第一章 3
その暗い捜査本部の中が、渡部と白井の二人が、捜査本部に戻ってみると、騒然としていた。
被害者が、司法解剖を引き受けていた、法医学部のある、沼津市内の、T大付属病院のある、司法解剖室で爆発物が、炸裂して、解剖室を中心にして、爆弾でも落下されたように、潰滅的に建物の内部や、施設、器具などが無惨に破壊されていったのである。
これは、前代見聞の出来事であった。
渡部と白井の二人は、捜査本部内の、騒然としている理由が、判らなかったので、所轄の刑事の小沢峰人を、別室に呼んで、事情を聞きだした。小沢は、捜査本部の留守番部隊で、デスクの役割をしていた。
「小沢さん。一体何があったんですか?」
と白井が訊くのに、司法解剖室で、大爆発が起こったことを、渡部と白井に、小声で、説明した。
すでに、初動捜査部隊と、鑑識班が、沼津署から、現場に到着しているころだ
と、説明した。
「信じられないな」
と絶句した。
「爆発の原因は、何だったのだ?」
渡部が首を振って訊いた。
「第一報では、被害者の腹の中に手榴弾と、プラスチック爆弾が仕掛けられてあって、被害者の腹を縫い合わせてあった、糸を、切り離していった瞬間に、手榴弾のピンが、バネで抜けるように、細工がしてあったらしい。
腹を、縫合してあった、糸で、バネのストップをしてあった。それを切った瞬間に、バネが伸びて、手榴弾のピンを抜き取った、ということらしい」
「なんと、手の込んだことを・・・」
と渡部が、首を振った。
「これ・・・」
と小沢が、数枚の写真を二人に渡した。
「そっと、コピーをしておいた」
写真は、女性の被害者の背中のものと、現場の道路のタイア痕の写真であった。
「ほう。さすが鑑識だな。道路のタイア痕に、気がついていたっていうことか」
と渡部が言った。
さらに、コピーを見て、
「女性の被害者の背中には、刺青が、彫られ
てあったってことか」
と渡部が、首を振った。
「渡部さん。日本の伝統的な、刺青の手法ですね。最近流行している、タトゥーとは、ちがいます。多色の刺青ですが、図柄が、随分特殊ですね」
「女の方の腹にも、同様に爆発物が仕掛けてありました。最初の爆発で、引火して、爆発しましたので、死体は粉々だそうです」
と小沢が、説明した。
「捜査は、伊東署と、沼津と、県警本部の合同捜査になるようですよ。捜査本部長は、頭を抱えていました」
小沢が、余り感情を表に出さない言い方で言った。
「だろうな。これは、難事件だ。しかも、遺留品が殆どない。その上に、被害者の死体までが、粉々に吹き飛んだとなると、手掛かりがないぞ」
と渡部が言うと、白井が、
「手榴弾や、プラスチック爆弾の、出処を洗うことになるのではないですか・・・実は、沼津のT大付属病院の、法医学部には、姉が、医師で、勤務しているんですが」
と、不意に、眉根を寄せて言った。
「何? 爆発での、被害者の名は、発表されていないのか?」
「目下は、入ってきていません。運が悪いと白井さんのお姉さんの名がないとは、いえませんね」
「沼津に行って見ます」
「白井。俺も行こう」
渡部が言った。一人で行かせる訳には行かないと、咄嗟に思ったのであった。
*
白井義彦の姉の有子は、静岡市にある、T大の医学部の、法医学部の准教授を勤めていた。
「伊豆高原男女殺人事件」の、死体の、司法解剖の執刀は、教授の岡田宗雄が、両死体に、瞑目して合掌した後に、男性の死体から執刀を始めた。
執刀には、白井有子、時田春樹、管邦夫たちが、助手を努めた。
執刀に当たって、法医学部の学生たちも、指定の席で、八人が、授業の一環として、ノートを取りながら、見学をしていた。
