第一章 5

三木に聞いたことと、本で得た知識を、渡部に話した。

話を聞き終えた渡部は、

「そういう図柄だったのか。これは、被害者が、日本とは限らないな。惚れた男のリクエストか。望んだ男が、中国人で、女が日本人ということもあるな・・・」

「被害者の男女は、何らかの形で、処刑された。それも、見せしめの、ダイイング・メッセージを兼ねているとは、取れませんか」

「中国にも、巨大な、マフィアが、何組かある。何か、組織にとって、不都合なことをした。しかも、被害者も、大きな組織の構成員で、その組織に対する警告になっている、ということか、白井の言いたいことは」

「はい」

「一理はあるが、車幅の大きい自動車(クルマ)は、どう説明する?」

「それは、まだ・・・」

「む。判らんことだらけだ。全国の県警の、行方知れず人の、捜査依頼書を当たっているものもいる。今は、PCで、全国のものを閲覧出来る・・・該当するものは、目下、不明だ。先ずは、被害者の、身許の割り出しだな・・・どこか、突破口が、判れば、一気に崩せる気がするんだが・・・被害者の女性は、日本人でも、相当ヤバイことを、やっていた女のような気がするな・・・それに、ダイイング・メッセージだとしても、腹の中に、パイナップルと、プラスチック爆弾を仕組む必要があるか?」

