第七章「若い国の力」1
渡部が、成田の出入国管理局に、電話を入れた。
受話器をおいた次の瞬間に、
「白井。行くぞ」
と声を掛けた。
「え? どこに」
「決まっているだろう。成田だよ」
「あ。は、はい」
と白井が慌てて、渡部の後を、追った。
渡部は、いざとなると、行動が早かった。
白井と渡部は、成田の取調室で、鄭と、向かいあっていた。
「鄭。お前は、伊豆高原で、男女二人の死体を、林高徳の所有の、ハンビーで運んで、大室山の、別荘内の林間の中に遺棄したな」
「無茶な。そんなこと、やる訳がないだろ」
「裏は取れている。林が喋ったよ。お前のDNAと照合してみれば、確証は、嫌でも取れる」
と毛髪、唾液などを採取した。
持参した、舞の膣内に残留していた、複数の男子の精液を、成田署に、鄭のDNAと照合してもらった。
その結果、一人の男性のDNAと、鄭のDNAが、一致した。
その結果を鄭に突きつけて、白井が、
「鄭。女性の被害者の、膣内には、複数の男の精液が発見されている。殺される前に輪姦(まわ)されたんだろ。その中に、お前の精液も混じっていた」
と白井がいった。勝ち誇ってはいなかった。
さらに、渡部が、冷静にいった。
「用心の悪いことだな。手袋をしないで運転をした。ステアリング・ホイールに、お前さんの指紋が付いていた。言い逃れは出来ないな・・・」
「殺したのは、俺じゃない。俺は運んだだけだ」
「殺(やったの)は、北斗七星団の幹部か。それも、隆黄伯派だな」
「すでに、中国には、北斗七星団そのものがなくなった。国ごとなくなってしまったのだから」
「なるほど。しかし、死体遺棄罪は残る。それで、逮捕だな」
渡部に変わって、白井が、
「死体に、手榴弾と火薬を仕込んだのは?」
と尋問の種類を変えた。
「それも知らない。知っていたら、恐ろしくて運べなかった。いつ、ドカンと来るか判らないからな」
「なるほど。一理あるな」
渡部が頷いた。
成田には、まだ、薬物の調べが残っていたので、身柄を移す訳にはいかなかった。
白井は、話題を変えて、熱海峠でのことを聞いた。
「あの事件で使われた銃器は、M4カービンだ。米軍のものだ。武器商人から、買い入れたのか。北斗七星団の仕事だろう」
「濡れ衣です。噂でしか判りませんが、Rグループの仕事だろうと言われています」
「ほう・・・」
渡部が感心した。
「どこの、国の軍だ?」
「国はないでしょう。傭兵ですから。特殊攻撃部隊です。 金でどこの国の兵士にもなります。 しかし、Rグループの姿をみたものは、誰もいません。不気味な存在です。イラクにも、アフガニスタンにも、出動しているはずです。警備会社としてね。
でも、誰も、その軍隊を、見たものはいません」
鄭の情報は、まったく新しいもので、白井も、渡部も、初耳であったが、強い興味を抱いた。
日本では、あまり、知られていないが、世界では、傭兵は、当たり前の存在であった。
分けても、Rグループは、最強の傭兵として、名前だけは知られていた。
(警備会社か・・・そういえば、アフガンの大統領が、批判的なことをいっていたな)
と白井は思った。
納得したわけではなかった。
(誰もその正体は知らないということか)
と、確かに、不気味な存在である、と思った。
(一刑事の身で手の届く相手ではない)
とも思って、腕組みをする渡部であった。
「俺たちの組織と、Rグループとでは、まるで、実力が違いすぎる。しかし、何でRグループというのかな、まるで、意味が判らない。彼らは、軍隊だな。あらゆる民族の者が参加しているらしいがな。彼らがいないと、アメリカだって、危ないらしい」
と鄭が、膝頭を、揺すりながらいった。
白井は、ふと、
(琉球の頭文字のRではないのか?)
