巡る季節に告げる言葉・三月の雪
プロローグ 朧月夜の三月
心焦がす
尊敬する
「シュン君……会いたい……会いたいの」
ぽつりと呟く言葉に込められた
暗黒が告げる時の拠り所は、黄昏と夕闇を抜けた月明かりの美しい晩。眠ることすら忘れた充希は、ふと顔を上げると見える、雲を溶かす
はっと思い出しスマートフォンを手にした充希は、メッセージアプリを開いて春夜の存在を探索する。文字の秘境に隠された
しかし、異変に気付いたのは再び手にしたスマートフォンのアルバムを開いた時。春夜との思い出に浸ろうと開いたアルバムの海の中、充希自身に身に覚えのない写真が含まれていた。サムネイルの一番下、最新の写真は充希の記憶を辿れば、間違いなく二月二八日に撮った春夜と自分のケーキの前でのツーショットだったはず。それがどういう訳か、春夜が一人で映る写真になっている。
春夜が誕生日にくれたペンダントはダイヤモンドが輝く雪の結晶。首の後ろの留め具を外し、雪の結晶をまじまじと見る充希は、それに秘密があるとは到底思えないばかりか、その輝きに春夜の瞳を思い出してしまい、再び視界が
「何もないじゃない……」
独り
「あれ、これって」
チェーンを裏蓋に引っかけてしまい、思わず慌てて直そうとするも、ベルベットが剥がれ落ちてしまう。壊したことに落胆をする以前に、自分の不器用加減を呪いつつ、蓋が戻らないことに充希は絶望をした。だが、ベルベットの裏にQRコードが印刷された紙がセロファンで張り付けられていたことに気付き、目を見開く。おぼつかない手でスマホのカメラアプリを起動して写すQRコードのURLは、春夜の動画がアップロードされたサイトだった。
『ミツキ、これを見ている頃には僕は旅立っているよね。うん。きっと、最後はちゃんと挨拶できないだろうから、こんな形でお別れを言うことになっちゃってごめん。あ、違うか。お別れじゃないよね。行ってきますのほうが正確かも』
ミネラルウォーターのペットボトルを飲む春夜は、唇を舐めて、少し長めの瞬きをする。言葉に詰まった彼の声色が、微かに裏返った気がした充希は、春夜のその姿に胸が詰まる思いを隠せずに
『まずは、お金の話。これは重要だからよく聞いて。
『僕が死んだら、僕の財産はすべて君に譲る。ニューチューブで得た収益と書籍の印税、それに昔出演していたイベントの収入が多少あるんだ。額はそんなにないけど、何かの足しにして欲しい。それくらいしかミツキにしてあげられることないから』
馬鹿、と呟いて春夜の映るスマートフォンを抱き締めた充希は、動画が停止してしまったことに我に返って、再び視聴を続ける。まるで遺書のような動画を残した春夜に怒りたい気持ちを抑えて、再び視線を落とした。
『ミツキ。出会ってからずっと、今まで君無しの生活は考えられなかった。だけど、ここでピリオドを打つよ。僕に構わず、君の人生を送って欲しい。僕が君の、君にとっての
耐え切れない、こんなの、こんなの耐え切れない、と喉が擦り切れて
『それで君が幸せになるなら、僕も幸せだから。本当に、ごめん。次に生まれてくるときは元気で何も心配しない身体で生まれたい。そしたら、ミツキのこと幸せにしてあげられるかもしれないのに』
深く息を吸い込んだ充希の肺が冷たい空気で満たされる頃には、動画を停止していて、吐き出す
すぐさま掛かってくる電話は、春夜のもの。応答のアイコンをタップして瞳を閉じ、鼻から吸った息をゆっくりと吐いて、充希はスマートフォンを耳につけた。
シュン君の馬鹿ッ!!
別れるなんて次に言ったら、絶対に許さないんだからッ!!
だから、だから、そんなこと言わないで。シュン君に捨てられたら、わたし、死んじゃうからねッ!!
わたしの人生はシュン君なの……。シュン君そのものなんだから。
その後、充希は毎日電話を掛けたが、彼の元に
春夜の手術に際し、マッチングテストの不適合という残酷な告知に何度も彼を電話口で励まし、ともに乗り越えた。弱音を吐かない春夜もさすがに心が折れてしまい、充希は自分が近くにいないことを心底悔やんだ。
————気付くと二年の月日が流れる。
白い壁の中で絶望する春夜に今すぐ会いたい。
ミツキがそう思う矢先、春夜が倒れた。そして、今夜が最後のマッチングテストだった。
悲痛な叫びを上げて、充希は祈る。神に。仏に。
————亡き母に。
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