夏浅し・零から始まる物語

 小さい窓から見下ろすこの小さな大地が、どれほど僕の胸を焦がし続けたか分からない。この地に舞い戻ることを夢見た二年半。マッチングテストでことごとく不適合を告げられる日々に、彼女の声は僕を何度も立ち上がらせた。永遠に続くのではないかと思われた白い壁に囲まれた部屋での生活は、僕の心を一度ならず何度もくじいた。だけど、その都度、彼女が僕の割れた心を繋ぎ合わせてくれる。




 ————やっと、やっと会えるね。




 先に帰国した姉さんは、弟の自分が言うのもおかしい話だけど、引退したあの頃よりも綺麗になっている。芸能界に復帰したらいいんじゃないの、なんて言ったら、それをきっぱりと否定した。今はアパレルとアクセサリーのデザインの会社を立ち上げたのだから、それに専念するのよ、と。夢を見て、それを叶えるまでに二年も要さなかったのだからすごいと思う。



 税関を抜けて、埃っぽい臭いに顔をしかめた成田の朝。幾つものスーツケースがベルトコンベアーに乗って流れてくる中で見つけた、傷だらけのスーツケースが僕の物だと気付くのには時間が掛からなかった。花鳥風月プリズムZのステッカーが貼られているそれを持ち上げて、キャスターを引いていく。高鳴る胸の鼓動は、僕の身体とシンクロしてくれて、今のところ不都合がない。医者も驚くほどに。



 待ち合わせの北ウィング到着ロビーに見えた姉さんと母さんの姿。それに父さんも。あれ、彼女がいない。



「シュン、お帰り!!」


「姉さんただいま! って二日ぶり……だよね」



 おかえり、と言ってくれる家族の中に彼女の姿はなかった。そんな僕の視線を見て苦笑しながら姉さんが言う。後ろだよ、と。姉さんの指差す方向に肩を、顎を、視線を向ける。視界に映る優しい光に包まれた彼女は、眉尻を下げながら微笑んでいた。


 栗色の髪をばっさり切ったショートカットの彼女は、少しだけ大人になっていて。湿原の雪化粧の中から顔を出す溝蕎麦みぞそばのような薄桃色うすももいろの頬。それに硝子玉がらすだまきらめく輝きが、出会ったころよりも一層輝いている。華奢きゃしゃな身体の前で指を組む彼女は、真っ直ぐと僕を見ていた。夏のむせ返るような湿度の中に咲き誇るかぐわしい花。そう、白い花柄のワンピースを着た彼女は、紛れもなく僕の最愛の姫。



「シュン君……シュン君……おかえ……り」


「…………うぅ」



 駆け出して抱きついてきた彼女を受け止めて、その髪を優しく撫でる。キスは頭頂部に。もうワンちゃんじゃないんだから、と僕の顔を覗く彼女の瞳が潤んでいた。なんで何も言ってくれないの、と言う彼女は、唇を固く結んで涙をこらえているよう。僕なんて、耐えることすらできなかったのに。溢れてくる涙を拭いてくれる彼女のハンカチがとても良い匂い。




 ————ミツキ……ただいま。




 やっと言ってくれたね、と言って泣き崩れる顔を両手で覆うミツキを強く抱きしめた。何度もただいまと言って。この温もり、感触、声、薫り、熱、すべてが愛おしい。触れれば壊れてしまいそうな華奢な身体と泣き虫なところはそのままに。会いたいと思う気持ちが、さらにミツキに対する愛情を深めたのかもしれない。抱きしめても満たされない心が叫ぶ。ミツキをもっと欲しいと。



「シュン君……かえっでぎでぐれで、ありがどう」


「もう、何……言ってるのか……分からないよ」




 ★☆☆




 芸能界を引退したミツキは大学生になっていた。すっかり倉美月家くらみつきけの家族の一員であるミツキは家から近い地元の大学に通い、さぞキャンパスライフを楽しんでいるのかと思いきや、どうやらそうでもないらしい。友達はできたものの、サークル活動などはせずに勉強に励んでいる。シュン君ががんばっているのだから自分も、というのがミツキの考えらしいけれど。


