第2話 幸運の紙切れ

 大学2年生になる頃には入学当初の無駄に高いやる気や自ら関わり合いを保たなければという不安もなくなり、頻繁に朝寝坊もするようになる。

 元々放任主義に近い教育法を採用している母親は10時近くなっても起きてこない将彦をあまり気にしている様子はない。

 しかし9月後半のまだ暑さが残るとある日、母親は珍しく将彦を起こしに部屋にやってきた。

 「将彦、暇そうだから橋本のおばあちゃんの引越し手伝ってあげなさいよ。

 最近顔出していないでしょ。」

 将彦が返事をする前に母親は一方的に用件だけ伝え、昨日将彦がきていた服を回収して一階に降りて行った。

 天然のカーブを描く髪がいつも通り爆発した状態で将彦は母親が用意してくれた朝食の待つ一階のリビングに降りて行った。

 「なに、橋本のおばあちゃん引越しするの。どこに」

 「多摩川の河川敷に新しく出来た介護施設だってよ。」

 「急じゃない」

 「まぁ、確かに急ね。でも1ヶ月前に薬局にきた時にはもう決まっていたらしくて、私に話てくれたわよ」

 「まじか。橋本のおばあちゃん7月の頭に羊羹持って行った時も自分で家事を普通に出来ていたけど、介護施設入らなければならないほど体調でも崩したの」

 「そういう訳ではないらしいわよ。むしろ体が動くうちに施設に移りたいって話みたい」

 そんなものかと納得して将彦は朝ごはんをさっと平らげて身支度を始めた。

 橋本のおばあちゃんこと、橋本幸江は将彦の住む家から30秒ほど、交差点を一つ渡った先の外装は古いが趣のある一軒家に住んでいる70代後半の女性である。

 元々母親のパート先である薬局の常連であったことに加え、将彦が小学生時代に就業体験で行った福祉センターで出会ったのがきっかけで多い時では月に一度顔を見せるようになった。

 将彦と出会う前には独り身になっていた橋本幸江は子供たちも独立してしまい、よく自分の家に人を招き入れていた。将彦も母親の使いで薬を届けに行った時はお礼として大福や団子といった和菓子、そしてジュースを出してもらっていた。和菓子よりもポテトチップスなどのジャンキーなおやつを好んでいた将彦にとって、和菓子を食べるといえばもっぱら橋本幸江の家であった。そのうちそれらのジェンキーなおやつよりも和菓子を好んで食べるようになり、学校帰りなど駅から自宅までに通る商店街にある小さな和菓子屋で大福を買い食いするのが将彦のたまにの贅沢になった。

 

 家を出て交差点を見ると確かに橋本幸江の家の前には引越し業者のトラックと忙しなく働く数人の作業員の姿が見える。

 作業員の視線を横目に感じながら将彦が家に入る。

 玄関口などにあった靴などは綺麗に片付けられていて、物が入っていない棚は寂しさを醸し出している。しかしより中に入ると台所や今は綺麗に片付いているが、家具がある程度残っていた。

 「あら、将彦君。どうしたの」

 台所に入ると橋本幸江はお茶を入れているところだった。将彦の顔を見るといつも通り目尻のシワがクシャとなる笑顔を向けた。

 「橋本のおばあちゃんが引越しするって聞いたから、手伝いにきたよ。家具が思ったより残っているけど、どうするの」

 「ありがとう。嬉しいわ。でも家具はね、家を貸した人に好きに使ってもらうことにしたのよ。だから私の必要なものしか持っていかないの。それは引越し業者の方がさっとまとめてくれたから、もうほとんどやることは残っていないわ」

 どうやらこの家は他の誰かに貸すことになっていて、借主は既に決まっているらしい。将彦がきてからものの数十分で引越し業者は帰って行った。生活を送る上では最低限度の家具が残った家は将彦が知っている家と比べると綺麗すぎていた。


 お茶と苺大福をお供に多摩川に出来た施設の部屋は西日が入って綺麗だとか、小さなキッチンがついているから自分で料理が作れるだとか、幸江は将彦に楽しそうに話した。気がつけば夕日が傾き始め幸江が施設に移動する時間が近づいていた。

 将彦はそろそろ帰ると幸江に伝えるとお小遣いあげるから少し待ってと言われてしまった。いつもではないが、お正月や誕生日など幸江は将彦にお小遣いをくれる。最初は申し訳ない気持ちがあり断っていたが、幸江がお金を溜め込んでも仕方ない、将彦君が好きな物買ってくれる方が嬉しいわと言われて貰うようになった。母にお小遣いのことを伝えると、そのお金で橋本のおばあちゃんにお土産買って顔出しなさいと言われたので、そのお金はある意味橋本のおばあちゃんに戻っている、

 いつも通り2千円ぐらいを予想して待っていると橋本幸江は白い封筒を持ってきて将彦に差し出した。

 「将彦君にあげるわ。」

 差し出されて白い封筒の中を見るとチケットサイズの紙が三枚入っていた。取り出してよく見ると去年発売された年末の宝くじである。

 「これ今年の宝くじだけど、当たったの。凄いじゃん。何等だったの」

 「1等とそれの前後賞よ」

 将彦はそれぞれの番号を確認した、三枚の宝くじは同じ組の、そして連番になっている。

  

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