第4話 『おたすけマトリョーシカ』
『おたすけマトリョーシカ』は僕が高校3年生のときに地下アイドルとして秋葉原の小さなライブハウスでデビューを果たした。ステージ衣装は常にロシアの民族衣装「サラファン」、メンバーの名前や曲名、歌詞などもすべてロシアの何かしらをもじるという徹底的なロシアへのこだわりが一部のアイドルオタクのハートにぶっ刺さり、固定ファンを着実に増やし続けた。
メンバーは全員で5人。リーダーかつ、お色気担当のボルシチ響子。Eカップの巨乳と、大物司会者にも物怖じしない歯に衣着せぬ物言いが魅力だ。モデル、女優、バラエティ、クイズなどなんでもソツなくこなすが、そこまで頻繁にメディアには露出しない。外に出ていくよりはしっかりとグループの土台を固める、そんな役割に徹している。そして山さんが好きなピロシキ美里。容姿がちょいポチャのピロシキ美里はバラエティ担当で、テレビ出演するときはアイドル枠ではなくて完全に芸人枠で呼ばれている。水着で熱湯風呂に入ったり、ローションまみれで女性芸人と相撲をとったり、身体を張って頑張っている。山さんもピロシキ美里のそんなひたむきなところに惹かれているのだろう。そのピロシキ美里とは対照的でクールかつマジメ担当なのがナホトカ可南子だ。ナホトカ可南子は超難関国立大学を卒業していてメチャクチャ頭が良い。各局のクイズ番組で盤石の地位を固めている。ナホトカ可南子は眼鏡をかけていて、髪はショートカットで体型はスレンダーかつ長身。そしてピロシキ美里とナホトカ可南子と同じくテレビへの露出が多いメンバーがペレストロイカ美緒。彼女はぶりっ子担当。バラエティ番組ならピロシキ美里と、クイズ番組ならナホトカ可南子と、それぞれセットで出演する。アクションの一つ一つがかなりあざとく、男心をそそる。彼女だけ「サラファン」の裾がヒラヒラしてアイドルっぽい仕様になっている。髪型はツインテールで身長は低く、痩せていて胸はない。最後にウオッカ舞衣子。彼女は『おたすけマトリョーシカ』の絶対的エースだ。スッと伸びたポニーテールは彼女が動くたびに可愛らしく飛び跳ね、胸はCカップで大きすぎず小さすぎず。最初で最後と言われた水着姿を掲載した写真集『ウラジオストクで泳ぎたい』は年間書籍販売数アイドル女性部門で堂々の1位を獲得した。男性だけでなく、女性にも人気があり、彼女がSNSにアップする洋服や香水、化粧品などはすぐにバズり、瞬く間に完売する。事務所の売り出し方はボルシチ響子に近く、雑誌モデルや女優として活躍している。
彼女らはデビューして3年間は全くヒット曲に恵まれず、長く地上に出ることはなかったが、10枚目のシングル『ピョートルに恋して』が当時人気だった深夜帯のアニメのオープニングテーマに起用され、スマッシュヒットになった。僕らの会社の社内忘年会では部署対抗カラオケ大会があり、各部署から1名代表を選出して歌唱力を競い合う。営業部は入社1年目から山さんが出場し、この曲を振付け完コピで熱唱した。1年目はさすがにみんなドン引きだったが、営業部は毎年山さんを送り出した。回を追うごとに、みんな自然と振付を覚え始め、いまではカラオケ大会のオオトリとして山さんが唄う。イントロがかかりだすと男性社員も女性社員も一緒になって踊り、ペンライトやウチワなどを振りながら合唱して忘年会を締めるようになった。
僕がシャワーを浴びたあとも生配信は続いていたらしく、山さんはパソコンに釘付けだったので、僕は隣の部屋にお邪魔し、クッションを枕にしてそのまま寝た。壁には裸で泡風呂に入り(身体の見えてはいけない部分は泡で隠れている)、はにかんだ笑顔を浮かべるピロシキ美里の巨大ポスターが飾られていた。
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