 大学で男子とは話さない、と決め込んでいるミツキは少し真面目過ぎる。それはいくらなんでも、と言ったら、駄目なものは駄目なの、と凄む。そんな会話をしながら、姉さんの運転するワンボックスカーで走る高速道路の先が、陽炎かげろうで揺らめいていた。



 家に着けば、そこは相変わらずの大正ロマン溢れる洋館で、夏の薫りに包まれた空の青さを押し上げるように、僕は両手を組んで伸びをした。庭の桜と梅は、僕が想像していたよりも大きくなっていて、時の流れを感じさせる。全く変わらない町の風景に安堵あんどの息を漏らす。急成長してハイテク都市になっていたら、なんて映画みたいなことは起きていなかったけど、和菓子屋のおばちゃんが店を畳んだことだけが残念だった。元気にしているのかな。



 ただいま、と上がりまちを踏みしめて歩く廊下の置時計は壊れたらしい。でも雰囲気があるからそのままにしておきたいと母さんは言う。また突き当りのゴシック調の棚の上に座すヴィンテージの人形が暴れなかったの、とミツキに訊いたら、案の定暴れ出して大変だったって。だから気を付けろと言ったのに、と言えば笑うミツキが冗談だよ、と。


 木の薫りが鋭く感じる夏の昼下がり。ミツキは冷蔵庫の中をチェックして、足りない食材をメモに書き留めていく。ビールが残り二本で、お肉が今日までです、あ、牛乳がないですよ、と。そのメモを受け取ったねえさんは、行ってくる、と言って再び車に乗り込み出かけていく。その様子は倉美月充希と言わんばかりで、姉さんの妹そのもの。



「シュン君。お腹空いた?」


「うん。少し」


「待っててね。今作るから」




 手際よく野菜を刻みフライパンで炒る後ろ姿は、僕の知っているミツキよりもこの家に馴染んでいて。あっという間に作った野菜炒めを摘まむと、その味が姉さんのものに似ていることに気付く。月に一度の帰国をしていた姉さんが、ミツキのことを気にかけてくれていたのかな、なんて思うととても嬉しい。




 ダイニングテーブルで向かいに座ったミツキが頬杖をついて僕を見つめる。その瞳は言葉を待っているのかな、なんて思う。だから告げる。すごくおいしい、って。



「ねえ、シュン君。本当に元気になったの?」


「うん。先生が上手くいきすぎてびっくりするくらい。なかなか僕みたいな人はいないんだって。だから、その……ミツキ、ありがとう」


「ううん。わたしね、本当に嬉しいの。シュン君が無事に帰ってきてくれて。シュン君さえいてくれれば何もいらない、なんて思っていたけど。でも、顔を見たら、今度は長生きして欲しいって思うようになっちゃった」


「なにそれ。おじいちゃんに言う台詞じゃない」



 ミツキが噴出ふきだすと、僕もつられて笑い出した。ミツキがいれば何もいらないと思っていた僕も欲張りになっていく。ミツキが今以上に幸せになること。これに尽きる。




 ☆★☆

 



 翌日から僕とミツキは旅立つ前に約束した通り、季節を巡る第一歩として紫陽花を見に来た。まさか新之助がいたりして、なんて話していたけど、新之助どころか誰もいない。いや、いるのかもしれないけれど目視できない、と言った方が正確だ。


 霧の立ち込める森は、陽の光すら遮ってしまう。その様子はまるでスモークマシーンの煙に当たるレーザービームのように、風をいろどっていく。にじむような湿度の熱気に思わず手うちわをする。ミツキの手を握り、離れたらもう会えなくなっちゃうよ、と大袈裟に言うと、握り返す手に力がこめめられた。それは嫌、絶対に嫌、と冗談として受け取らなかった様子。離れるという言葉に敏感なミツキは、手を握ったまま僕の腕に抱きついてくる。そんなミツキが可愛くて、思わずその頭を撫でた。もう、わたしのこと本当にワンちゃんだと思っているでしょう。



