胸にぽっかりと穴が開く (ホラー)

『ねえ、アナタ私に、何か隠してない?』

『何を言ってるんだ、そんなわけ無いだろ。俺は君の事を愛している。隠し事なんて、何もないよ』


 そんなやり取りがあったのが、昨夜のこと。だけど、彼女に嘘をついてしまった。

 俺の言った事を素直に信じて、帰って行った彼女の事を思うと、強い罪悪感に襲われる。

 ごめん、嘘をついて。こんな俺を、彼女は許してくれるだろうか? うう、考えただけで、胸が痛くなる。

 君の言った通り、俺には隠している事があるんだ。


 洗面所の鏡の前に立った俺は上着を脱いで、上半身だけ裸になってみる。

 鏡に映るのは、さらけ出された俺の胸。そしてその真ん中には、ぽっかりと穴が空いていた。

 比喩表現ではない。文字通り胸の真ん中に、まるでブラックホールのように、野球ボールくらいの大きさの穴が空いているのだ。


 初めてこの穴が空いたのは、両親が事故で死んだ時だった。悲しくて苦しくて、胸が痛くなって。その時気付いたのだ。胸に穴が空いていることに。

 医者が言うにはこれは、数十億分の一の確率で発症する奇病だそうだ。辛い事があったら胸に穴が空き、その後は心が傷付くたびに穴は大きくなっていく。そして広がった穴は、やがては俺の全てを呑み込んで、跡形も無く消滅させてしまう。そんな恐ろしい病気だなのだ。


 治療法が、無いわけじゃない。何でもこの穴は、俺の心が満たされたら、自然と閉じていくらしい。

 事実彼女ができて、愛を深めていくにつれて、少しずつ穴は縮まっていってる。だけど……。


 おれはこの穴の事を、彼女に黙ったままだ。隠し事をしている限り、俺の心が真に満たされることは無いだろう。

 本当は俺だって、彼女に全部うち開けたいって思ってる。だけどもしも、彼女が受け入れてくれなかったら? 気持ち悪いと言って、拒絶してきたら。きっとその瞬間胸の穴は大きく広がって、俺を呑み込んでしまうだろう。

 それが怖くて、真実を告げることができない。


 はたして俺の心が、満たされる日は来るのだろうか? 胸の穴が塞がる日は、まだ先になりそうだ。

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