。違うよお兄ちゃん。考えてただけ。どうするのが一番なのかなって。

 考えたんだけどさ、ゾーイ」

 ラーニャがゾーイを見据える。ゾーイは不思議そうな目でラーニャの方を見返した。

「あたしに、魔法を教えて。あの子とも戦えるとまではいかなくていい。あなたがあの子と戦うのを、サポートできるようになるぐらいまで。

 囮になってもいい。でも、あたしも自分である程度はなんとかできるようにしておきたい。だから、ゾーイ。お願いします。あたしに、魔法を教えてください」

 ラーニャが頭を下げる。ゾーイはしばらくの逡巡の後、こう答えた。

「あたしは、厳しいよ。厳しい修行しか知らないから。それでもいい?」

「もちろん!」

 ラーニャは勢い込んで答えた。俺は俺で、思考を巡らせる。囮戦法しか思い浮かばなかった場合や、何かを思いつく前に向こうにアクションを起こされた場合は、ラーニャを安全なまま戦うなんて不可能になる。その際に、ラーニャの魔法が今よりさらにグレードアップしていれば、純粋に戦って勝つことも可能になるかもしれない。これは虫が良さ過ぎるにしても、追い返すのはもっと楽になるだろう。

「じゃあ、俺はその間に、いろいろと調べてみていいか? なんであの子が生き返りばかりを狙って殺害し、跡形もなく消してしまうのか。それを暴けば、何か手掛かりがあるかもしれない」

 ゾーイはしばらく時を止め、それから首を横に振った。

「動機が手掛かりになるとは思えない。次狙う人も、方法もわかってるんだから。戦法を考える以外にはやれることはないと思う」

「それもそうか……」

 けれど、いろいろと据わりが悪いものを感じてしまう。生き返りなんて極秘事項を、犯人のあの少女も知っているはずなのだ。その原因はどこにある。そう考えてしまう。

「重要なのは、いかにしてラーニャを護ってあの子を捕まえるか。それ以外の情報は、あっても邪魔なだけだよ」

 まだ考え込む俺に、ゾーイはそう言い放った。

「だから、あの子の動機は知る必要がない。重要なのは、あの子が魔法に堪能で、ラーニャを狙ってるってこと。あたしとラーニャの力を合わせても、勝ちはできても捕まえられるかどうかは微妙なライン。そういう情報だけ」

「わかったわかった。そういう情報は、捕まえてから吐かせればいい、ってことだな」

「そういうこと」

「じゃあまあ俺は、作戦だけ考えてるわ。ラーニャ、頑張れよ」

「もちろん」

 力強くそう言い切ると、ラーニャはゾーイと二人、部屋から出て行った。後にひとり残された俺は、しかしふと思い立って外へと出かけることにした。あの少女の強さの片鱗を見ることすらできない俺に、何かいい作戦を思いつけるとは到底思えないし、それはゾーイもわかっていることだろう。それなのに、そこを俺に任せようとしたのには何か意味がある。そんな気がした。

 確信、と心のノートに書き留める。

 ゾーイは、ただの賞金稼ぎじゃない。もっと深く、彼女に関わっている。


  ◆


 何につけてもまずは、資料を漁るのが先決だ。魔法研究所が俺ごときに貴重な資料を提供するとは思えない。だったら品質面では劣るかもしれないが、図書館で本を漁ってみるのが今とりうるベストな方策だろう。

 連続失踪に意識を向けながら新聞記事を拾い読みしていく。得られた情報は、いつ頃、どの辺りで、誰が消えたのか。それだけ。生き返りだなんて共通項は、どこにも見当たらなかった。それはそうだろう、ラーニャは、俺にも話していなかった。たぶん、口止めされているのだ。生き返ったなんて言ったら、周りがどう反応するのか。想像に難くない。秘密にしていたかったであろう研究所サイドの思惑もあるだろう。誰もその大きな共通項に行き当たれなかったとしても、仕方のない話だ。

 失踪、というのも考えてみれば不思議な話で、あの攻撃には明確な殺意を感じた。殺して、跡形もなく消失させているのだろうか。それとも肉体はどこかに残されているのか。

 死因から犯人に迫ることも不可能ではない。ラーニャやゾーイが凄いと言うような魔力で殺害したのなら、犯人はそれほどの魔力を持つ者に絞られる。そう多くはないだろう。そういう証拠を残さないための失踪。ありえない話ではない。もし死体に用があるのだとしたら……そこから先は、たぶん俺にはわからない話だ。

 今回は、各々の事件をあたっても余り意味はない。もう既に共通項は見いだせているし、どれだけ上手く探ったとしてもそれ以上の情報は得られないだろう。被害者の中に知り合いはほとんどいない。それは恐らく、ラーニャにも。生き返り以外の共通項が見付かるとは思えなかった。

