第二章 4
伊東の捜査本部に出勤した、白井は、渡部に、
「内緒なんですけど、横須賀に行ってきました」
「ん? 公休日だったんだろ」
「じっとしていられなくて」
「気持ちは判るが、焦るなよ。それに、危険だぞ」
「はい」
「で、何か、収穫があったか」
「はい。一応・・・中城舞は、源氏名を、リズと名乗っていたようです。住んでいたアパートにも行って見ました。そこでは、キムとも、サリーとも名乗っていた。韓国人女性と一緒に部屋を借りていたのですが、アパートの近くの、ラーメン屋で、知り合った、中国人男性と急激に親しくなり、アパートにも出入りするようになったので、キムが、近くの別のアパートに移って、リズと、林(りん)は、アパートで、同棲を始め、やがて、入籍しましたが、入籍すると、林は、リズに、ドラックを常用することを勧め、暴力も振るうようになったようです。林は、ラーメン屋
の女主人にも、職場の立ちんぼをやっていた地区の、煙草屋の女主人、それに、ルームメイトだった、サリーこと、キムにも、見事に評判は、悪かったです。結婚は、日本国籍を取得するための、手段だったのだろうと」
「俺が考えてもそう思うよ」
「その後、横須賀から、二人は姿を、消して、横浜の、石川町辺りに住んだようです。その、石川町で、キムにあったのです。キムの話では、その後、耐えられなくなった、リズは、林のもとから、逃げ出して、東京の六本木の『ピンクの貴婦人』と言う、キャバクラに勤めました。そこで、新しい男と知り合って、男女の仲になりました。男の名は、沼堀精一です。広域暴力団、琉黄会系の上原組の幹部組員でした」
渡部は手帳にメモを、取っていたが、それを見ないで、スラスラと答えた。
「ご苦労。良く一人で、一日で、ここまで捜査出来たな・・・しかし、危険だ。絶対に以降は、単独行動はするなよ。間違いがあってからでは、遅いからな」
「はい。以後気をつけます」
「その、六本木の『ピンクの貴婦人』は、現存してしているのかな?」
「確認は取っておりませんが、電話番号を、聞いてあります。まず、報告してから、と思いまして」
「営業しているか、場所はどこかを、確認してくれ。電話で出来るだろう。本当なら、いけないところだ。出張の許可を取らなくてはならない」
「はい。それで、公休を取って、横須賀と、横浜に行ってみたのです」
「判っているよ。六本木は、麻布警察の所管だ。風俗営業の許可が出ているか、照会して見よう」
渡部が言った。
「しかし、白井よ。舞は、林と別れたとなると、例の男の方の死体は、林ではない。つまり、中国人ではないということになるな」
「はい。林ではありませんが、中国人ではないとは、言えないのではありませんか」
「む? どういうことだ?」
「いまの、日本の非合法団体には、韓国人、中国人は、相当の人数で、入っています。足の裏の刺青は、日本人では、やらないのではないか、と思うのです。ここは、引っ掛かります」
「なるほど・・・中国人説は、捨てきれないというわけだな」
近くで、それとなく聞き耳を立てていた、小野岩友が、
「熱海峠で、十五人の暴力団員が殺された。所轄は、熱海署だ。琉黄会系の有川組だそうだが、上原組のものが、混じっていないか、聞いてみよう。熱海署のマル暴には、知り合いがいる」
と受話器を、取った。
小野の知り合いの大谷晋也刑事が、電話に出て、あいさつの後、そのことに探りを入れた。
大谷から、提案があって、
「お互いに情報交換をしないか?」
と言ってきた。
大いに歓迎すべきことであったので、小野、渡部、白井の三人で、熱海
署に出向いた。
個室で、大谷が、篠原祐樹刑事とともに、三人と向かい合った。
