第三章 5

秀建の人望は、沖縄の県政にとって、無視できないものになっていった。

 県知事から、使いがあって、

「是非お会いしたい」

 といってきた。

『沖縄独立の会』の主だった人と相談をして、県知事と面談することにした。

 知事は、県庁で、歓迎をしてくれた。マスコミが、秀建と、知事の対談を、取材するために、殺到した。

それを、

「対談後に記者会見をしますから」

 と静かにさせて、知事の稲峰喜六と、知事室で対談した。

県側と、会側が、三人づつであった。

「中城秀建さんの、沖縄独立の会は、今や、全島的な盛り上がりを見せています。知事と言う立場と同時に、私個人の興味としても、中城さんに、お会いしたかったのです。お会い出来て光栄です」

「私の方こそ、大変に光栄です。この際に、是非とも、沖縄の独立問題を、知事のご意見といて、賜りたいと思っております」

「私の意見と言う前に、すでに、沖縄県人のコンセンサスが、独立と言うことで、徐々に成熟しているのを、痛切に感じています。今、独立に反対することは、県民の意見に、真っ向から反対を、唱えることに、等しいでしょう」

「知事が、そのような、ご意見を、お持ちにになっていることは、私たちとしては、大変に心強いことです」

「知事と言う立場を離れて、正直にいって、独立に向けての、手続きをどうすべきか?そのスケジュールを考慮しています。まず、知事として、中城秀建説を、全面的に支持することを、表明いたします」

「え? それは、大変に心強い。ありがたいことです」

「県庁内に、沖縄独立準備室を開設します。これを、沖縄県議会に諮問しようと思っています。それと、同時に、沖縄選出の、衆参国会議員に、意見を聞いて見たいと思っています」

 と言う意見を貰い、これを、記者会見で、知事と共に発表した。

 これは、一大センセーショナルなことになった。

記事や、写真が、東京に打電された。

 PCで、記事と、写真添付で、メールされた。

 知事は、時を移さずに、県議会に沖縄独立を諮った。

 県議会では、四分の三の議員が、賛成票を投じ、四分の一は棄権票となった。

 この結果をもって、衆参国会議員の意見を求めた。

 衆参国会議員は、共に賛意を表明した。

 全島的な、県民投票を、実施することになった。

選挙管理委員会の管理下で、県民投票が実施された。

 これらの、一連の樣子が、大きく、全国的に報道された。

日本国内の世論が、真二つに割れた。

 沖縄県民の、県民投票は、97%が、独立票になった。

有効投票率は、98%であった。

これらのことをもって、衆参国会議員の緊急動議と、意見書、知事の意見書、県議会の投票の結果と、議長の意見書、歴史的事実の資料、県民投票の結果を、内閣総理大臣に、突きつけた。