「ありませんね・・・」

「自爆テロみたいな感じがあるな。自爆する人間が、生きているか、死んでいるかの違いはあるがな。もっとも、死んでいたら、自爆テロとは言わないがな」

「死んだ赤ん坊の腹の中に、覚醒剤を詰め込んで、税関を通過しようとした外人がいまいたね。ニュースで、見た記憶があります」

「なるほど。覚醒剤と爆弾の違いはあるがな・・・外国人は、日本人が、思いもつかないようなことをやってくるのは、確かだな」

「パイナップルの出どこは、判明しましたかね?」

「これは、公にはし難いことらしい。自衛隊でも、韓国でも、中国でもなく、米軍であるらしい・・・」

「え? そうなると、ハンビーか。軍用ということになりますね」

「クルマも、パイナップルも、米軍には違いないが、横流しと言うことも考えられる」

「難しい事件ですね・・・」

と聞き込みを続けながら、白井と、渡部が、話しあった。

別荘地内の、現在は閉じている別荘を一軒々々、見回っていくのが、二人に与えられた仕事であった。

現状では、持ち主が、自宅に戻っていて、空き施設になっている別荘を使って、何かをしていないを捜査して行くのであった。

根気の要る仕事であった。足を使う他はないのであった。科学捜査といっても、こうした地味な刑事の仕事が、捜査の基本になっているのであった。

捜査本部には、沈痛の思いが、日にひに、深くなっていった。

余りにも、手掛かりが、なかったからであった。

そうした中で、行方不明人の捜索願いが出されている中で、該当者の特徴として、背中一面に刺青があるというものがあって、しかも、女性であった。

願いは、両親から、だされていた。

該当県は、沖縄県警であった。

問い合わせの電話を、伊東署が入れた。

「刺青の図柄は、どのようなものであったか?」

といって、写真を、PCでスキャンして、送った。

それを持って、捜査の依頼人の所に、沖縄署の捜査員が、出向いて、刺青の図柄を確認にいったところ、図柄が一致した。

被害者の自室に、自分で、鏡に向かって、撮った写真が、あったのである。

鏡に映ったものを写したので、左右が逆になっていたが、写真を反転して、透かして見ると、見事に一致した。

 沖縄県南山の与那原(よなばる)に実家がある、中城(なかぐすく)舞(まい)という姓名で、年齢は、三十七歳であった。

こんな珍しい図柄の刺青は、滅多にあるものではなかったので、殆ど間違いは、ないものと、思われた。

沖縄署の捜査員が、舞の実家に向かって、事件に巻き込まれて、殺害されたことを伝えた。

舞の父親は、地元の中学校の校長をしていたが、現在は、定年退職をしていて、年金生活者であった。

捜査員から、事情を聞くと、父親の中城秀建(しゅうけん)は、六十七歳になっていたが、涙も見せずに、

「罰当たりの親不孝が・・・」

と言葉を吐き捨てるようにいった。秀建の三十歳のときの子供で、長女であった。

兄と妹と弟がいた。四人兄弟姉妹であった。

そうした、秀建に、母親の満枝が、

「お父さん。舞は不憫な子です。責めないで・・・」

と泣きながら言った。

特別な事情があるようであった。


         *


秀建と、満枝が、舞の遺体を引き取りに、伊東まで、やってきた。

遺体は、荼毘にふされていた。

伊東署で、事件の次第を告げられた。

余りにも、衝撃的な出来事の、全貌を告げられて、二人は絶句した。

父の秀建の方が、失神して、その場に昏倒した。

こうした時というのは、男の方が、弱かった。

満枝は、泣き崩れはしたが、辛うじて、失神を免れていた。

「舞は、いい子だったのに、あのこと以来、沖縄の土地には、居られんようになって・・・最後まで、殺された上に、腹の中に手榴弾を仕込ませるなんて・・・」

 二人の応対には、ガンさんと、渡部と、特別に、白井が当った。

「ともかく遠いところからきてもらったのだ。少し休んで貰おう」

 とガンさんがいって、宿直用の部屋に寝かせた。

事故があってはならないので、白井と渡部がそっと付き添っていた。

二時間ほど休むと、やっと気分が落ち着いた。

応接間を使って、話を聞くことにした。

開口一番に、秀建が、

「沖縄は、地獄の島じゃ」

と言葉を吐き捨て、さらにそれを、踏みにじるようにして言った。

「お母さん。あのこととはなんですか?」

渡部が訊いた。満枝は、

「舞が、こんなことになってしまったのです

から、すべてを、お話しましょう」

と、渇いた声になって、小さく話しだした。

その内容は、沖縄の悲劇を、凝縮したような話であった。

「舞は、学校の成績も良くて、運動も良くできました。それが、舞が、十六歳の秋に・・・九月でした。十一日のことです。一台のジープが、舞の運命を、狂わせたのです。そのジープには、米軍の黒人兵四人が、乗っていて、下校中の、舞の横を通ったのです。そして、舞の横にピタリと停車すると、いきなり拳銃を、突きつけて、舞をジープの中に拉致すると、人気のないところまで、走って、そのあと、四人が、舞を押さえつけて、交代で、二時間以上にもわたって、舞を輪姦し続けたのです。

このことを、警察にいったら、逆に新聞に大きく出てしまって、抗議をしても、四人の兵隊は、本国に送還されて・・・ヤマトンチュウは、開放されても、沖縄は、まだまだ占領されたままです。あんなに大きく新聞に出たら、舞は、もう、沖縄には、おられません。たった、一人で、沖縄から、東京の学校に転校して・・・

学校に行っていると、思ったら、手紙がきて、私の体は、もう、汚れていると、自分から進んで、横須賀にいって、黒人相手の売春の世界に飛び込んで、しまったのです・・・それを、責めることも、出来ませんでした」

 話を聞いていた、ガンさんも、渡部も、そして、白井も、沈痛な思いに、させられていた。

白井は、胸の内に、黒いシコリが、出来た感じになった。

やり切れない思いであった。

殺人事件の捜査をしていると、事件が解決したから、それで、すべてが、白紙になるというものではなかった。

刑事も人の子である。感情を押し殺すといっても、限界があった。恐らく、白井の姉以下、爆発で、殺害した犯人と、中城舞と、まだ、身元が、判明していない、男性を殺害した犯人は、同一か、同じグループの者であろうと考えられた。

舞の父の秀建が、苦悩を、どうにか乗り越えかけだが、再び、苦悩を味あわされている思いを、色濃く出して、呻くように、言葉を喉の奥から、絞り出して言った。

「徳川幕府の昔から、琉球は、幕府の命令で、首里城を、薩摩の島津が攻撃して、陥落させた。それから、琉球藩となり、廃藩置県で、沖縄県となったが、本土の者、ヤマトンチュウは、沖縄の人間を、奴隷のように、扱ってきた。太平洋戦争で、それが、如実に、あからさまになった。私たちの親の時代には、米軍の本土決戦の防波堤にされた。沖縄に上陸してくる米兵の、弾丸避けの、人間の盾に使われた。海岸の、最前列に、女・子供・老人・病人までが、人垣を造らされて、恐怖の余りに敗走しようとすると、なんと、日本兵が、沖縄人を射殺した。身をもって、その場にいて、辛うじて運良く米軍の捕虜にされた、両親が、語ってくれたことだ。偽りはないでしょう。米軍と、日本兵に挟まれて、海岸に、へたり込んだ。赤ん坊を抱いた母親たちの腹には、火薬や、手榴弾が、腹巻のように巻かれてな。米兵が、捕虜にしようと、近づくと、日本兵は、米兵ではなく、母親の腹を狙撃した。火薬に小銃の弾丸を撃ち込み、爆発させて、米兵数人とともに、母子を吹き飛ばした。木っ端微塵だ。母親も、赤ん坊もな。無惨なやり方だ。敵と味方から、狙われる沖縄の人間の気持ちは、何年経っても、本土の人間には、理解出来ないでしょうな。敗戦後は、沖縄は、占領されて、本土は独立しても、沖縄は、米国の占領統治下だ。沖縄で一番偉いのは、米軍の高等弁務官サマだ。沖縄の人間は、家畜以下だ。何をされても、不平等条約で、犯罪を犯した人間、兵隊であっても、本国に帰してしまって、沖縄の者は、手も、足も出せない。舞の時もそうだった。犯され損だ。その、米軍基地は、現在、ただ今もある。沖縄は基地だらけだ。毎日、毎日、頭の上を、ジェット機や、ジェットヘリ飛び交っている。

 それに対して、日本の政府は、思いやり予算などと言って、大金を出している。何が、思いやりだ。基地など、ない方が、良いに決まっている。アメリカもいつまで、戦勝国の気分でいるのか。自分たちのやることは、すべて、許されると思っているのだ。戦後七十五年が経過しても、日本政府は、アメリカに、何も言えない。我々、沖縄の人間に、武器があれば、米軍基地に、ゲリラで、殴り込んでいるわ。沖縄と日本は、別の国だ。舞は、その犠牲になった・・・可哀想に」

秀建の両目尻から、一筋づつの涙が、糸を引き、深い皺の中に、隠れていった。

捜査員たちは、誰も、なにも、答えられなかった。

十九世紀からの、欧米の帝国主義の残滓が、まだ、二十一世紀の、この日本にある。

(日本は、欧米の属国なのか)

白井は、思わず、痛烈に、そう思った。

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