第二章 2
平日の午後八時に、熱海峠に、数台のワゴン車が止まって、一台の車内から、数人づつが降車して、一度整列したあと、リーダーと思しき人物が、隊列の前に立つと、
「重要な取り引きが、二十時三十分から行われる。 相手は、広域暴力団の、琉黄会である。 我々のグループの維持のためには、どうしても、必要な商品である。
絶対に、取引は、成功させたくてはならない。 各員、所定の場所に散開して、敵を、何時でも、狙撃出来る態勢に入れ。ブリーフィングでのように合図があったときは、迷うことなく、敵の全員を狙撃せよ。一人も残すな。ここは、戦場である。いつものように戦闘するだけである。音もなく、匂いも、気配も消して、迅速に、旋風のように襲撃せよ」
リーダーの男が、厳しく命じた。
「はい」
と隊列を組んだ兵士((コマンド)たちが、声を揃えて答えた。
全員、斑模様の戦闘服を着用しており、防弾ベストをつけ、マシンガン用のマガ痔ンポシェットや、右の腿には、H&K-Mk23フルオート拳銃と、アサルト・ナイフを、共にホルスターに入れ、手には、M4のアサルト・カービンを手にしていた。
頭には、MICH2000の暗視ゴーグルマウントのヘルメットを、被っていた。
米軍の特殊部隊のグリーンベレーか、シールズと、殆ど変わらない軍装と個人装備を携帯していた。
M4カービンには、サウンド・サプレッサーと、暗視スコープと、レーザー光線と、フラッシュ・ライト切り替えのレーザーライトが付いていた。
メットには、ヘッドホーンと、マイクが装備されていた。
ポシェットの一つには、無線端末が、入れてあった。
このまま、何所の戦場でも、戦闘できるような軍装であった。
すでに、何度も、特殊な訓練を受けているのか、身のこなしが、敏捷で、林の中の樹上や、草むらに飛び込んで、散開し、姿を隠した。瞬きを、一度するだけの間の、出来事であった。
ワゴン車は、直ぐに姿を消して、セダンだけが残った。
約束の二十時三十分に、ベンツや、日本製乗用車が、三台現れた。
十メートルほど離れて、停止した。
お互いに、ジェラルミンの、トランクを、クルマから出して、互いのクルマの中間点で、取引を開始した。
「Ⅹ(エックス=エクスタシー)の錠剤(タマ)だな。見せてくれ」
R5号が言った。眼出し帽に、特殊な夜間でも見えるサングラスを掛けていたから、人相はまるで、わからなかった。
R7号が付いていた。二人は、意図的にドイツ語で、言葉を交わしていた。
相手に、言葉が伝わらないようにしているのであった。
琉黄会側も、二人が降りてきていた。
「金は?」
と訊いてきた。
「ここにある。商品と交換だ」
5号の言葉に、
「判っている」
と琉黄会の者が、答えた。中国語で、もう一人の者にいった。
持っていた、トランクを開いた。
MDMAと一目で判るものが入っていた。
7号が、トランクを開いた。札束が詰まっていた。
しかし、日本円ではなく、米ドル紙幣であった。
「良かろう」
と、琉黄会側がいった。
互いにトランクの蓋を閉めて、交換すると、ゆっくりと後ずさった。
お互いに背中を向けなかった。
5号と7号が、クルマに乗ろうとしたときに、琉黄会の者が、拳銃を抜いた。
5号と、7号に向かって、発砲しようとした。
次ぎの瞬間に、消音器つきの、M4カービンが、林の中から、発射された。
拳銃が、吹き飛んで、男が絶命した。
弾丸は、男の眉間に、的確に命中していた。
後続のクルマから一斉に、組員が飛び出した。
それらの組員に向かって、道路の両側から、フラッシュ・ライトが照射された。
レーザー・ポインターが、組員たちの体に照射された。殆どが、顔面や、頭部を照らしていた。
サウンド・サプレッサー装着の、M4カービンが、小さな音を立てた。
組員たちが、次々と、人形のように転倒していった。
音が止んだ。林の中や、物蔭から、コマンド(兵士)が出てきて、三台のクルマを点検した。
