第二章 3

白井は、公休を利用して、横須賀に来た。

中城舞の、足跡を辿ってみたのである。

昼間は、舞が住んでいた、アパートを訪ねて、住民に、舞の写真を見せて、見覚えがないかを、聞き込んで見たが、住民は、最近引っ越してきた者ばかりであった。手応えは、得られなかった。

アパートの近くで、古くから、営業している、ラーメン屋で、聞き込んで見た。

写真を見て、ラーメン屋の女主人が、

「見覚えがあるわ。体で稼ぐ仕事をしていたんじゃないかなあ・・・黒人専門で、働いていたはずで、沖縄出身だったはずだよ。それと言うのも、うちのお客で、何をしているのか、良く判らない男と、沖縄で、働いていたことがあるということで、急に仲良くなって、女のアパートで、同棲をはじめて、籍まで入れると言うので、女の方が、入れあげていた。私は、危ないなと思って、見ていたんだけどねえ」

「危ないというのは?」

「喋り方で、日本人じゃないなと、判ったしね。男の仕事がなんなのかも、判らなかった。あう言う仕事を、している女の子っていうのは、優しくさせるのに、弱いのよ。何かしらの暗い、過去を背負っている子が多いからさ。でも、私は、単なるラーメン屋だからね。余分なことは、言えないから。男が、籍を入れたのも、彼女と結婚することで、日本の国籍が、得られるからね。良くある話だもの。でも、そのうち、アパートも引っ越して、いったわ。そこから、先は、私らには、判らない」

もっともなことであった。

そこで、折角得た足取りも、振り出しに戻ってしまった。

夕刻、横須賀基地の近くの繁華街に行ってみた。

繁華街の中の商店を、十数軒を聞き込んでも、手応えはなかったが、古くから営業をしている煙草屋で、舞の写真を見せて、聞き込みをしてみると、

「ああ。リズという名前で仕事をしていたけど、性悪の中国人に、引っ掛かって、シャブ漬けにされていたね。深みにはまっていくのは、見えていたけど。私ら、見ざる、言わざる、聞かざるでいるより仕方がないんだよ。そのうち、横浜に行くと言っていた。中国人の男とね。そのまま、堕ちていったんじゃないのかしら。それ以上は私らには、判れという方が、無理というものさ。横浜だったら、石川町かしらねえ。元気なの?聞くだけ野暮か。刑事さんが、写真を持って聞き込んでいるようじゃね。殺されたの?」

「まあ、そんなところだね。何で、石川町なのかな?」

「近くに、中華街があるし、野球場の近くには、安宿もあるし、ホームレスも沢山いるよ堕ちる先は、そこらじゃないかね。でも、生きていれば、の話だよ。死んでしまったら、関係ないよ」

煙草屋の女主人は、堕ちて行く女たちを、うんざりするほど見て来ているのだろう。

驚きもしない顔で言って、首を振った。

横浜の石川町というところは、不思議な駅であった。朝夕には、沢山の女子高生が、乗り降りする。

有名な女子高が、幾つもあるからである。横浜球場もある。

そして、中華街があった。

けれども、球場の近くには、ホームレスが、沢山いたし、安宿もあった。

歩いていても、あまり、安全な雰囲気はなかったのである。

ある種のスラムの匂いが強く漂っていた。

白井は、これと言った、確信も、あてもなく、横須賀の煙草屋の、女主人の言葉だけを、頼りにして、石川町にきていた。

球場の海よりの、中華街に至る途中の、いかにも、危険な匂いのする、スラム街的な、エリアを歩いていた。

すると、ゆっくりと影が、白井に近づいてきた。女性であった。

女は、迷うことなく、白井に、声を掛けてきた、

「お兄さん。遊ばない? 大一枚、ホテル代込みでいいから」

といって、肩が、擦れるような距離に、密着してきた。

「そうだな。この子を、知っているんだったら、ホテルに行っても、良いがな。昔の恋人で、もう、死んじまっているのさ」

「そう・・・ロマンチックなことじゃない」

「この子なんだ。ずっと探してきて、死んでいることが、判った。哀しいよ。死ぬ前に、横浜の石川町辺りで、見かけた、という噂を聞いてね」

と言って、舞の顔写真を、見せた。

街灯の明かりが、斜めに差し込んで、舞の写真を、照らしだした。

すると、女が、

「え?・・・」

という、小さな声を漏らして、

「ちょと、良く見せて」

と写真を、白井の手から、奪い取るようにして、街灯の下に走った。

そして、

「間違いないわ。リズじゃない」

といったのである。

「知っているのか?・・・」

「一緒に住んでいたわ。アパートで、リズが、林高徳(りんこうとく)という、中国人と、結婚するまで・・・私は、あの男は、危ないから、止めなよ、と言ったのに、女が、惚れてしまったら、駄目だね。リズは、林の言うままになってしまった。結婚だって、国籍欲しさだって、みえみえだったのに・・・そう、ヤッパリ殺されたんだ」