 日本の内閣は、晴天の霹靂であった。

 現在の沖縄県のエリアが、そのまま琉球共和国の領土及び、領海となるべく、地図と、海図までが添付された。

 沖縄側の、政治的スケジュールが、「予定」として、添付された。

 国民投票による、大統領選挙と、国会議員三十名の選挙が、同日選挙で行われることになっていた。

 道州制で、道北、道央、道南、八重山州で、これらの知事選と、十名づつの道州議員の選挙も同日に行われると言う。

国会で、憲法が制定されて、十日後に大統領令で発布される。

 憲法の内容は、伏せられてあった。

 日本が、「承知出来ない」と言う場合は、「国連に提訴する」としてあった。

しかも、中国、韓国、アセアン諸国、ロシア、アフリカ諸国、欧州諸国と言った国々の「琉球共和国」の独立を支持すると言う、声明文がそえられていた。

 実に用意周到であった。

 日本政府は、臨時国会を招集して、『沖縄県の独立に関する諾否』を検討することになった。

「日本が駄目だといっても、国民投票で、90%以上もの者が独立賛成票を投じている以上、引きとめようはないだろう」

「歴史的に見ても、沖縄は、琉球国であったのは、事実だ」

 という、識者の意見や、国会議員の声が、上がってきた。

「これを、武力で押し止める訳にはいかないぞ。近隣諸国、アジア、ひいては、世界に言い訳が出来ない」

「内乱として、自衛隊の出動は出来ないのか?」

「沖縄は、武力を用いていない。それを攻撃したら、虐殺行為になってしまう。警察の機動隊も同様だ。デモ一つ起こっていない」

「すでに、投票は終了している。引きとめる手段はないだろう。すべてを平和的におこなっている」

「否定する根拠はない」

「自治権を認めるということでは、どうなのか?」

「無理だろう。独立を要求してきているのだから」

「沖縄の独立を認めたら、次ぎは北海道と言うことになるぞ」

「江戸時代の日本になるだけのことだ。仕方ないのではないのか。それよりも、友好国として遇する方法を考慮した方が賢明だと思うが、どうか?」

 臨時国会では、「参考投票」という、苦肉の案を出して、国会議員の投票を、両院で実施した。

 議員票は、三分の二が、独立を認める票となった。

独立を暗に認める結果が、出たのである。

 国会はテレビ中継をされていた。

それをうけて、沖縄では、各種の総選挙が行われた。

 初代大統領に、中城秀建が、選出された。

 秀建は、副大統領に、稲峰喜六を、任命した。

さらに、県民が驚くことをした。

琉球王家に、尚寧岳(しょう・ねいがく)を招き、那覇を、首里(しゅり)市に名称変更したのである。

 沖縄県民は、琉球国民となって、狂喜した。

尚家は、代々伝わる宝物を、博物館に、寄贈したのである。

 そして、欧米の憲法学者に依頼してあった、憲法の草案を、国会議員の全会一致で承認して、これを、大統領名で発布したのである。

第一条に、王家は、琉球共和国の象徴であるとした。

 そして、第九条に、琉球共和国は、志願兵によって、陸・海・空の軍隊を擁するとしたのである。

 この求めに応じて志願してきた、グループがあった。

R1号が率いる、グループであった。

 首里港に、航空母艦々隊十数隻が、その雄姿を見せたのであった。

 艦載機が、首里空港に飛来した。

艦船から、陸軍が、揚陸艦、その他から大挙して上陸した。

 それに触発されて、大勢の若者が、志願兵として、名乗りでて、採用されていった。

大統領の独立宣言が発表された。

 次いで島内に駐屯している。

米軍と、日本自衛隊に、撤退を要求した。

「日米安保条約は、日本と、米国が締結したものであって、琉球共和国は、あずかり知らぬところである。早々に撤退を願いたい。日本自衛隊も同様である。海上保安庁も撤退願いたい。琉球の領海は、琉球の軍が守る」

 と空母艦隊を、排他的水域に出動させて、他国の、漁船の操業を中止させて、各国に帰帆させた。

 それは、毅然とした、態度であった。

 中国、韓国、北朝鮮、日本、台湾は、文書を以ってしめし、声明を発して、インターネット上に、全文を掲載した。

 さらに、首里港に、二個の空母艦隊が現れた。

一個艦隊で、十数隻のヘリ群搭載戦艦と、護衛艦、駆逐艦、巡洋艦で、編成されていた。

 旗艦には、R1号と、R11号が載っていた。

首都となった、首里の庁舎に、全軍が整列した。

R1号が、庁舎から、現れた秀建に対して、

「大統領閣下に敬礼!」

 と号令を発した。

 R1号を見た瞬間に、秀建は、思わず、驚愕の声をあげた。

「長建!・・・秀球!・・・」

 R1号とR11号は、秀建の二人の息子だったのである。

「琉球共和国は、二度と、他国の軍靴に、踏みにじらせることは、いたしません」

 三個の航空母艦々隊を造ることは、巨額を必要とした。

そのために、Rグループは、金になることは、非合法・合法を問わず、行っ

てきた。

最大の非合法は、戦争である。

「戦争では、絶対に負けるべきではない」

 米軍に対して、琉球共和国の全基地の明け渡しを要求した。

 三個空母艦隊を目の当たりにして、米軍は、グァム、佐世保、呉、横須賀、厚木に、基地を分散撤退を行いはじめた。

自衛隊、海上保安庁も、撤退した。

中国、台湾は、領海の侵犯をしなくなった。

 すかさず、長建は、尖閣列島近辺の琉球領海内に、海底油田と、天然ガス井の掘削を開始した。

 工事は、イギリスに、依頼した。

海底油田の経験は、イギリスが精通していた。

 工事発注に際して、経済援助を、要求したのである。

「石油が出るようになったら、経済援助の分は、ボーナスになって、戻るだろう」

 と、英国に、長建がいいはなった。

 秀球は、南米に飛んでいた。

ボリビアに行っていた。

政府と、ボーボ湖のレアメタル(レアアース)の掘削権を、現金を積んで、

取得してきたのであった。

話は、すでに、半ば決めてあったのである。

 レアメタルは、希少金属と呼ばれるもので、リチウム・ベリリウム・インジウム・ガリウム・テルル・ニオブ・ハフニウムなどで、原子力機器、電子機器に不可欠の金属資源である。