体を、動かした組員がいた。
その刹那、コマンドの銃の消音器から、弾丸が発射される音がした。ピンと張った障子紙に、指を突き入れる程度の音量であった。
組員が動かなくなった。
M4カービンの、空薬莢の飛び出し口には、袋がついていて、空薬莢は、その中に回収された。
R5と7号が、ドルの入ったトランクと、MDMAの入ったトランクを回収して、その場を去った。
大型ワゴン車が来て、コマンドたちを、乗せて撤収していった。
金と、商品は、5号から、ワゴン車の運転席に、一台につき、一つづつ渡された。
クルマの隊列は、三島方面に向かっていった。
国道に出ると、東名の沼津インター方面に向かった。
上り車線に入っていった。
走行車線を規定の速度で走っていった。
一連の動きは、プロの特殊部隊の動きそのものであった。
コマンドたちは、車内で、素早く、私服に着替えていった。
軍装や、装備は、所定のケースに収納されていった。
ケースは、楽器ケースに、見えるようになっていた。
全員が、無言で、行動していた。硝煙反応は、アサルト・スーツと、グローブで、防御されていた上に、全員が、アルコールで、手を消毒していった。
クルマの列は、そのまま、羽田の国際空港に走って行き、乗車口で、全員を、降ろした。
韓国の仁川行の便に乗り込んだ。
仁川から、沖縄の那覇便に乗り換えた。
MDMAと、ドルの入ったトランクを、再度積み変えた、乗用車だけが、東名から首都高を経由して、東北高速を北に向かった。
郡山で高速を降りると、郊外の農家に入って、そのまま、ガレージに吸い込まれていった。
ガレージには、ワゴン車が待っていて、MDMAのトランクと、同じトランクに入っていた、ドル紙幣を小分けして、色々な袋や、キャリーケースに詰め替えた。その間に、試薬で、MDMAをテストして、
「む。間違いない」
係の者が、大きく頷いた。
ワゴン車に乗せかえると、そのまま、ワゴン車が、ガレージから出て、JRの郡山駅に向かった。
郡山の駅で、四人が、降りた。二人一組で、上りと、下りの新幹線に、ゆっくりと乗り込んでいた。
上りの者二人は、大宮で下車した。大宮で降りた二人は、迎えの乗用車に乗って、蓮田まで走った。
下りの二人は、青森駅に向かった。駅で、迎えのクルマに乗ると、木造(きづくり)に向かった。
北糀谷のアジトには、回線電話で、R1号に二本の報告が入った。
モールス信号の無線での連絡であった。
ケータイは、一切の使用を、禁じられていた。
ケータイには、盗聴警戒と、サーバーや、エントランス、キーステーション、あるいは、IPナンバーを調べられると発信先が判明すると言う弱点があるために、避けていたのであった。
無線局の許可を取って、モールス信号を使っていた。それも、暗号による打電で、乱数表がなくては、解読できないものであった。
主用な車両には、信号機を搭載してあった。
携帯ケースに収納出来るものであった。
大型車両には、船舶用の無線を搭載してあった。
これだと、無線を追跡捜査をしても、洋上から、発信された計算になるのであった。GPSでの、仮装の船の位置を、操作してあったのである。
Rグループには、こうした、通信・情報・連絡のマニュアルや、システムが確立されていた。
兵士にも徹底的に教育をしていた。
*
テレビニュースで、熱海峠で、暴力団同士の抗争が起こり、死者が十五人出たことを報じたのは、翌朝の、早い時間の、番組でのことであった。
所轄は、熱海署であった。
熱海から、伊東線で、一つ先の、来宮駅の近くに、熱海署はあった。
熱海署は、上を下への、大騒ぎになっていた。
十五人の死者が一度に出るなどということ自体、滅多にあることではない。
コマンドたちは、全員ブーツの上から、ビニール袋を被せていた。そのために、現場(げんじょう)には、靴跡は、一切ついていなかった。
鑑識係は、そのことで難渋していたが、現場で、数発の弾丸を発見していた。
