第5話 光の軌跡と彼の痕跡
長い会話は雪の終わりと共に終止符を打とうとしていた。
彼がちょくちょく空を仰いでいるので、私は薄々感づいていた。
携帯電話を起動させ、長時間ここに居座っていたという実感がようやく湧いてきた。
気が付くと、しゃがんでいた筈の私は胡座をかいて座り込んでいた。
凍ったように固まっている足を震わせながら立ち、パッパッと体の雪を払った。
彼の声は段々北風に飲み込まれていく。
かすれるようなか細い声で彼は云う。
「頑張って下さい」
無責任だ。少なくとも会って間もない人間にかけるような言葉ではない。努力すれば報われるなんて、都合のいい虚構だ。
しかし、彼の言い残した言葉はどこか奇妙で、生きている人間の建前や欺瞞とは違っていた。
軽率な一言だと思ったが、私よりも彼は沈んでいるようだった。
違和感を感じながらもじっと彼を見つめ宣言する。
「はい。もう少し頑張ってみます」
もしかしたら私の宣言もまた彼を安堵させるためのもので、生者のそれだったのかもしれない。
その一言を聞いて安心したように彼は木の棒でできた口をぎこちなく動かして呟いた。
そのこぼした音は誰の耳に入ることなく、粉雪のように舞い上がって虚空の彼方へと姿を眩ました。
死人は嘘をつかない。───そう信じたい。
死した後も彼はその存在を示し続けた。
世界に向かって自分はここに居ると叫ぶように。
没後も彼の太陽はまだ沈んでいなかった。生き生きとしていた。そんな彼を私は初めて信頼した。
二人の周りが光で包まれる。
天の恵みのような、何かを祝福するような、優しい光だ。
閃光が収まると目の前の雪像は魂が抜けて、脱け殻のようになっていた。
何事にも反応しない、無機質な笑顔。
まるで今までの私のようだ。
何もせず死んでいたような自分に、無駄に時間を費やしてきた過去にうんざりしていた。
いまようやく私の人生が始まるのだと自分自身に言い聞かせる。
空っぽになったそれと十分ほどにらめっこをしていただろう。
雪だるまとの邂逅を経て考えを巡らせる。
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