エピローグ 猫の子一匹いない

 目が覚めたら病院とかいうとこだった。

 点滴というものに繋がれていて動けない。管が邪魔だな。中の透明な液体はなんだろうか。


 白衣の人間に早口でああだこうだ説明されたが、同じ部屋にいた女が死んだことしか分からなかった。

 長々とわけの分からないことを言われ続け、そのつまらなさにあくびが出てしまう。駄目だ、つまらないだけではなく、疲れている。

 この身体は体力がない。すぐに眠くなる。

 睡魔には抗わず、ワタシは素直に眠りについた。


 再び目を覚ましたとき、知らない男がいた。黒、いや、暗い青の髪と瞳。均整の取れた顔は美しい造形と言って差し支えない。

 この女の記憶にはないから初対面のはずだ。


「起きましたか? 体調はどうです?」


 ……なんということだ!!

 こんな、まさか――、もはや造形美などどうだっていい。こんなにも輝かしい魂があるなどと。ああ、そんな。こんな人間がいるなんて――!!

 喉の渇きも潤わない魂二つだけで終わると思ったが、喚び声に応えてよかった。本当によかった。

 ああ、腹が減る。


「アナタ、誰?」

「はは、何言っているんですか。心配しましたよ。大丈夫でしたか?」


 眉を下げ、気遣わしげにする男がおいしそうでしょうがない。こんな甘美なにおいをさせ、こんな眩くそそる色をして。

 何という罪。


「ウン」


 駄目だ。駄目だ。駄目だ。

 この男の高品位な魂はこのままでは食べられない。格式が高すぎる。

 せっかく見つけたのに! せっかく! せっかく!! 

 どうすればいい。どうすればこの馳走と契約を果たせる。この男の望みはなんだ。


「ここには魔方陣もないから、君は還ることもできない」

「エ?」

「ここで朽ち果てていくんだよ」


 男は愛想よく笑った。


「その女の子の魂を喰らった罰だ。無関係の人間に手を出すからこうやって惨めに死ぬことになる」


 男の手には注射器が握られていた。

 その中身はもう空になっている。腕に繋がれた管を流れてくる液体に色がついて――、目を離した隙に管へと液体を流して――!


「おやすみ。眠るまで傍にいてあげるよ」


 何故、体が動かない!

 何故、声が出ない!

 腹が減った。クソ! クソ!


「もしもし、お嬢様」


 この男――ッ!!!!

 餓鬼が!! フザケヤガッテ!!


「終わりましたよ。え? いやいや、一般人の首を刎ねるなんて、そんな無節操なことしませんよ」


 悪魔使いッ!!!! 

 隠していやガった!! 魂の輝きの裏に五ツも!!


「実際に悪魔召喚したなら自業自得ですけど、彼女は巻き込まれただけじゃないですか。首くらい繋げておいてあげてください」


 眠い。眠い、ネムイ、腹が減ったネムイ、ネムイ。

 嫌だ、眠りたクない。この男ノ魂を――! 魂を喰らうまデは――!!


「俺は撤収します。処理はお願いしますね」


 意識ガ、途切レル。コンナトコロデ? コンナ馳走ヲ前ニシテ?


 この男は、コノ男の魂だけハ、必ズわたしガ喰ラう――。

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