 生き返った人間を殺すことで、彼女に一体何のメリットがあるのか。このまま調べるのならば、そういう観点で調べなければならない。だとすると、と俺は魔法書のコーナーへと足を運ぶ。そのものずばりでそんな秘術をタイトルにつけた本は、あいにく見当たらなかった。本を適当に開くが、言及がありそうな本はなかなか見当たらなかった。時間との兼ね合いもあり、今日の探索は断念することにする。


  ◆


 拠点に戻り、あの魔法書の部屋を覗くと、すっきりと整頓されていた。ラーニャが俺の姿を認めて振り返る。

「あ、お兄ちゃん」

「どうしたんだ?」

「あたしが寝る部屋を開けようと思って。ここのベッドがないと、この家で三人は寝られないから」

「それに、散らかった部屋で勉強する気にもなれないしね」

 ラーニャがゾーイの言葉を補足する。俺はなるほどね、と辺りを見回す。あれ程の本がどうやって、という程、見事に本棚に大半が収められていた。

「お疲れ様。なんか料理作るよ。二人は休んでて」

 俺はそう言って、部屋を後にした。背後から、「ニールさん料理できるんだ」と声が聞こえ、ラーニャが誇らしげにうんと笑う声が続く。俺は微笑をたたえつつ、階下の広いキッチンへと向かった。


 道具がいいと、料理も上手く行くということだろうか。家でやるよりも強い火力でする料理は、いつもより上手くまとまった気がする。今はともかく、昔は飯屋をやっていたというだけあって、料理をするという面においてはかなり恵まれた条件だった。

 二人を呼び、三人で料理を囲む。ラーニャが一口食べるなり、「おいしい」と呟く。

「いつもよりおいしいよ、これ」

「やっぱりな。火力の調節がしやすくて」

「確かに、おいしいな。でも昔、ここを使ってた人の料理は、もっとおいしかったよ」

「そうなんだ。食べてみたいな」

 ラーニャのその無邪気な声に、ゾーイは無言を貫いた。その表情はしかし、少しだけかげりを帯びる。やっぱり、と俺は確信を深めた。この家をただ拠点として使っているという訳ではなさそうだ。何か事情があって、ここにいる。

 沈黙を破ったのは、またラーニャだ。

「そういや、みんなどうしてるかな」

 みんなというのが誰を指すのか問うと、彼女は「一緒に調べてた友達だよ」と返す。

「あたしたちが急に行かなくなったら、みんな心配するんじゃないかなって」

 その声に、あっと絶句したのはゾーイだ。彼女は頭に手をやる。

「忘れてた……。仕方ない、明日からまた、二人で一緒に行こう。誰よりも早く」

「一緒の所から来たってバレないようにだね。わかった」

 脳内でシミュレートする。もしその最中に襲われたなら。その時はゾーイがいる。たぶん、太刀打ちはできるだろう。

「わかった。ラーニャ、絶対にゾーイから離れるなよ」

「わかってるよそのぐらい」

 ラーニャの不満気な声を聞き遂げると、俺はゾーイに向き直る。

「今現在、俺じゃ何もできそうにないし。あんな魔力の強い奴、俺が何か考えた所で上を取られて負けるだけなんだよな。何もしないってのもあれだし、俺は狙われる訳じゃない。普通に、仕事でもしてていいか」

「それもそうか。……わかった。それならいつも通り、仕事をしてて」

 もう食べ終えたゾーイは、そう答えると目を細めて何かを考え始めた。ラーニャはそれを一瞥し、それから俺の方を向いて話し始める。

「あの本をクリアしたら、絶対凄いよ。無事今回のこれを乗り切っても、あたし、ゾーイと一緒に勉強したい」

「ゾーイがそれでいいんなら、それもいいんじゃないか? まあ、忙しいだろうし無理かもしれないけど」

「なんだよね。もうひとりを育てる余裕はお兄ちゃんにもないし」

 刺さるものがないではないが、事実なのだから仕方ない。俺は苦々しい笑みと共に頷いた。ラーニャもわかってるよと笑う。

「大丈夫、仕方ないもん。それよりも、だけど残念なんだよね。あれだけの魔法の本をみすみす見逃しちゃうの」

「あげようか?」

 顔をあげたゾーイがラーニャにそう言う。

「いいの?」

「どうせ、もう無用の長物だし。誰にも読まれないより、誰かに読んでもらった方が幸せだよ、本も」

 ゾーイの表情はしかし、決して明るいとは言えなかった。ラーニャもさすがに気付いたらしく、大丈夫と問い掛ける。ゾーイは曖昧な笑みを浮かべ、頷いた。

 そんな話をしている内に、テーブルの上からは全ての料理が消えていた。


  ◆


 魔法書の部屋があてがわれたのは、なんと俺だった。ラーニャとゾーイを同じ部屋にしなければ、いつ襲われるかわからない今、危険だ。そして二人寝るスペースがあるのは、俺たちが最初に目覚めた部屋だというのだ。その主張はわかるが、ラーニャと今離れるのは不安もあるし、何よりも、この大量の魔法の本のありがたさがわからない俺をこの部屋にというのは、かなりナンセンスだと思うのだが。