と言う考えに行き当った。
*
渡部は、帰りの電車の中で、
「Rグループの、Rは、琉球のRと考えられないか?」
隣席の白井に言った。
「なるほど・・・琉球は独立した、その直後に、飛んでもなく、領土を拡大した。陰にRグループがいるとなれば、考えられないことではありませんね」
と、急に目を輝かせて言った。
「何の根拠もない、思いつきだがな」
「しかし、長年の刑事の勘というのは、凄いものがあります」
「こんなところで、褒められても、なにもでないぞ」
渡部が、苦笑した。
「そんじゃないですよ。琉球は、独立して、琉球共和国になった。そのあと、膨大に領土を拡大して、日本、韓国と、三国での対等合併をしました。アメリカとも、安保条約を締結して、世界の強国になっています」
「その通りだな」
「拡大の仕方が、異常に急激です。その裏には何かあるのではないかと思うのは、至極当然です。Rが、琉球の頭文字というのは、一理あります」
「しかし、いまや相手が、巨大すぎる。我々では、手の届く相手ではないよ。外務省だって、手が出せない。政治問題になる」
「はい。でも、悔しいですね」
「琉球となったら、我々の捜査権など、及ばないよ。対等合併して、東アジア共和国とはなっているが、三国とも、主権は、各国にある。無理だな。鄭至純を、死体遺棄罪で逮捕する。出来るのは、そこまでだな」
「はい」
巨悪が、海の向こうに存在している。
しかし、到底、日本の警察の、及ぶ相手ではなかった。
その思いは、白井の胸の奥で、強く蟠っていた。
自分たちの手は、どうすることも出来ない、もどかしさと、悔しさであった。
「ま、これで、一件落着と思うことが、大切だな」
渡部が、白井を諭すように言った。
白井の、若さゆえの、捜査官としての、血潮の滾る思いは、渡部には、よく理解できた。
かつての渡部も、いまの白井と同じようなものであったのだ。
だからといって、渡部に、何かがしてやれるものではなかった。
電車は、かなりなスピードで、伊東に向かっていた。
*
R1号は、冷静に、これまでのことを、思い返していた。
(やるべきことは、すべて、やったはずだ)
と自分を納得させるように、思っていた。
相変わらず、空母の司令室に住んでいた。
「応無所住 而生其心」
と、呟いた。
部屋には、誰もいなかった。
そして、
「人間、本来無一物・・・」
と続けた。
「何ものにも頼るな。その心で生きるべきである・・・人間、生まれてきたときに何かを持っていたか・・・この五体だけの丸裸で、あったはずではないか。 しかし、俺は、すでに、多くのものを得た気がする。琉球も、すでに、独立出来た。東アジア共和国も出来た。アメリカとも、安保条約を結んだ。合同演習も行った。この上に
、俺自身に、何の存在価値があるというのだ。一国民に戻り、目立たずに、生きていく道を探したい・・・」
自問自答していた。
R1号は、目的を失った人間のようであった。
部下たちに、見せられる姿ではなかった。
Rグループの部下たちは、R1号の、カリスマ性に魅せられて、その後をついてきた者ばかりであった。
そんな彼らに、いまの、R1号の姿を見せたりしたら、人心が離れていくのは、当然のことであった。
不退転の決意を示して、敵に向かっていく。
R1号が、少しでも弱気をだしたら、部下たちはついて来ないのは、判り切っていった。
だから、弱気は一切見せられなかった。
トップに立つ者の辛さであった。
孤独であった。
誰にも相談ができないのである。
R1号は、いま、飛んでもないことを、相談されていた。R3号が取ってきた仕事である。
アフガンとパキスタンの北部の国境一帯にいる、ゲリラと、米軍の仲介役であった。
どちらも、上層部は、敵対関係をやめたいのであった。
しかし、どちらも、弱みを見せないために、休戦を言い出せないでいた。
どちらもが言い出せないでいる、平和への思いを、裏交渉で、まとめあげるというものであった。
これは、まさしく難事業であった。
ゲリラの中にも、米軍の中にも、この紛争で、一旗上げようと思っているものがいるのであった。
そうした者たちには、紛争を終結
させたくないと思っている者も、少なくない数でいるのであった。
R1号は、R3号が報告に来たときに、空母の司令室で、
「3号よ。危険な仕事だな」
とアドヴァイスをした。
「はい。1号の言われる通りです。ゲリラ側の兵士の多くは、生活ができないために、ゲリラに身を投じている者が、大勢います。先ずは、そうした、兵士たちに、平和で、安定した仕事と生活を与える必要があります」
「アフガンには、地下資源があるはずだ。鉱山を開けばかなりの人間が、就労出来るはずだ。 かつては、中央アジアは、隊商のルートで、サマルカンドなどは、殷賑を究めたところだが、現代では、海路か、空路で物資を運んでいる。そのために、隊商はさびれた。 鉱山を開くとなると、治安のよさが求められる。それを、どうやって担保するかだな。 ゲリラ側と、米軍両方から、平和の約束を取り付けるとなったら、いっそ、戦って殲滅する方が早い。そう思いたくなるな。 しかし、今回は、徹底した裏方の仕事だ。気苦労の方が、大変だぞ」
「はい。1号。覚悟はしております」
「ゴリ押しをするなよ。不調なら、不調で、構わない仕事だ」
「はい。無理をする気はありません」
「すでに、琉球共和国は完成した。ゲリラは、民間の中に潜っている。しかも、自爆は覚悟で戦っている。危険地帯の最たるエリアだぞ」
「くれぐれも、冷静な対処をします」
「む・・・」
とR1号は大きく、頷いた。
そして、
「Rグループは、もう、無理をしなくても、十分にやっていける。無理だと判断したら、断れよ」
と言い添えた。
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