第3話 妄想

 将彦は手元にある三枚の宝くじと今年の宝くじの結果が乗っているサイトを眺めていた。

 「39組の153893番。何度見ても確かに当たっているな」

 橋本幸江が施設に移動するのは見送ったあと、将彦は渡された宝くじが本当に当選しているのかをすぐに確かめた。橋本幸江の勘違いでもしかしたら回が異なっているかもしれないと疑い深く調べたが、どうやら手元にある宝くじ三枚は本当に当選していた。

 一等と前後賞合わせて10億円。

 バイトをほとんどしたことがない将彦にとって、10億円を稼ぐことの大変さは頭ではなんとなく想像ができてもいまいちピンとくるものではない。

 普通の会社員である父親の年収は聞いたことがないが、週4のパートの薬剤師である母親の年収は約350万円前後と聞いたことがある。単純に計算して約286年ほど働き続けなければならない。

 1年間に1000万円ずつとしても使い切るのに100年かかる。2000万ずつとしても50年かかるなどを想像してみると、今後辛いと言われるサラリーマン生活を送らなくて済み、毎日心ゆくまで遊び呆ける生活ができることに将彦の心が踊った。


 しかし、問題がないわけではない。まず、当選者の方の体験談などを読むとどうやら宝くじを購入した期間や場所などをアンケート用紙に記載する必要があるらしい。

橋本幸江がどこでいつ宝くじを買ったのか確認しておかなかった。また、人から譲り受けた宝くじというのを本当に換金できるのかという点もいまいち不明瞭である。

 そして1番の問題は、橋本幸江から宝くじを譲ってもらったことを正直に両親、家族に話すべきかということだ。大金は人を狂わすとはよく言ったもので、将彦の耳にも宝くじなどで大金を手にした人間がその後あまりよい人生を送らないと聞いたことがある。将彦が大金を持っていると分かり、それぞれがお金を分けてくれと頼まれた挙句、家庭が崩壊するなんて結末は絶対に避けたいことであった。また、両親に伝えた場合宝くじを橋本幸江に返して来るように説得される可能性もある。そう思考を巡らせていると将彦は根本的なことに気がついた。

 「そもそも、俺は橋本のおばあちゃんからこの宝くじもらって良かったのか」

 普段のお小遣いをもらうように差し出された宝くじを将彦は深く考えずに受け取ってしまった。橋本幸江に宝くじが当選していると伝えられた時もその事実に驚くばかりで受取を断るということができなかった。

 「なんで橋本のおばあちゃんは俺にくれたんだよ。2人の息子さんの内どっちかに渡せばいいものを」

 橋本幸江は将彦の家に近い一軒家をみる限りお金に困っている様子はないが、たとえそうであっても大金である。

 将彦は平日は大学の授業が始まっているため、その週の日曜日に多摩川にある介護施設にいる橋本幸江の元を訪れようと決めた。


 橋本幸江が入居した施設は川を横断する陸橋から少し離れて静かな場所にあった。

 事前に将彦は橋本幸江と施設に電話をかけて、来ることを伝えてあったため一階の受付はすんなりと通ることができた。施設は1階から6階に分かれていて、各フロアごとに大広間や入浴施設、おまけに職員の仕事場と必要となる施設が全て揃っている。外装だけでなく内装もとても手の込んだ作りになって、特に4階以上は居住者の数が少なく人それぞれに個室が割り当てられていた。将彦であっても4階以上に入居するにはより高い料金を払う必要性があることが分かった。そんな初めてにもかかわらず、想像を超えて豪華な施設に驚きながら将彦は5階の橋本幸江の部屋の前についた。

 ノックをして部屋に入る。窓は南西を向いており、14時を過ぎた部屋には暖かい日の光が入り込んでいた。小さなキッチンスペースに立っていた橋本幸江が将彦に気がつき振り向りむくと、いつも通り目尻のシワがクシャとなる笑顔を向けた。

 「いらっしゃい。将彦君がきてくれてとても嬉しいわ」

 「久しぶりって行っても1週間ぶりだけど、元気そうで安心したよ。にしても、ここの施設凄く豪華だよね。」

 「そうね。私も最初に下見にきた時にここなら住んで見たいって思ったのよ」

 将彦は買ってきたよもぎ大福を普段は橋本幸江が食事をしているであろう食卓に置いて、買ってきたよと伝えた。橋本幸江は準備していた急須にお湯を注ぎ、引越し前から使っていた陶器の湯飲み二つと一緒に持ってきた。将彦は施設での生活について橋本幸江に聞いた。一人での生活が長かったことから、自分以外の人の生活音が聞こえることに最初は慣れなかったこと。厳しくはないが施設にはルールがあることなど苦労することもあるが、全体的に良い生活を送れていると橋本幸江は楽しそうに話している。

 1時間ほど世間話をすると、急須のお茶がなくなったので将彦はキッチンスペースにお湯を入れようと立ち上がった。食卓に戻ってくると橋本幸江から本題を切り出してきた。

 「将彦君は、今日は宝くじのことを話にきてくれたのでしょ。」

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