岡田教授が、執刀を始めて、腹部の縫合の糸を、メスで切断していったときに、大爆発が起こったのであった。
爆発は、戦場を思わせるほど、激烈なものであった。火柱が上がって、男性の死体は、粉々に、吹き飛んだ。
火焔が、女性の死体にも、影響を与えた。
女性の死体の中にも、爆発物が、男性の死体同様に仕掛けられてあった。
それが引火して、二度目の爆発を、連続して惹き起こした。
岡田教授をはじめ、三人の助手や、見学中の学生らが、吹き飛ばされた。天井や、四方の壁が吹き飛んだ。
設備や、什器備品も、ペーパーのように、吹き上がって、散乱した。
爆発の威力は、異常なまでに強烈であった。司法解剖室にいた、岡田教授、三人の助手、八人の学生たちは、全員、爆発で吹き飛ばされていた。
病院側では、何事が勃発したのか、皆目、判らず、消防署に急報して、消火に尽力した。
司法解剖室には、爆発を惹起するような設備は設置していなかった。原因が不明であったが、消火後に消防と、警察の捜査によって、通常あり得ない、爆発の原因が、究明された。
二個の手榴弾の部品と、プラスチック爆弾の残滓が、発見されたのであった。
司法解剖死体の、体内に、爆発物が仕掛けられてあったと言う、驚愕すべき事実が、判明した。
捜査本部は、事態の異常さに混乱して、頭を抱え込んだ。
事態は、一静岡県警本部に止まらず、東京の警察庁から、警察庁の公安本部にも、及んでいった。
マル暴と呼ばれる、広域組織暴力団取締り本部も、警戒感を強めた。
「これは、司法・警察に対する挑戦行為だ」
と報告を聞いた、国家公安委員長の、新関太(ふとし)長官も、怒髪して、
「国家の威信に賭けても、犯人を喫緊に逮捕して欲しい」
警察庁長官に、要望をしてきた。
警視庁の公安も、密かに出動した。県警本部の、マル暴も動いた。
「こんなことは、個人の犯罪で、出来ることではない。どんな組織が動いているのか、徹底的に洗い出せ」
と静岡県警本部長が、「特別捜査」を指示した。
白井義彦刑事は、姉の有子の、爆死を知った。
有子は、義彦よりも、三歳上の三十歳であった。
二人切りの姉弟であった。
父親の義男は、陸上自衛隊に勤務していた。防衛大学を卒業後、陸自に入隊していた。
幕僚として、所謂、制服組として、市谷の防衛庁に入っていた。制服組のキャリアであった。
その影響で、白井刑事も軍事には、詳しくなっていたのである。
白井の姉の有子は、学究一筋で、結婚もしていなかった。
白井も独身である。
姉の有子の爆死を知って、白井は、奥歯を鳴らした。白井は、巡査長になっていた。
「姉は、殉職という扱いですが、私は、この卑劣な犯人を、許せません」
と渡部に、心境の、怒りをぶつけるようにして吐露した。
渡部は、無言で頷いた。
白井は、捜査本部長の権藤警視に、個室に呼ばれた。
「君の姉さんのことは、耳にした。お悔やみを申しあげる他はないが、二人姉弟だな」
「はい」
「充分に気持ちは判る」
「ありがとうごさいます。お願いがありますが・・・」
「む・・・言って見たまえ」
「何としても、犯人を逮捕したいのです。殺人に関しては時効が、撤廃されました。
一生を賭けてでも、犯人を追いたいと思います。犯人逮捕が、何よりもの、姉への供養になり、両親への、孝養にもなると思っています。どうか、捜査から外さないで頂きたいと」
権藤警視は、無言で、頷いたが、やがて、
「私憤を捨て、冷静に、公務を遂行することを希望する。事件解決まで、捜査から外さないように、最善の努力をする。それで、良いか」
「ありがとうございます。ご無理を申し上げました」
と権藤に敬礼をして、部屋を出た。
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