「これは、口径からして、ライフルの弾丸だぞ」
と驚愕していた。
「暴力団同士なら、ライフルぐらい、隠し持っているだろう。殺(や)られているのは、琉黄会の組員ばかりだ。相手の組が、どこの、誰なのか? まるで、情報がない」
とマル暴も、お手上げの状態であった。
「どこの広域暴力団が、こんな物騒な銃を持っているというのだ?」
「これでは、警察機動隊も、歯がたたないぞ。武器の種類が違い過ぎる」
「特殊部隊のアサルト用だ」
「まるで戦争だぞ」
と捜査員同士で言いあった。
科捜研で、弾丸から、直ぐに銃砲が割り出されて、凶器が、M4カービンであることが、判明した。
「米軍の特殊部隊が、制式にしている銃だ。それを、日本の暴力団が手に入れると言うのは、どういうルートだ?」
静岡県警本部は、次々と起こる、県下での犯罪に、頭を悩ませていた。
*
琉黄会の会長は、組員が十五人も、一度に殺害されたことに、怒髪していた。
「殺(や)ったのは、どこの外道だ」
会長の山本三郎は、幹部組員を集めて訊いた。殺害されたのは、琉黄会系有川組の組長以下の組員たちであった。
組長の有川勉(つとむ)は、琉黄会の直系幹部であった。
「有川組は、Ⅹの取引をしていた。殺(や)られたときは、Ⅹの大きな取引があったのではと、思われます」
幹部の一人が答えた。
「だから、儂は、麻薬には、手を出すなと、いっていたんだ」
「推測ですが、この不景気では、株も、不動産も動きません。他に美味しい仕事はありませんから、背に腹は変えられないというので、つい麻薬に手出をしたんじゃないかと、思われます。有川組は、所帯が大きい割には、資金力が、ありませんでしたから。バックになってくれる、企業も少なかったですからね。会費の納入も、やっと、ということを聞いたこともあります。 有川の六本木の縄張り(しま)も、借り物で、戸部組に、縄張り代を払っておりましたから。苦しかったんだと思います」
と本部長の徳田が言った。
「この時期は、誰しもが苦しい。だが、麻薬については、先代以来のご法度だ。麻薬に対しては、世間の眼も厳しい。麻薬をビジネスにしているのは、外道だ。その、挙句に十五人も命(たま)を取られるなんて」
と山本会長が、溜息をついた。
山本は、通称は山三で通っていた。
「殺った相手が、誰かも判らないとは」
「会長。いま、総出で、相手を探しています。殺った相手は、必ずシッポを出してきます。都内の売り子を、一人づつ締め上げています・・・元を辿っています。元から、さらに、上を辿れば」
「しかし、兄貴。それを、やって、逆に攫われた組員もいます。攫われた者の死体は、遠く、小笠原諸島辺りの洋上に浮かんでいたそうです。ヘリで運んで、海に投下したとのことです。土地の漁師が、目撃していました。軍用の死体袋に詰められていたそうです。 注意してかからないと、相手は、日本人とは、限りません。売り子自体、英語も、日本語も判らない。アフリカ系の黒人を使っています。警察も、これには、お手上げだそうです」
「俺も、聞いている・・・外人の可能性が、大きいな。中国マフィアか、東南アジアの組織も、入ってきてる。やり難い時代になった・・・」
と徳田本部長が言った。上野にある、琉黄会の組事務所でのことであった。
「攫われた組員の女房(ばした)と、舎弟が、全裸死体で、伊豆で発見されました。女房の方は、奇妙な図柄の墨を背中に、入れていました。それで、女房と判ったようです。夫の組員の方は、どこに、捨てられたのか不明です」
「ちょっと、やり方が、日本人離れをしているな」
徳田本部長がいった。
「全員気を付けろ。一人歩きはするな。売り子を、締めるときも、数人で行え。相手は、狂気のグループだ」
徳田本部長が、幹部たちに、注意をした。
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