「ねえ、こんなに霧が出る森ってめずらしくない?」


「うん。幻想的で運がいいよね。あ、ここでミツキの写真撮ったよね。子供に見せるとか言って」


「よく覚えているね。今でもアルバムに入れて大事にしているよ。あの時はミツキノミコト様だって教えてくれないんだから。ねえ、今日も撮ってくれる?」


「うん」


「あとね、今日はわたしも撮るの。ますますかっこよくなったシュン君を」


「うん、は? ええ?」


「だって、髪の毛アッシュに染めたんでしょ。ダンス復帰するのに」


「……うん」



 あ、この紫陽花くん達と一緒に撮りたい、と言ったミツキをフレームに収める。花神楽美月はなかぐらみつきは世の中から消えてしまったけれど。僕の目の前でポーズを決める彼女は、紛れもなく花神楽美月だった。今でも鋭い視線とやんちゃな仕草は、ミツキが演じていると分かっていても僕の心を射抜いていく。そして、カメラをバトンタッチしたミツキは別人のように陽気になった。ああ、もっと右右、あ、左、いいね~いいよ。どこかのエロ写真家か、とツッコミを入れると、バレたか、って。



 紫陽花の森に隣接する蕎麦屋に入ると、すぐに座敷に案内された。オーダーを取りに来たおばちゃんに、新之助は元気ですか、と訊いてみる。今は大学サッカーに打ち込んでいて、静岡に行っていると教えてくれた。園部三和子とは遠距離恋愛をしているらしく、きっと辛い日々を送っているのだろうと思うと、少し胸がちくり。顔を見合わせたミツキが僕の手を握ってくれる。ミツキの相変わらずの読心術。



「シュン君。そういえばね、朱莉あかりちゃんと連絡取ってる?」


「いや。旅立つ時にメッセージ来たから返したきり。なんで?」


「朱莉ちゃん、彼氏ができたんだって」


「そうなんだ。それは良かった!」


「でも、三日で別れたんだって」


「は?」


「理想が高すぎて、やっぱりシュン君じゃないとだめだって。この前大学の学食で教えてくれたの」



 ミツキと朱莉が同じ大学に通っているなんて、ミツキも厄介な縁を結ばれたものだ、なんて思っていたけど、今や親友のように遊んだり、一緒に勉強したりしているみたい。ネイキッドオータムカフェには定期的に通っていて、怜さんとも親交を深めていると。ミツキは言う。怜さんは男性だけど、例外なの。誰と話しても僕は何とも思わないから大丈夫だよ。ミツキはどれだけ僕が束縛する人だと思っているの。一度もないでしょう。そんなこと。



「でもね、結婚式は絶対に呼んでね、って朱莉ちゃん言っていたよ」


「き、気が早いな。朱莉のやつ」



 少し鼻で笑ったミツキの視線は僕の瞳を見据えていて、ああ、そういうことか、と僕は納得した。大丈夫、忘れてないよミツキ。時が満ちれば、必ず僕は告げる。




 ☆☆★




 家に帰れば、またミツキと二人きり。母さんは相変わらずだとして。父さんは仕事で東京に。姉さんは自分の会社が忙しくて今日は帰れない、と。芸能界にいた頃と何も変わらないじゃん、なんて思ったけれど、ミツキと二人きりになれるのは嬉しかった。



 互いにお風呂に入り、上がるとミツキに手を引かれるまま彼女の部屋のベッドに。横たわる僕は、横で僕を見つめるミツキに再び恋をする。


 

 僕の頬にキスをしたミツキを抱き寄せて、その腕を掴み覆いかぶさると、ミツキは言う。あれ、満月でもないのに、と。そのいたずらな口に唇を重ねて塞ぐと、絡みつく舌の熱に身を焦がしていく。その口から顎、首筋に這わせる舌に、ミツキの嬌声きょうせいが咲き乱れる。へそを過ぎた頃には、僕の指にミツキは指を激しく絡みつかせて。太腿ふとももわせる口がその柔らかい感触をむさぼり尽くす。やがて、ミツキの中をき乱す指と同時に、絡ませた舌がミツキの口腔内を吸い尽くす。



