第3話 業

一体、何時どうやって私はここに運び込まれたのか・・・周りにいた者で「私は死んだはず。」というワードも出て来ていた。何を言っている??どういう事だ???しかも、先程より人が増えているようだ・・・。


どうにも考え事をすると周りが見えなくなってしまう悪い癖が出たようだ。


喧騒の中、私は一向に話が進みそうにないので老婆に目的を問いてみた。しかし老婆のあまりの態度と発言に苛々していた私は一気に頭に血が上り、言葉を捲し立ててしまっていた・・・だが、私は突然の出来事に絶句した。


「なんだ・・・これは・・・。」


急に老人が銃撃にあったかと思えば今度は死刑囚だった男、、、確か「工藤」とかって名前だった男がバラバラに切り裂かれていく。また撃たれて死んだはずの老人が起き上がると今度は爆発音がして老人の体がバラバラに弾けた。見るに堪えない状況だが、摩訶不思議な現象だ・・・。


他にもそれぞれに何らかの現象が起こっているようだ・・最も反応が遅かったのは最後に目覚めた20代前半くらいの女性だった。

ぶるぶる震えながら怯えて座っていたが、突如殴りつけるような音がすると、彼女は左目を両手で押さえ意識を失い倒れた。


自分にも何かが起こるのだろうか・・・気づくと私も体を震わせていたが




?????




一向に何も起こらなかった。


「おや、あんたは殺傷のような悪業が無いようだね。この部屋から出てもいいよ。」


老婆が驚いた顔でそう言うと、私の後方を指差した。

振り返ると正面の壁がスーッと今度は音もなく自動ドアのように開いた。


「よく分からないが、こんな場所から逃れるのであれば。」と足を向けたが、老婆の言葉が気になり再び振り返った。


「一つ質問なのだが、悪業とは??」


「ん??そのまんまさね。まぁ、簡単に言えば、いたずらに誰かの肉体を傷つけたり、苦しめたり、私利私欲のために殺したりしたとかそういった己の業・・行いの事さ。ここはそういう場所なのさね。」


「なるほど。」


確かに私はそういった行為をしたことはない。



「愚か者(馬鹿)どもが・・」


辺りで苦しみもがいている者たちを一瞥し、私は中指でメガネを直し、いつものように両手を腰の後ろに組み直し、部屋から出て行った。







男が出ていくとドアが音もなく閉じていった。

老婆は机に両肘をつき、組んだ両手に顎を載せて静かに座っていたが、その口元は歪に笑っていた。


****



時は聖が2回目に目覚めた直後に戻る・・・・


「ひぃっ!!」


横から覗き込んできた老婆の表情が恐ろしく、私は慌てて仰向けの状態から上半身だけを起こし、必死で両手両足を使い老婆から出来るだけ距離を取った。


壁際まで逃げたけど・・・これ以上距離は取れない・・震えながら老婆を見ているとドサッと人が床に落ちる音がした。


音の方に目だけ向けると黒い玉の下に死刑囚の男性が倒れていた。すぐ黒い玉は音もなく静かに消えてってしまった。


少し時間が経つと、男性は意識を取り戻したようで、ふらつきながらゆっくり起き上がると最後に顔をぐっと持ち上げた。


「ばばぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」


突如もの凄い形相で老婆に殴りかかろうとするも、再び見えない壁に阻まれてしまった。それでも腹を立てた男性はその後も何度も見えない壁を殴りつけている。


「ばばああああああああああああああああああ!!!!何度もバラされたぞ!!何度も何度もふざけんなぁぁ!!!!!!俺がバラした人数より多いじゃねぇぇか!!!」


唾をまき散らしながら老婆に向かって吠える。


「ほお、、あんたも大したもんだね。普通あれだけの状態になると、戻ってもそんなにすぐ動けないよ。」


「うるせぇええええええええ!!!!!ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなぁぁぁぁあぁああああああああああ!!!!!」


「五月蠅いのはお前さぁねぇ。お前、幼少の頃から動物たちをいたずらに切り刻んで殺していただろう??その分も含まれてるのさ。



さて、あと何回切り刻まれるのかねぇ??」


「な!!!!!!!」


老婆の言葉を聞くと動きを止め唖然とした様子で立ち尽くしていた。


だけどまた靄に包まれてしまったのだろうか???宙に目を泳がし始めると、顔面蒼白になり怯え始めた。


「やめろ!!!やめてくれぇぇぇぇぇぇえええええ!!!!!」


老婆は少し顎を上げ、発狂しながら切り刻まれる男を見下すように目を細め


「自業自得というやつさね。」


と呟いた。


****



東北のとある山奥に平屋建ての古い家屋があった。


周囲に他の家は見当たらない。一番近いと言える建物も車で40分ほど掛かる長い山道を下った先にあった。

家屋の玄関脇には木で作られたボロボロの郵便受けがあり、そこには擦れて読みづらくなってはいるが「工藤」と書いてあった。


「こらぁ!!康介!!ちょっとこっち上がって来い!!」


男の怒鳴り声が響く。家屋の隣にある物置で体を休めていた康介は、ゆっくり起き上がると父親が呼ぶ家屋へ向かって行った。10歳だった康介の身体は、その年齢の男の子と比べると明らかに細く小さかった。