「ホテルは、遠いのかい?」

「直ぐそこだよ」

「行こう」

「セックスよりも、話が聞きたいんじゃないの?」

「図星だよ」


         *


ホテルというにしては、余りにも、汚く、侘しい部屋であった。

女は、キムといった。ベットにならんで、腰をおろすと、キムが、

「名前で、判るでしょ。韓国なの。サリーと言う名も使っているわ。そのこのアパートに住もうっていうこと自体、何か、訳ありなのよ。その訳は、お互いに、古傷なんだもの、聞いたりしないわ。でも、その内に私が、韓国人で、リズが、沖縄出身だって言うことは、判った。沖縄は基地の町。韓国にも、米軍の基地がある。私は、その、基地の近くで育った。リズと、同じよ。私も、黒人兵に、処女で、輪姦(まわ)された。死のうと思った。故郷には、到底いられるものではないわ。そ

れで、日本に渡ってきた。初めは、在日の親戚を頼ってきたんだけど。死にたいと思っているような女だもの、親戚も、冷たくなってきてね・・・」

「家を、飛び出たってわけだ」

「判るよね。リズと知り合ったのは、不動産屋の店先よ。一人では、部屋を、借りるお金がなかった。リズもね」

「で。ルームメイトてことになったんだな」

「ええ。一緒に生活していたら、身内以上の仲に、自然になってくる」

「だろうな。その内に、リズの方に、林ができた」

「ええ。嫉妬じゃないの。本当に、ヤバイと思ったんだよ。その内、林が、部屋に入り浸りになったので、私の方が、近くのアパートに引っ越したの。でも、リズを見ていたら、判った。見る間に痩せていって。体に痣を、造っていた。乱暴されていたんだね。籍を入れてしまえば、林の勝ちだもの。異常な痩せ方は、薬だなと思った。あるとき、リズが私の部屋に来て、いきなり裸になったの」

「刺青を見せたんだな」

「ええ」

「見たのは、これかい?」

と白井が、舞の背中一面に彫った、刺青の写真を見せた。

「そうよ。奇妙な図柄だったもの」

「林は、この男?」

と林の写真を見せた。

「ああ、この男よ」

「リズは、幸せだったのかな?」

「惚れている間は、ね。それに、MDMAやりながら、セックスした。狂うよ。離れらせなくなる。私はクスリだけは、やらないわ。最後には廃人になるって判っていたもの」

「その通りだな」

「あなた、恋人っていってたけど、刑事(デカ)でしょ」

「ここまで、来て、隠しても仕方がない。殺人課だ」

といって、伊豆高原での、男女の全裸死体の放置の事件を話した。

死体の腹には、男女とも、手榴弾と、火薬が仕掛けられていて、司法解剖のときに、大爆発をして、十一人の医者や、関係者が死んだことを話した。

「その中の一人に俺の、姉さんがいた」

「ええ。何ていうことをするんだろ。狂気だわ・・・テロみたいじゃない」

「そう。テロだよ。警察や、司法に対する、挑戦だ」

「リズも、なんていう死に方をしたんだろ」

「犯行声明文は出ていない。そのときの男の方は、林なのかな?」

「違うと思うわ。リズも、とうとう林の性癖に堪えられなくなって、林とは、別れて、東京の六本木の、キャバクラに逃げたという、メールが来たもの」

「キャバクラの名は、判る?」

「ちょっと待って」

とケータイを出した。操作していたが、

「あ、あった・・・ピンクの貴婦人と言う店だわ。電話は、03-」

と番号を言い始めた。

白井は、手帳に控えた。それで、

「キムさんに連絡は取れるかな」

「このケータイの、メアドを教える。それで、勘弁して」

「すまない」

と白井が、手帳に番号を控えた。

「ホテル代込みで、大一枚だったな」

「え? やってないじゃない」

「それ以上の収穫があったよ」

「あんた。良い人だね。刑事にしておくの、勿体ないよ」

「世辞言うなよ」

と一万円を渡して、

「そうだ。リズは、東京に行ってから、男はできたのかな?」

「組関係の男が出来たみたいよ・・・なんて、いったかな」

とケータイを取り出して、住所録を見た。

「沼堀精一・・・琉球の琉に、黄色で、琉黄会の有川組の幹部らしいわ。今度は日本人みたいよ。林から、逃げるために、組関係の者と付いたんじゃないかなあ」

「なるほど。彼女なりの防衛か・・・」

「こんなところで、いいかなあ」

「ありがとう」

「ホテルを出たら、他人だね。キスだけして・・・」

「良いよ」

キムが、ディープなキスをして、ティッシュで、白井の唇を綺麗に、拭いた。

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