「正直に言って、飛んでもない事件が、勃発した。おおよそのことは、伊東にも、伝わっていると、思うがな、一熱海署で、手に負える事件じゃない。勿論、県警本部から捜査員が来て、仕切っているがな。広域暴力団の捜査だ。琉黄会の組本部事務所は、東京の上野にある。警視庁の上野が管轄だ。熱海署で、やれることは、たかが知れている。現場の、初動捜査と、鑑識だけだ。鑑識の結果、凶器が、飛んでもないものだと判明した。とても、並みの暴力団では、使えるはずのない武器が、登場してな」
と、大谷が言った。
小野が、
「何が出たんだ?」
と眉間に皺を寄せた。
「米軍の、特殊部隊の、グリーンベレー、デルタホース、シールズといった、部隊が使う、M4アサルト・カービンの弾丸が、使われたんだ」
「テロ対策で、イラクや、アフガンで、使っている、最新のアサルト・チームの個人装備ですね」
と白井がいった。
小野が、
「白井刑事の、父親が、陸自の幕僚で、白井は嫌でも、軍事に強くなったんで」
と説明した。
「なるほど。たったら、判るだろう。見事に、琉黄会の組員だけが、十五人見事に狙撃されている。余程、軍事訓練を受けているグループの、犯行だと思う」
「米軍が犯行に及んだ、というのは、考え難い」
と渡部がいった。
「それは、そうです。発覚したら、飛んでもない政治問題になる。日本にある米軍基地の撤去ということになりかねない。安保の根幹が、揺らぎますよ。それでなくても、沖縄の普天間基地移設が、政治日程に上って、辺野古に移転が、ほぼ、決定しているときですから」
と篠原刑事が言った。
「しかし、M4カービンが使用されたのは、鑑識の結果なんでしょ」
「小野さん。だから、参っているんです。米軍に照会したいが、静岡県警本部でも、言い出せないでいる。公安委員長クラスでも、言い出せないでしょう。これは、極秘扱いになっている」
「沼津の爆発事件も、手榴弾が使われています。鑑識の結果は、米軍仕様のものです。これも、極秘扱いになっています。一番怖いのは、マスコミに嗅ぎ付けられることです」
「県警本部長が、頭を抱えているそうです」
小野と、渡部が、首を振って言った。
「考えられることは、米軍からの、横流しということですね」
白井が言った。
一同が、大きく頷いた。
「どこから、どんなグループが、そんな、兵器を、横流しさせたか」
大谷の言葉に、白井が、
「日本ではない気がします。紛争中の、国のゲリラが、資金ほしさに、米軍から、分捕った武器を、流した・・・推理でしかありませんが。紛争中の国なら、米軍の武器弾薬が、手に入っても、不思議ではありませんから」
といった。
大谷が、
「なるほど。推理ではあっても、説得力がある。それを、密かに密輸したものがある、ということか」
と感心した。
「日本国内では、一番取引が、しにくいものだものな」
篠原も感心した。
「戦闘中だったら、敵の武器を、奪うのは、常識です。テロの軍団は、すでに、ロシア製を持っているでしょう。資金捻出のために、分捕り品の武器を、売買する。可能性としては、考えられます」
確かに、白井の言葉には説得力があった。
「アフガンからなら、ウイグル自治区経由で、チベット自治区を通り、インドシナ半島に運び込むことは、船を使うより、楽だな。インドシナ半島に入ってしまえば、日本に持ち込むのも、難しくはない。分解して、自動車部品の箱を使って、コンテナで、運べるか」
「先島列島辺りに陸揚げしてしまえば、もう、国内だ。漁船でも、運べるな」
と渡部が頷いた。
「フィリピンの島でだったら、金さえ払えば、軍事訓練でも出来ますよ。暴力団は、フィリピンで、拳銃の訓練をしてくる。沖に、ボートで出てしまえば、マシンガンの発射も出来るらしい」
篠原がマル暴情報で、裏付けるようにいった。
「となると、そんな、大仕掛けな軍団を造れる組は、どこかだな」
大谷が、腕組みをして唸った。
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