「シュン君……なんだか夢み……たい……あぁ」


「夢……だよ。ずっと夢見ていたんだから。あの忌まわしき白い部屋で」



 一つになる僕とミツキは、やがて夏の熱気の中で互いに溶け込む身体を激しく絡ませていく。僕の呻き声に応じた彼女は僕の背中に手を回して、半ば叫ぶように僕の名前を呼んだ。互いに愛を叫びながら結ばれるよろこびに、果てることのない想いをせて再度身を焦がしていく。何度もミツキをけがし、汚して。愛していく。尽きることのない想いを胸に。




「ねえ、シュン君。これからはずっと一緒にいられる?」


「うん。どこにもいかないよ。とりあえず高卒認定試験を受けて、その先はそれから考える。とりあえず、身体のコンディションが整ったら、ニューチューブにでもダンス動画アップしようかな」


「うん。応援するね」



 僕もちゃんと将来考えないと、と言った僕にミツキはキスをして言う。わたしが養ってあげる、と。いや、それだけは絶対に駄目。しっかりとお金を稼いでミツキを養うくらいになりたい。だから、ニューチューブで収益を上げるのと、どこかの物件を借りてダンススクールを開きたい。そんな話をすると、前に言っていた話だね、とミツキはまた賛成してくれた。子供たちに与える夢は、きっと自分たちの活力にもなるし、目指す高みがあることは人生のちょっとしたスパイスになるし。



 タオルケット一枚に身を包んだミツキはベッドから立ち上がりカーテンを開いた。あの頃と何も変わらない月が照らすミツキの横顔は青白い光に包まれて、まるで異世界のプリンセス。本当に綺麗。




 ★★★




 おじいちゃんのお墓参りに行って、戻ってきた頃にはお盆縁日が相も変わらずに盛大に行われていた。さすがに浴衣美人コンテストに朱莉は出ていないのだろう、と思いながらステージを見やると、見覚えのある顔。薄い空色の浴衣を着こんだ朱莉は、髪が伸びていて、それをアップにした姿は僕が転校してきた頃の彼女のよう。



「ミツキちゃ~~ん。一緒に出ようよ!」



 淡い桃色の牡丹ぼたんで彩られた大正時代の浴衣が良く似合うミツキは、また朱莉に腕を引かれてステージに上がっていく。木槿むくげの髪飾りが、ショートカットの彼女の美しい髪を一層際立たせる。



「え……シュン……戻ってきてたの!?」


「朱莉、ごめん。言ってなかったね」


「じゃあ、もう病気は……」


「うん。恐らく大丈夫。心配かけたね」


「もう……バカッ!! 一言連絡入れなさいよッ!!」


「朱莉ちゃん、わたしも言ってなくてごめんね」


「もう二人してそうやって。じゃあ、また浴衣美人コンテストで勝った方がシュンを貰うってことで」



 涙ぐんだ朱莉は、いたずら一杯に浮かべた笑みを僕に振りまき、ミツキの腕に自分の腕を絡ませる。まるでミツキを奪われたみたい。ちょっと、朱莉ちゃん、また勝負ってわたし負けそうな気がするんだけど。あったり前じゃない、今日こそミツキちゃんに勝つんだから。



 しかし、結果は僅差きんさ……でもないかもしれないけれど、ミツキがまた優勝し、朱莉は準優勝だった。でも、ミツキはミツキ、朱莉は朱莉。優劣なんてない。ただ、ミツキの方が知名度があっただけだと思う。



「だから、朱莉もすごく良かったと思う」


「そうやって、シュンは……でも、ありがとう。ねえ、聞いてシュン」


「うん?」


「あたしね、シュンが転校してきた時から……」




 あなたのことが好きでした。今でも。きっとこれからも。




 朱莉の告白に、ミツキは背を向けて歩き出した。綿菓子を買いに立ち去る姿を横目に、僕は朱莉の瞳を覗き込む。頭を下げて、朱莉ありがとう、と。



「でも、朱莉とは付き合えない。朱莉はいつも僕のことを気にかけてくれて、本当に嬉しかったし、今でも大切な存在だと思っている。だけど、僕には……」


「頭上げてよ。分かっているって。シュンを苦しめるために告ったんじゃないからね。あたしが一歩を踏み出すために告ったの。シュンにはミツキちゃんしかいないでしょ。そんなの誰から見ても周知の事実よ」



