第四章 5
白井は、林高徳を、尋問した。一人で、尋問することはない。ガンさんと、渡部がついていた。
尋問は、連日、行われたので、林も、やつれはじめていた。
「林。あの、ハマーで、被害者二人を運んだのは、毛髪からも割れている。そろそろ本当のことを言ってくれないか。そうでなかったら、琉球国に身柄を、引き渡すことになる。それでいいか?」
「それだけは、やめてくれ」
「では、本当のことを言ってくれ。死体を運んだのは、お前だな」
「違う。何度も言っている通り、クルマを貸しただけだ・・・」
「お前の家から、夥しい量の違法薬物が出てきた・・・」
「それは認める。しかし、俺は、誰も殺してないし、死体を運んでもいない」
「では誰が、殺して、誰が死体に細工をして、それを運んだのだ?」
「知らない。ただ、クルマを貸したのは、鄭至純だ」
「北斗七星の仲間か?」
「そうだが、今、日本にはいない」
「どこにいる? 中国か?」
「いや。東南アジアか、アメリカだ。中国にいたら危ない」
「どういう意味だ」
「舞と、男は知らない。二人とも、北斗七星を裏切って、ブツの代金を懐に入れた」
「それが、発覚して、私刑にされたということか?」
「二人だけで出来る仕事じゃない」
「仲間がいたと?」
「北斗七星は、先代のボスのときは、日本でも、中国でも、一枚岩だった。その先代が、癌で死んだ。後釜のボスは、息子が継いだ。しかし、若かったし、統率力がなくて、三つの派に割れた。よくある話だ。中国のマフィアは、日本のヤクザとは違う。団に忠誠心がある訳じゃない。強いボスに、従っているだけだ。ボスに力がなければ、みんな少しづつ離れて行く。自然な流れだ」
「一派は、息子の流れだな」
「取りあえず、一番大きな派だ。次ぎは、副頭領の、王文両だ」
「ボスの名は?」
「隆黄伯。息子の名だ」
「もう一つの派は?」
「明武河だ。実力は一番あった。だから、明に、みんなが付いていこうとして、闘争になった」
「被害者の二人は、誰についていた?」
「明派だ。ブツは、隆のものだった。それを、日本で捌いた」
「その金を持って、逃げたのだな」
「隆黄伯は、怒った。闘争になれば、まだ、隆黄伯の派は、大きいから強い。何人かを、捕まえた。詳しくは判らない」
「お前は何所に入っている?」
「一番穏健な、王文両のところだ。王副頭領は、闘争が嫌いだ」
「クルマを貸した、鄭至純は、隆派と言う訳か」
「一対一になれば、誰も、仲は悪くない。団体戦だよ」
捜査陣も、次第に、全体の構図が、見えはじめてきていた。
「捕まえた、明派の者を、私刑(リンチ)にかけた。舞は、数人の男たちに、輪姦された跡がある」
「私刑だから、一番はじめにやるだろう」
「こめかみに、銃口を当てて撃った。口径の大きい銃だ。顔が吹き飛んでしまって、人相が判らない。その上、内臓を取り出して、手榴弾と、火薬を、仕込んだ。それが、司法解剖の部屋で破裂した・・・許されない行為だ。幾ら、明派の者たちへの見せしめでもな」
「ああやれば、いやでも、マスコミにでる。明派の者たちは震えあがる。それが、隆黄伯の考え方だ。だから、人が離れていく」
「王文両派でも、油断は出来ないな。それで、あんな物騒な、拳銃や、ナイフを持っていたと言うわけだ」
「自分の身は、自分で守らなくてはならないからな。他のグループもいる」
「林。お前が逮捕されたことは、もう、仲間の間に知れ渡っているだろう。このまま、中国に送還してもいいぞ。数日の間に、殺されるな。林から、貴重な情報を、得たと発表する。特に隆黄伯に関する、秘密を得たと記者にリークしたら、身の守りようがないぞ。内蔵に、生きたままで、手榴弾を入れられるかもしれないな。そういうことを、平気でやる連中だ」
「そ、そんな・・・勘弁してくれ・・・」
と林の震えが、酷くなった。
「隆黄伯派の連中を逮捕して、拘置所にいれて、その中に、お前だけを、入れるのも、面白いかもな。確実に、嬲り殺しにあうだろう・・・そちらが、希望だ?」
白井が、淡々と言った。効果のある言い方であった。
「頼むから、やめてくれ。何でも協力する」
と震えながら哀願した。
余程の恐怖であるのが判った。
「少し、考えろよ。休憩しよう。いいですか?・・・」
と白井が、ガンさんと、渡部に聞いた。
「いいだろう。護衛を、倍にしろ。自殺に気を付けろよ。舌を噛まないように、猿轡をして、手錠をかけて、机に縛れ」
とガンさんが、係員に言った。心理的な効果を考えてのことであった。
取調室の隣りには、マジックミラーの付いた小部屋があった。
音声は、スピーカーで流れて来ていた。課長たちが、聞いていた。
捜査本部の部屋に戻ってから、課長から、
