第3話 クダを巻く

「僕はもうだめだ……。生きる気力を失った……。いっそ僕のことを誰も知らない土地にでも引っ越して、そこで生活しようかしら……」


 僕は山さんの家のリビングにある大きめの丸テーブルの上に、ハイボールの缶を片手に突っ伏しながら、山さんを相手にクダを巻いていた。


「慎く~ん。今日はかなり悪いお酒だねぇ。あんまり強くないんだから~。まっ、明日休みだからいいのか」


 週末だったので僕は山さんの自宅に押しかけ、飲んだくれていた。山さんの実家は茨城県にあり、大学は都内だったので、山さんは大学に入学した頃からずっと1人暮らしをしている。僕は入社して3年経った頃に実家を出て1人暮らしを始めた。僕も山さんも神奈川県に住んでいる。お互いの家までは約30分くらいで行き来できるので、僕らはよくお互いを家に呼んだり呼ばれたりして一緒に酒を飲む。


 僕はすでにハイボールを3本開けていて、かなり酔っぱらっていた。山さんは柿ピーをつまみながら缶ビールをゆっくり飲んでいた。


「まぁ慎くん、そんなね、加蔵かくらさんにちょっと頼りないみたいなこと言われたくらいで気にしないことですよ。別に慎くんのことが嫌いで顔も見たくない、って言われた訳ではないんだから、さ」


「うるさーい。山さんなんかにはわからないんだよ……。山さんはいいよ、誰とでも気軽に話せて、しかも話すこともそこそこ面白いし、なんか知らないけど女性が好きそうな話題とか、ちゃっかり仕入れたりしてるし……。アイドルオタクのくせに……」

 僕はテーブルに突っ伏しながら山さんに恨みがましい視線を送りつけた。


「あっはっは。まぁね。そこはそれ、僕ほら、営業だし。色々な人にアプローチしていかなくちゃいけないでしょう?そりゃある程度引き出しは持っとかないと、さ。あとほら、僕はアイドルオタクを社内でも公言してるし、それで誰ともコミュニケーションとらないで、ドッヨーンって感じで暗かったら、まんまじゃない。だから女性にキモオタって思われないように最低限の身嗜みとか、整えとかないとね~」


 そう言えば山さんの髪型は平凡な七三分けだけど、床屋ではなくていつも美容院で切ってもらってるって言ってた。ちょっと切ってもらうだけで七千円もするらしい。何気ないことだけれど、山さんは山さんなりにきちんと自分に投資をしてる。


「……僕も美容院とかで髪切ってもらおうかな……」


 山さんは綺麗なストレートヘアだけど、僕は猫毛でクセが強い。クネクネした前髪は常に下している。美容院に行っても格好良くはならないと思ってるから、いつも千円カットの床屋さんで伸びた分だけ切ってもらっている。


「まっ、髪型を変えたら良いっていう問題でもないけどね~、慎くんの場合は。これなんかどうよ、ほれっ」


山さんがモノクロで印刷された1枚のチラシを僕に渡した。


「コミュニケーション講座……。あ、この前話してた新しいサービスのやつだ。もう始まってるの?」


「いんや、正式には始まってないよ。今、試運転中。とりあえず、最初は身内で興味がある人に声をかけて利用してもらって、感想を聴いて、本サービス開始に備えてるって感じ。講師もきちんと大学院で心理学を専攻している人にお願いしてるみたいだから、かなり参考にはなるんじゃない?慎くん、こういうセミナーとか受けたことないでしょー」


「うん。ない」


「だったらね、試しに1回受けてみたら。モニター期間中は毎週土曜日に開講してて、事前に予約すれば当日でも受講できるみたいよ。モニターだから、料金は無料だしね。ただし、社員は基本的に利用禁止だから。周りにはナイショでヨロシコ」


「……ありがとう。明日やってみる……。ううっ、山さんはほんと、いーやつだな……。持つべきものは山さんだな……」


 僕が山さんの親切心に感動をし、目に涙を浮かべていると、山さんはいつの間にか額にハチマキを締め、ペンライトとウチワを手に持っていた。


「と、ゆーわけで僕はこれからピロシキ美里ちゃんの生配信に参戦するので、あとはお好きにどうぞ」


山さんはノートパソコンを立ち上げ、ピロシキ美里ちゃんの動画チャンネルに見入ってしまった。


「そしたら僕はシャワー浴びてくるわー」

僕は立ち上がってフラフラしながら洗面所に向かった。


「はい、どーぞー。あっピロシキちゃ~ん、キタァァァアァァ!」

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