第2話 地下倉庫のガールズトーク


数日後、僕がいつものようにデスクで仕事をしていると、経理部の女性社員から声をかけられた。

上海わみさんすみません、この今月の提携企業への割引申請のことで……」

「あ、はい。どうしました?」

「いつも加蔵かくらさんに提出してもらっているんですけど、この申請書には利用した社員のリストが必要なんです。リストも添付してくれているんですけど、申請書の記載人数とあっていないんですよね。ほら、申請書は31名てなってますけど、リストには25名しか記載されていないでしょ?」

「あぁー。そうですね……。多分リストが2枚あって、もう1枚を添付し忘れてるんでしょうね」

「今日処理しないといけないんですよね。加蔵さんは?」

「ああ、加蔵さんは今、下の倉庫整理に行ってますよ。僕、ついでがあるので加蔵さんに聴いてきます」


 うちの会社は地下に倉庫室があって古い書類や備品が積まれている。月に1回、各部署から1人ずつ駆り出されてその整理をすることになっている。僕は休憩ついでに倉庫に向かった。階段を下り、倉庫室の入り口近くまで行くと、女性の話している声が聞こえてきた。

「じゃあヤマカンは?」

 源川みながわさんの声だった。

「ヤマカンさんはすごく面白いですよー。一緒に外回りしててめっちゃ楽しかったですもん」

 源川さんと話しているのは加蔵さんだった。経理部からは源川さんが駆り出されたのだろう。2人だけで整理をしているみたいだった。

「お昼とか、外回りしてて遅くなったときは夕飯も、美味しいお店沢山知ってるんですよね。ここだけの話、結構ごちそうになっちゃったりして……。なんか、いいのかな、こんな楽しくてって思っちゃいました」

「まぁあいつ独身だしね。お金有り余ってるからどんどん奢らせてやればいいのよ」


 会話の内容から察するに、源川さんが加蔵さんに会社の男性社員の中で誰が好みなのかを聴いているみたいだった。盗み聞きするのは悪いなとは思ったけど、ちょっと入りづらくなったのと、何より加蔵さんに好きな人がいるのかが気になってしまったので、息を潜めてそのまま階段の影に隠れていた。

「いやーでもさすがに気を遣います。今度は私が山さんにランチとかご馳走しようかなって思ってるんですよー」

「ほんっと、優ちゃんは良い子よね。もう少し毒気があったほうがいいわよ。それじゃ、ヤマカンに告られたら付き合うわけ?」

 え、加蔵さんは山さんのことが好きなのか?僕は目を閉じ、源川さんの質問に対する加蔵さんの回答に耳を澄ませた。

「うーん。先輩としては最高なんですけど……。山さん、一緒にいるとき『おたマト』の話しかしないので……」

「あー。あいつすごいオタクだもんね。あいつのデスク廻りすごいもん。ウチワとかステッカーとかチェキとか。営業部のやつら、あれ何も言わないのかしらね。自由過ぎるわよね」

 山さん、ナーイス。山さんには申し訳ないけど、僕は心の中でガッツポーズをした。でも、山さんと加蔵さんだったら、もし2人が付き合ったとしてもそんなにショックではないかもしれない。ちょっと残念ではあるけど、むしろ嬉しいかも。

「じゃあ、上海は。ないと思うけど」

 ないと思うけど、は余計だよ……源川さん。加蔵さんが先入観を持ってしまうじゃないか……。

「うーん。ないですねー」

 加蔵さん……即答過ぎだよ……。

「そうよね」

「あ、でも嫌いではないんですよ、全然。真面目ですし、実際はもっと仕事できる人なんだろうな、って思います」

「あいつが?どこが」

 源川さん、どんだけ僕に対して否定的なんだよ……。ネガティブキャンペーン貼りまくってるよ……。

「そうですねー。ホームページの文章とか、あれ今回上海さんが作成したじゃないですか。なんかすごくこの会社が好きでないと書けないような文章だったんですよね。あの文章読んでいると、なんか入社したときの新鮮な気持ちに戻れるっていうか。そういう感覚を持っている人って素敵だと思います」

 加蔵さん、ありがとう。異性として見られていないのはショックだけど、僕は入社してからそんな風に褒められたことは一度だってない。加蔵さんがそう思ってくれているだけでも幸せだ。

「そんじゃ、悪くはないんじゃないのよ」

「そうなんですけど……。上海さん、私がちょいちょい話しかけてもほとんどYESかNOの札があれば成立するような会話しかしないので、何を考えてるかわからないですよね……。後輩、とかだったら可愛いと思えるのかも知れませんけど、先輩であれだと……ちょっと……」

「そうよね。じゃあゴンちゃんは?所帯持ちだけど」

「ええー。もういいじゃないですかー。やめましょうよー」


 そこまで聞き終わると僕はトボトボと階段を上がってデスクに戻った。

「あ、上海さん、リストのこと加蔵さんに聴いてくれました?」

 さっきの経理部の女性社員が声をかけてきた。

「え……。あぁ……すみません。なんか今、手が離せないらしくて……。あとで直接渡しに行くって言ってました……」

「そうですか。わかりました」と返事はしつつも、急いでいるんですけどね、と言いたそうな雰囲気でキッと僕を睨みながら女性社員は戻って行った。



 正直ショックだった。ホームページの文章を良いって言ってくれて、少し浮かれていたところへのダメ出しだったから尚更だ。加蔵さんが山さんのことを好きで、そこで会話が終わっていたほうがまだマシだったかもしれない。やっぱり、世間一般的なコミュニケーションすらできない人間に魅力は感じないよ……。かといって、今更、僕に山さんのような誰からも好かれるコミュニケーション術が身に付くわけもないし……。僕はこれまでも、そしてこれからも、永久に彼女なんて出来やしないんじゃないだろうか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る