 だからこそ、応援してる。シュン、絶対に幸せになって。ミツキちゃんを幸せにしてあげて。二人ともあたしの大事な————親友だから。



 朱莉も、絶対に幸せに————僕の大事な親友だから。



 朱莉と別れた僕とミツキは、ベンチで肩を寄せ合い一つの綿菓子をちぎって食べていた。この喧騒けんそうの中、僕とミツキに注目が集まることなどない。切り取られた僕とミツキの二人だけが共有する時間の中、ただその時間の流れに身を任せるだけ。心穏やかに。



「朱莉ちゃん、大丈夫かな」


「大丈夫だよ。朱莉はきっと、もっと綺麗になって、もっともっと幸せになるよ。怜さんもそう言っていたし」



 喫茶店のおじさんに挨拶して、綿菓子をお土産用にもう一つ買うと、一つサービスしてくれた。君たちは、はじめてここに来た時より大人になったね、なんて声を掛けられて。



 地上の明かりを映す青と赤の中間を模した夜空に浮かぶ月がきらめいて、淡い牡丹の召し物で奏でる夏の夜の旋律は、星に願いを。鼻歌なんて歌って随分上機嫌だね、と僕がくと、ふふ、と笑って僕の腕に抱きつくミツキは、だって幸せなんだもん、と。



「ねえ、来月は旅行に行きたいんだけど、いい?」


「え? 別にいいけどなんで?」


「シュン君が入院していた町にもう一度行きたいんだ。シュン君はあまり良い思い出じゃないかもしれないけど、あそこの海がもう一度見たくて」


「やりたいリストだね。うん。分かった。じゃあ来月行こう」



 うん、そう。ありがとう、と言って肩に頬を寄せるミツキの頭にキスをした僕に彼女は言う。もうシュン君のワンちゃんでいいや、と。なにその諦めの境地、と訊くと、その代わりにもっといっぱい可愛がってね、なんて。



 部屋から見る花火がミツキの硝子玉のような瞳の中で飛び跳ねる様子は、いつか見た流星群のように。スノードームの中で揺らめく線香花火のように儚く散っていく。微かに感じるこおばしい火薬の匂いに、美味しそう、なんて呟くと、ミツキは分かる、と。



「この花火終わったらさ、線香花火しようよ」


「え。あるの?」


「うん。シュン君が病気のときは、なんだか切なくてできなかったんだけど、今なら、ね。いいでしょ?」


「そんなの。気にしなくて良かったのに。でも嬉しいよ」



 ゼンマイを巻くように奏でる儚い火の結晶が刻む狭隘きょうあいな二人だけの空間は、きっと、僕が旅立つ前だとしたら、ミツキは泣いていたかもしれない。だけど、今は微笑を浮かべていて、その健気な火の欠片を眺めている。やがて落ちる火の雫を見て、がんばったね、と。線香花火を切ないと表現しないミツキは、前向きになったのかな。



「ミツキ。やっぱり僕」


「なに? シュン君どうしたのそんな顔して」



 ミツキのことが好き。こんな僕を待っていてくれてありがとう。でも、僕のほかにも良い人いっぱいいたのに。僕よりも付き合っていて楽な人はいっぱいいたはずなのに。なんで、僕を好きでいてくれたの。僕はミツキから貰うばかりで何もしてあげられないのに。


 シュン君からいっぱい貰っているよ。シュン君の笑顔を見れば辛いことだって乗り越えられるし、シュン君の声を聞けば、悲しいことだって忘れられるの。シュン君が居てくれたら、それだけで優しくなれるの。だって、シュン君のこと好きだから。



 ————愛しているから。

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