「白井君。凄い迫力だな。林は、もう少しで、失禁するところだったな・・・」
と言う言葉が、掛けられた。
「いえ。林は、本官が怖いのではありません。組織の報復が恐ろしいのでしょう」
と答えた。
婦人警官が、お茶を入れてきた。渋茶を啜りながら、
「休憩のタイミングも、良かった。あそこまで追い込んでから、考え込ませるというのは、効果がある。隆黄伯派の、鄭至純。ハマーを運転したと言う人物をショッピきたいな」
「東南アジアか、アメリカに逃げている、というのが、林の白状(ゲロ)したことですがね・・・」
渡部が言った。
県警本部は、立て続けに起こった、沼津の、爆破事件や、熱海峠の、十五人の、琉黄会の組員の、射殺事件で、人手が足りなくなっていたので、伊東署の捜査本部の、県警の人数も、削減されていた。
その分、所轄の刑事がやる仕事が、多くなっていた。
しかし、その方が、仕事はやりやすくなっていた。
目下、事件に一番、肉薄しているのは、伊東署であった。
それと言うのも、「犬も歩けば」で、林と言う、大きな棒に、当ったからであった。
「事件の大筋が、少し見えてきましたな」
とガンさんが言った。
「ええ。今までは、まるで、見当がつかなかった」
「渡部君の言う通りだな。これで、沼津の、司法解剖室の爆破事件とも、繋がりが出てきた」
と課長が言った。
そこに、係員の、警官が、飛び込んできた。血相が変わっている。
「どうした?」
ガンさんが訊いた。
「はい。林が、メチャクチャに暴れはじめました」
「ヤクが切れたんじゃないのか。安全室に入れろ。移すときに、逃げられるなよ。柔道の猛者の大木を付かせろ。拘禁服を着せて、ベッドに縛りつけろ。安全第一だ。暴れているところを、ビデオに撮るのを、忘れるなよ。公判のときに、乱暴されたなんでいいだすからな」
と渡部がいった。
「大人しくなるまで、取調べは出来ませんね。念のため、観察医を、頼みますか。MDMAを服用していると、頓死の可能性がありますから」
ガンさんが課長にいった。
「そうだな。重要参考人だしな」
と了承して、医師に連絡をすると、
「パトカーで迎えに行け」
と渡部が巡査に指令を出した。
「思いっきり、手間を掛けやがるな」
とガンさんが、首を振った。
「話が飛びますが、気になることが、あるんです」
不意に、白井が言った。
「なんだ?」
ガンさんが訊いた。
「一連の事件で使われている、凶器です。沼津での、手榴弾。熱海峠での、M4カービン。林が所持していた、SIG=P226の拳銃・・・いずれも、米軍の特殊部隊が、アフガンなどで、使用している、アサルトの個人軍装用です」
「アサルトというのは、特殊攻撃だ、そうだな」
「はい。課長の言う通りで、精密な武器で、現在では、一般陸軍や、海兵隊でも、使われているようですが。まだ、一般隊員用ではないはずです」
「武器の出処ということだな。これが、厄介だ。上層部で、やっているとは思うが、米軍が相手となると、政治問題化してくる。我々下っ端じゃ、手も、足もでない。多分横流しのものだと思うがな」
と課長が言って、首を振った。
「恐らく。検事でも、地検の検事クラスでは、問い合わせも出来ないよ。いまでも、GHQ時代と変わりゃあしないさ。先様は占領軍だよ。根本的にはな」
「ですね。課長の言う通りだな」
とガンさんも諦め顔でいった。
「日本軍は、MP5マシンガン、89式小銃です。拳銃も、林の方が、性能が上です。中国製ではありません」
「うーん・・・」
とガンさんも唸った。米軍相手となると、地位保全と言う厄介な、問題が出てくるのだ。日米安保での、動かし難い問題になるのであった。
「犯人(ホシ)が米国軍と言うことではないからな。戦場で奪われた武器などとなったら、米軍のプライドで、ノーコメントだろうな。恐らく」
「大きな壁ですね・・・トカレフなどと言うロシアのお古とは、違いますからな」
渡部も、ことの厄介さを、認識していた。
「仮に、第三者経由と言うようなことになると」
「白井君。第三者ということになると?」
「はい。渡部さん。例えば、エージェントということがあります。エージェントというのは、警備会社とも呼ばれています。正規の軍隊を、補填する形で、複数の会社が、活動しています。武器も殆ど同じです。傭兵といっても良いと思います。そこから、流れたということも考えられます。推測の域はでませんが・・・」
「推測では、絶対に動けないな」
とが課長いった。
「そうですね」
と白井も納得した。
「ともかく、厄介な事件だな」
と課長がいって、捜査員たちも、深く頷いた。
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