 特にやることもなく、背表紙だけをぼんやりと眺めてみる。生き返りにまつわるような本が混ざっていたりしないか。そんな打算もあった。

 そして俺は、あるひとつの本を見付けた。「天秤の左右」というタイトルに、生と死の調和というサブタイトルが付いている。生と死という単語に興味を惹かれ、俺は「天秤の左右」を手に取った。


 ――


 神は、まず、世界を創った。時間と、空間。それらの座標の中に、神は、数多の星を生み出した。その内のいくつかに、生命体を生み出した。彼らは初め、黙々と繁殖のみを繰り返す、下等な生命体だった。次の命を生み出すと、彼らはすぐに消滅した。

 それを退屈に思ったのか、神は、彼らに永遠の命を与えた。するとその生命体たちは、延々と、それこそネズミ算式に増殖していった。

 彼らは、瞬く間に星を覆いつくし、やがてその星は、生命の多さに負け、すぐに限界を迎えた。神は時を巻き戻してそれを消すと、再び生命体を与えた。今度は、知恵、意志、そして感情を生命体に与えた。これにより、彼らは自己を持った。知恵でもって、過度な感情を抑制し、適切に保つ。意志によって、生命は自らの行動を決定する。そして、その指示を出すのは、やはり知恵だ。

 神は、それらに満足すると、この試験的生命体を「ニンゲン」と名付け、それからニンゲンの営みを観察することにした。

 ニンゲンは、初めは神の思った通りに動いた。適度に増殖し、彼らは空間の中に広がって行った。知恵を吸収し、意志で自らを律し、時折感情に任せて、誰かを想い、そして、子孫を残す。

 しかし、知恵の反動か、各々のニンゲンは、各々の利益を、つまり広い土地を追求するようになり、相互に傷付けることを、厭わなくなっていった。神は、これに腹を立て、それからどうすればいいのかと考え、そして気付いた。

 終わりがあれば、人は、命のありがたみに気付けるであろう。あって当たり前だからこそ、傷付ける。当たり前でなければ、終わりがあれば、相互に思いやるという新たな「感情」が芽生えるであろう。

 神は、再び生と死の概念を与えた。傷付ければ死に、年老いても死ぬ。その時、ニンゲンは命のありがたみに気付き、互いに傷付けあうことをやめたという。

 それに満足した神は、生と死の全てを司る神を生み出した。最初の失敗も、これで解決できると思ったのだ。増え過ぎて、どうにもならなくなれば減らす。減り過ぎて危険な水域になれば、増やす。彼らを天秤に置き、釣り合いをとらせる。生と死がいずれかに傾いた時、釣り合いを保つべくそれらが起こる。

 最初の神は、自らのアイデアに満足し、それからその傾向を受け継いだ数多の生き物を生み出した。同じばかりではつまらない。多くの種類がいればいる程、世界は面白いものになっていった。

 違う種族同士は、互いに食す。そうすることで、自律的に釣り合いを保つシステムを生み出し、神はそれを生態系と呼んだ。それに干渉することは基本的に避け、生き物たちがするに任せていた。初めに創ったが故に非力であったニンゲンは、次第に思いやりを他者との社会性に、知恵を技術へと発展させ、意志を社会性のための自律のための礎とするべく進化していった。

 その結果ニンゲン――人間は、他の生命とは比べるべくもない程の力を手に入れ、食物連鎖から外れた存在へとなっていく。

 その釣り合いを保つべくか、彼らは社会性から弾き出された仲間を殺した。そうやって、釣り合いは保たれて来た。


  ◆


 そこまで読んだ所で、月が雲に隠れ、俺は続きを読めなくなった。生と死の釣り合いを保つというメカニズムに関しての言及があったが、そのことが魔法と関係するとは思えない。魔法書の中にこれを置いてあっていいのだろうか。そんな風に思ったが、そういう体系に口出しする権利は俺にはないだろう。

 それよりも、生と死のバランスを保つ必要があるというその主張が、どことなく不思議なものに思えた。死がこの世から消えても、書かれているような無法地帯にはならないのではないだろうか。既に社会性が確立されているのだから。

 もっともこれは、死によって不当に苦しめられた俺の戯れ言なのかもしれない。判断はできなかった。窓の外を見やると、雲が晴れる気配はなかった。俺は仕方なしに、布団に潜り込む。

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