「今日もお前はまったく使い物にならなかったなぁ!!!」


「愚図が!!」


「鈍間が!!」


「猟犬以下だな!!」


「何とか言え!!」


その一言一言のたびに康介の顔は右に左に弾けた。


無論止める者など誰もいなかった。康介はこの山奥で父親と二人暮らしだった。母親については記憶がなかったし、学校にも行かせてもらえていなかった。


工藤康介という人物が、ここで暮らしているという事を知る者は少数であった。


父親は猟師を生業とし、シカやイノシシを狩っては地元の食肉加工業者や旅館に買い取ってもらい何とか生計を立てていた。康介は仕事の手伝いをさせられていたが、この頃はまだあまり役に立ててはいなかった。


康介の父親は社交性を欠き、人にものを教える能力は乏しかったが、猟師としての腕は確かなものだった。良い収入になる獲物を捕らえると、軽トラの荷台に積み込み町に下りていくのだが、必ずと言っていいほど酒を飲んで帰ってくるのだった。荷台が空になった軽トラは傷だらけでボコボコだったが、今のところ大怪我に至るような事故はなかった。


酔っぱらって帰って来た父親は家に着くなりさらに酒を煽っては、康介を小屋から呼び出し殴る、蹴るの虐待していた。


30年後、テレビで取り上げられるほどの異常性を見せた連続殺人を犯し、死刑が確定していた康介(死因はくも膜下出血だった。)であったが、その異常性はこの生活環境から生まれたものでは無かった。父親は酒癖が悪く、殴る、蹴るの暴行は度々ありはしたが、その他で辛いと思うようなことはそこまで無かった。彼にとっては十分な寝床があったし、食事も三食普通に与えられていた。


他者が見れば『酷い扱い』だと判断する状況であるが、康介自身はそう感じてはいなかった。


異常性は初めて父親に獲物の解体を見せてもらったときに開花した。


康介は綺麗に取り出された内臓物を初めて目にした途端、心を奪われてしまった。


「なんてきれいなんだろう・・。」


心の奥底から毎朝汲みにいく水場の湧水の如く、興味が溢れ出て来た、、、しかしその溢れ出る興味はとても濁ったどす黒いものであった。


自分の体の中にも、父親の体の中にも同じような「もの」があるのだろうか??父親が町に下りている間に盗み見ていたテレビに映る美しい女性たち、、あの人たちの「もの」はもっときれいなんだろうか??


「見てみたい、見てみたい、見てみたい、見てみたい、見てみたい、見てみたい、見てみたい、見てみたい、見てみたい、見てみたい、見てみたい、見てみたい、、、、、、、」止まること無く、どす黒い欲望が溢れ出て来る。


その後何度か解体の模様を見ていくうちに、自分の手でバラし、その内臓物に触れてみたいと思うようにもなっていった。日々欲望は高まるばかりだが、今の自分では山を下りて一人で生きていける自信はなかった。


ましてや父親のように綺麗に解体する技術が無かった。以前たまたま捕まえることが出来た狸をこっそり解体してみたが、上手く解体する事が出来なかった。康介は逸る欲望を抑えこみ、これまで以上に集中して狩りや解体作業を見て学ぶようになった、、、、、全ては自分の欲望を満たすために。




そして貪るように狩りを学び始めてから2年が経った。それまで不真面目だと思われていたのだろうか?狩りや解体を一生懸命学ぶようになると、褒美として食事の内容が良くなっていった。食べて休んで狩りをして・・・その繰り返しの毎日により康介の身体は2年前よりかなり大きくなっていた。


そんな息子を見て父親が「息子は狩りを真剣に学ぶようになった。」と思い込んでいてもおかしくはないだろう。そのうち康介は刃物の手入れを任されるようになった。様々な罠の仕掛けも自分で全て出来るようになっていた。


大物を捕まえ父親が町に下りて行った夜、康介はひっそりとした山の中にいた。何か所か仕掛けていた罠を見て回ると一つの罠に野ウサギが掛かっているのが分かった。



「ああ・・・最高だぁ。」


康介は恍惚の表情を浮かべ、鞘からナイフを抜き出すと闇に消えていった。




そしてその3年後、康介は父親を手にかけた。


****



工藤康介が意識を取り戻すと、また白い部屋に横たわっていた。


あれからまた何度バラされたのか、、、、、また息つく暇もなく霞に視界が奪われると、あのナイフが迫ってくる。


「もうやめてくれ、、やめてくれよぉ・・・・」


どれほど懇願してもその手が止まることはない、、、、再びナイフは振り落とされた。





「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

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