 これらの産出は、中国が、90%近くを占めている、戦略商品であった。

日本は、中国からの輸入に頼り切っていた。

 これを琉球共和国は、南米で、掘削権を手に入れたのである。

 港湾を大規模に広げた。東アジアの玄関口とするためであった。

コンテナの仕分けを、しやすいように設備を充実していった。

巨大な桟橋を、何本も造って流通の拠点港にしたのである。

 それと同時に米軍が撤退した空軍基地をさらに整備拡充をして、二四時間のハブ空港としたのである。

 地政的に見ても、琉球の方が、仁川や、東京よりも、利用しやすいのであった。

港湾の繋留料や、空港の発着料金を、他の港湾や、空港の半額に違い額にした。

たちまち、各航空会社や、船舶会社が、利用申し込みをしてきた。

 港湾と、空港の要員で、厖大な雇用がうまれた。

ボリビアの、ボーボ湖の掘削は、琉球自体で行った。

これを、琉球に運んだ。買い手は幾らもあった。

 日本も買いにきた。

中国よりも、一割安くした。

裏のパイプで、中国に今までの価格の七割でなら、買ってやると話を通した。

アメリカも、欧州も、琉球から、レアメタルを買うようになっていたのだ。

日本と、韓国も、琉球から買っていった。

「同額なら、琉球の方が良い。中国の大国面を見ているだけで、腹が立つ。政治体制も、全く判らない。不気味だ」

 と東アジア、東南アジア、インドからも、中国は、嫌われていた。

 欧米は、中国の元を、変相場制にするように、圧力を掛けていた。

元が三割から、四割高くなったら、中国は火の車になるはずであった。

 人的資源は、東南アジアの方が、安いのであった。

インドネシアは過剰人口である。仕事が欲しくて仕方がないのであった。

 琉球は、そうした、仕事の仲介を行っていた。

逸早く、スパコンを、導入して、ホンコン、シンガポール並以上の、為替と、株式の

市場を造っていた。

 有用の人材には、ワークビザを発給した。

日本からも、欧米からも人材が押し寄せてきた。

 琉球は、米国と二国間の琉米安全保障条約を結んだが、基地は、造らせなかった。

その分は、琉球が独自に戦うと宣告した。

 事実、憲法で、戦争を否定していないし、希望徴兵だが、何時でも、有事の場合には、強制徴兵制に移行出来るのである。

 R11号の秀球を、琉球軍の最高司令長官と首相にした。

R1号は、何の役職にも就任したかった。

「まだまだ、Rグループとして、やることがある」

 と言ったが、秀建と、秀球に、これと思うことは命令していた。

 港湾の拡大、空港のハブ化、経済マーケットの開設、人的資源の仲介市場といった政策は、殆ど秀球が、R1号の命令で行っていった。

 それと同時に、農地を集約して、大規模農業化をしていった。

地主であったものには、土地を債券化して、売買も可能にした。

 しかし、琉球人以外に買取資格は認めなかった。

証券は、農業法人院の発行で、配当があった。

地主たちは、証券を貰って、配当を受け、自分は、他に勤務した。

 役人の数は、三分の一以下に、減らした。

ホームドクターのクリニックを、三倍に増やして、総合病院の傘下にネットワークした。

 これらの知恵は、殆どR1号の長建から出ていた。

国民の殆どは、次ぎの大統領は、秀球である、と思い込んでいた。

 長建が、そのように工作していた。

 学者や、評論家をテレビ番組に出して、秀建と、秀球の功績を、述べるようにさせていた。

 日本とも、琉日安保と、通商条約を結んでいた。

ビザも、パスポートもなして、往来出来るようにした。

 琉球は見事に、Ⅴ字回復の、好況を作り出した。

 日本の大手企業を、誘致したのである。

税制面の優遇と、人材の確保を、東南アジアから行ったので、大企業が、続々とやってきた。

輸出のための港湾も完備していたし、銀行も大手が出てきていたので、安心できた。

 琉球の政府に資金のプールが出来ると、長建は、北海道の土地を、日本国籍の者の名義で、大量に買わせた。

さらに、フィリピンの、バラワン島、イロイロ島、セグロス島を買わせた。

さらに、モンゴルの、ゴビ砂漠より北の土地を国が出来る程買わせた。

これらの土地も、名義は、各国の国籍のある者の名義を使って、WN社などの関連関連会社などが抵当をつけていた。

「琉球は、場所は良い。アジアの玄関だ。しかし、領土が小さい。今のうちに、領土を買い取っておくことだ。 これからの戦争は、武器は、経済だ。経済の基本は何だ? 食料だぞ。化石資源は、必ず、大体エネルギーが、出てくる。しかし、食料に代替はない。食料の自給率を、三百%にまで上げろ。食料を持っている国が勝つ。哲理だ。思い切り大きな面積を買ってしまえば、そこに独立国を造ったのと同じことになる。少なくとも、企業自地区を要請できる。 そこで、食料を作るのだ。密かにやれ。島は、独立しやすい。そこに、琉球の人間と、東南アジアの人間を送る。労働力だ。それと、重機や、耕作機を送れ。機械で済むことを、人間がやることはない。能率が悪い。 必ず、一三一万八千人分の三倍の食料を造れるようにしておけよ。モンゴルの北はロシア、南は、中国だ。性能の良い、武器と、兵器を用意しておくことだ。戦車と、装甲車と、自走砲を、確り置いておけ。ヘリもだ。ケ

チるな。余分に買った土地に、米国の基地を造らせる。地代を取ってだ。米国が交渉したら、絶対に造れない場所に、基地が出来る。中国と、ロシアが一番嫌がる場所だ。ミャンマーにも造ったら面白い。手づるはある。キルギスには、アメリカが基地を造った。モンゴルと、ミャンマーの山岳部に造ったら。中国も大きなことが出来なくなる。ベネズエラか、コロンビアに、ロシアが、中国の基地を作らせたら、これも面白い。おあいこだろ。土地はやすいよ。農業が出来る。それだけではペイしないから、基地に貸す。悪くない仕事だ。お前はやるな。R3号から、7号までが、得意の仕事だ。秀球、お前は地道に、琉球国を良くしろ」

 といって、熱を内こめた声で笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る